29. ダンス・レッスン2〜プロポーズ返し〜
……ドキドキする。
マリアンヌの記憶があるおかげで、ダンス自体はできる。
でも、あの卒業祝いの夜以来、練習をしていない。
マリアンヌ自身は毎日欠かさず稽古をしていたのに。
うー…緊張で足を踏んづけたら、また怒られそう。
レッスンは部屋にて。
前世と違って、公爵令嬢の部屋は広いのだ。
蓄音機の準備オッケー(この世界にはレコードがある!)。
水も用意した。ちゃんとしたお茶は後でするけどね。
「陛下がお越しです」
椅子に座っていた私は、急く気持ちを抑えて静かに立ち上がった。
ドアが開かれる。
「遅くなったな。……」
部屋に入ってきたレジナルドが、すぐに立ち止まった。
少し驚いたような顔で、私をじっと見ている。
レインは察したのか、ふふっと微笑んで「それでは失礼します」とドアを閉めた。
「よ、ようこそ。大丈夫です、時間通りなので」
「お前……それは。何を……」
「あっ、あ、あのっ、ごめんなさい。つい」
私が着ているのは、夜会用のドレス。
ふくらみは出さず、身体のラインを自然に出す、ドレープが綺麗な銀色のワンピースだ。胸元も開き気味だけど、首にストールを巻いて露出を少しだけ抑える。
あくまでレッスンだから、派手なものではないけど。
レジナルドが眼をみはったのは、私の髪と胸元の飾りに違いない。
今朝、レジナルドが贈ってくれた薔薇。
私はそれを、レインにお願いして自分に飾った。
鮮やかな紅は、銀色のドレスに良く合う。
──レジナルドの眼と髪と、一緒。
さすがに九本全部は厳しくて。
結った髪には三本差し込んで、真珠とかすみ草なども足した。
胸にはシンプルに一輪。
残りの薔薇はちゃんと花瓶に活けている。
「せっかく贈ってくれたから、と思ったんだけど、逆に変だったかな」
花瓶に飾ってもいずれ枯れてしまう。
髪に飾る方が寿命が短くなるって、後で気づいたけど。
ちゃんと、私自身が受け取ったんだよって伝えたくて。
でもレジナルド、黙り込んじゃった。
私をじっと見つめたまま。
……不愉快に思ってる? 生花をこんな風に使って。
「ご、ごめんなさい。似合わないみたいだし、外すね」
「誰が似合っていないといった?」
「え」
「お前は本当に……可愛いことをする」
レジナルドがやっと笑ってくれた。
近づいて、私の顎をくいっとあげさせて、キスしてきた。
息苦しくなる前に、唇が離れる。
……心臓、痛いぐらい、ドキドキが止まってくれない。
「外すな。世界一美しい器に活けたのに、勿体ないだろう」
「せ、世界一……?」
「薔薇に嫉妬しそうだ……小悪魔め」
ど、どひゃあ……。
この人、私に鼻血を出させたくていってません??
わざとです?
「私は、ただ……応えたくて。で、でも、一つだけっ」
「ん?」
「……今度は、私に直接ください。貴方の手で」
たぶん、二、三人は経由したよね。
欲ばりだけど、やっぱり好きな人から手渡してほしいな。
あんなに熱烈な意味を込めてくれたんだから。
「いいだろう。百でも千でも。お前に贈ろう」
「約束ですよ?」
「お前も──受け取るからには、覚悟しろよ?」
百本は『百パーセントの愛』で、千本は『一万年の愛を誓う』。
それぞれ一本足すと『これ以上ないほど愛している』、『永遠に』。
レジナルド、意味わかってるよね。絶対。
でも。
レジナルドがくれるなら。
小さな花を一本でも、嬉しい。
──あのリボンはね、さすがに見られるのは気恥ずかしくて。
でも肌身離さず持っていたくて、ドレスの下、胸元に隠してある。
「さて、さすがに真面目にレッスンを始めないとな」
「あ、はい……」
良い雰囲気だったけど、二日連続でサボるのはダメね。
「そんな残念そうな顔をするな」
「し、してませんがっ!」
「頬を朱に染めておいて、何をいうんだか」
くすぐるように右手の甲で頬を撫でられる。
レジナルドの手は大きい。
この手に触れられると、切ないのに、すごく安心する。
我が家で保管していたレコードをいくつか見せて、レジナルドに選曲してもらった。
皇国の宮廷でも、ダンスを踊る機会は多いらしい。
もっとも、皇妃が夫である皇帝以外の手を取ることは、原則としてない。
ただ、模範たる夫婦として皆の前で披露する機会はある。
(皇妃が不慣れだと、皇帝に恥をかかすことになるのね)
レジナルドが明言したわけではないが、私は気合を入れた。
蓄音機から流れてきたのは、クラシカルなワルツ。
ダンスはちゃんと、マリアンヌが元々身につけている。
……緊張さえしなければ、うん。大丈夫。
「ほら、背筋を曲げるな! 違う、そこまで仰け反るな」
「はいぃ……っ!」
「足元を何度も見るな。リズムに遅れる」
「うっ、でもレジナルドの足、踏みそうで」
「踏んづけても構わん。お前の体重では痛みも感じん」
レジナルド、先生になると厳しいよ-!
でも……すごく、踊りやすい。
今までもラファエルや他の人と踊る機会はあったけど。
レジナルドは、ずっと私に合わせて動いてくれている。
レッスンだからかもしれないけど、安心してステップが踏める。
緊張がだんだん、解れてきた。
「そうだ。もっと相手のリードに任せていい」
「はい……」
「何より、お前はもっと胸を張れ」
「胸を?」
「今、ともに踊っている男は自分のものなのだと。周りに見せつけるつもりでな」
ふ、ふへぇ……。
レジナルド、絶対この世界でもファン多いよね。
前世でも攻略対象外なのにガチファンいっぱいいたし。
わ、私、いつか刺されるかも。い、いやだぁ……。
「──何があっても、お前を守ってやる」
「レジナルド……?」
「お前を害する者の全てを、俺が残らず滅ぼしてやろう」
ぞくりとした。
情熱的な言葉の中の、冷たい響き──。
「……ダメ」
「なにがだ」
「ダメです。私っ、強くなるから……貴方はもう、何かを奪わなくていい」
守られるだけじゃ、この人を幸せにできない。
どうしたら、もっと近くで寄り添えるんだろう。
私がステップを止めると、レジナルドもすぐに立ち止まる。
じっと見上げて、赤い瞳を見つめる──。
「……あっ?!」
そして私は気づいた。
レジナルド、よくよく見たら……眼の隈、ひどくない?!