30. ダンス・レッスン3〜寝息と鼓動とワルツ〜
「ちょっと待って! レジナルド、貴方、寝てないの?!」
「……気にするな。よくあることだ」
「よくあっちゃダメ!! もーっ!! 早くいってよね!!」
睡眠不足をなめるな!!
その時は「あ、いけるいけるぅ」なんて思っても、気づいたらやばいことになってるんだからね!
あいこちゃんと芭蕉ちゃんが、修羅場で徹夜が続いて、まともな会話になってないことがたまにあった。
あれは危険。寿命を縮める。
無理はダメ! 絶対!!
というか、そんな無茶してまで来てくれたの?
……全く嬉しくないといえば、それは嘘だけどさぁ。
でも、やっぱりダメ!
私はレジナルドの手を引き、ベッドまで連れてきた。
そして有無をいわさず、ぐいぐいと彼の背中を押した。
さすがにそれは抵抗されてしまった。
「おい……っ」
「寝ーてーくーだーさーい!! 一時間だけでいいから!!」
「平気だ。不眠はよくある」
「はー?! 何が平気なんですかそれ!!」
私はもうなりふり構っていられず、レジナルドの背中にアタックした。
さすがに驚いたのか。それとも観念したのか。
レジナルドはベッドに倒れ込んだ。
……すっごい顔で睨んでくるけど、負けられない!
「ほらー! 非力な女の子に倒されるぐらい弱ってますよ!!」
「非力……いや、さすがに今のは」
「剣豪皇帝が言い訳しないでください!!」
うーーっ。
負けない。
絶対に寝かす。
だってさ、隈ができているなんて……。
昨日は気づかなかった、というか、なかった気がする。
昨晩、何かあったんだろうか。
「寝てください」
「……」
「気づかなかった私も悪かったけど、疲れているなら無理しないでほしかった!」
「マリアンヌ……」
「眠り薬は頼らない方が良いけど、必要なら我が家にいいのがあります。あと、ホットミルクを持ってきてもらうから、そこで横になってて!」
あー、もう、自分でも必死なのわかる。
だって、やっぱり無茶してたんだってわかって。
なさけないな、私。
泣きそうになる。
「──うわっ!」
ドアに向かって駆けだそうとした瞬間、私はぐっと身体を引っ張られてしまった。
痛みは感じなかったけど、私はベッドに倒れ込み、レジナルドの腕の中にすっぽりと収まってしまった。
──髪が乱れて、差し込んでいた花が散る。胸の薔薇も。
「行くな」
「でも……っ」
「そばにいろ」
しっかり抱き締められてしまうと。
離れたくても、離れられない。
……多分、レジナルドの力なら、本気を出せば私の身体をボキボキにすることぐらい、簡単だと思う。
でも、その強さを今、抑えてくれているのが伝わってくる。
「そばにいたら、眠ってくれますか?」
「わかった。一時間だけだ」
「ん……」
まずはそれで、充分。
仮に眠れないとしても、横になるだけで違う。
「あの、離してくれます?」
お茶の時間までは一時間以上あるし、その間にレインが来ることはないけど。
でも、何かあったら応対しなきゃだし、せめてベッドそばに椅子に座って、起きるまで待っていようかなーと。
「っ、……っ」
だが、レジナルドは返事をせず、代わりに唇を重ねてきた。
……あれ、この流れ……まずいのでは。
わ、わた、私……!
「……安心しろ」
「ふぇ……?」
「お前が欲しいのは確かだが、これ以上はしない。……眠る」
「……」
「一時間経ったら起こせ」
私は、こくりと頷いた。
すると、レジナルドが一つ息を吐いてから、瞼を閉じた。
眉間には少し皺が寄っている。
もしかして、私がお願いしたから?
私が望むから、それに応えようと……。
だから、何とか眠ろうとしてくれているの?
どうして。
こんなに優しい人が、なんで『神』になんてなろうと思ったの?
満足して高らかに笑って死ぬ貴方を築き上げたのは、いったい何なの?
何が貴方を、そうさせてきたの?
私は──この人のそばにいたい。
もっと理解したい。この人の持つ本来の優しさも、不器用さも、全て。
私がこの人の安らぎになりたい。
レジナルドが、小さな寝息を立て始めた。
よく見ると、眉間に刻まれた皺も小さくなっている。
そのことに安堵して、私は、彼の頭を胸元に引き寄せた。
私の鼓動が、どうかレジナルドを安心させますように。
祈りを捧げながら、私は彼の銀色の髪を指で梳いた。
レジナルドの寝息が、開いた胸元にかかってくすぐったいけど。
でも、すごく心地良い。
そうしているうちに、私もうつらうつら……したりして。
蓄音機から延々と流れるワルツの音が、遠ざかっていく。




