02. 極上のファンサービス
……といった具合の、私の前世の最期。
眼を覚ましたら私は、王立ミシェル学園を卒業する前のマリアンヌ・ド・ラ・アズナヴールになっていたわけ。
記憶を取り戻したのは半年前だけど、一年前から予兆はあった。
ま、それはさておき。
なんで、レジナルド(=最推し)が断罪式に登場するの??
「レジナルド……っ! 貴様……なぜここに」
ラファエルの顔色が変わる。私も同意見よ!
レジナルドは彼にとって、招かれざる客のようだ(私は大歓迎だけど!)。
「なぜ? 俺は正式に、国賓として招かれた身。まさかラファエル王太子殿下が、知らなかったはずはありますまい」
慇懃無礼なねっとりとした口調。
あ、好き。
そうそう、国王はレジナルドと親交があるんだよ。
それをラファエル達は反発している。
でも、交流があって友好国になっているおかげで、王国は実質的に諸外国から守られている。
──王国がどうなるかは、キャラのルートによって違う。
バッドエンドだと、大抵は滅んでしまう。
もとい、滅ぼされる。
つまり国家の存亡は、このレジナルドとの関係と勝敗に掛かっている。
……のだけど、実はレジナルド自身と関係あるのよね。
「それとも、愛しい愛しい駒鳥姫との輝く未来の夢想にかまけて、俺のことなど眼中になかった、と」
駒鳥姫とは、アニエスのことだ。
平民でありながら王立ミシェル学園の貴族クラスに通う彼女は、この国でも有名人。
ねたみそねみを受け、それを救ったのが──ラファエル。
『君はまるで駒鳥みたいだね』の一言で、彼がアニエスを気に入ったことが周囲された。
それで大抵のいじめはなくなったけど、マリアンヌとその取り巻きは例外だったわけ。
ゲーム的には、アニエスと他キャラ達とのデートを妨害したり、鉢合わせたら行動ポイントを奪ったり。
「貴様……っ」
「くくく……結構なことではありませんか。これで殿下は駒鳥姫を、俺はマリアンヌ嬢を迎えることができる。損をする者は誰もいない」
「待て! 誰もマリアンヌを貴様にやるとはいっていないぞ!」
「やらぬ、とも聞いていない。第一……やるとは、随分な言い方だ」
「は……?」
「マリアンヌ嬢を物扱いする人間のいうことを、俺が聞くとでも?」
そういって、レジナルドがこちらに近づいてきた。
周囲は静まりかえっており、靴音だけが響く。
間近で彼を見上げると──赤い瞳に見つめ返され、私は何もいえなくなってしまった。
最推しが、いる。
そしてあろうことか、最推しが、私の前に片膝をついた。
「……うえっ?!」
これ、かしずくポーズ……ってやつ?!
断罪が始まってからできるだけ沈黙していた私は、令嬢にあるまじき声を出してしまった。
無駄に綺麗に響く声なのは、担当声優さんのおかげだ。
「マリアンヌ・ド・ラ・アズナヴール嬢。どうかこのレジナルド・マクシミリアン・モグリッジと、共に生きてはくれないだろうか」
「はい、喜んでーっ!!!!!」
即答してしまった。
いや、だって、極上のファンサービスじゃん。これ。
うっそこれ履歴で再生できないの?!
ありがとうございますありがとうございます公式様。
だが食い気味に、居酒屋の店員みたいな反応したせいで、レジナルドがきょとんとした顔をしている。
悠然と差し出すつもりだったらしい手が、中途半端な位置で止まっている。
いや、うん、選択肢が出ていたら、ちょっとは落ち着いた台詞選びますよ?
でも今、私の叫びそのまま出ちゃった。
なんかもう、条件反射だ。
「……くっ」
「え?」
「……っ、はははは、なんて威勢の良い……ますます気に入った、マリアンヌ嬢」
「えええ?!」
なんか知らないけど、好感度が上がったみたい。
いやね、ラファエル王太子も素敵だよ。真っ先に攻略したもん。
でもさ……ごめんよ……最推しには勝てないんだな、これが。
「では、どうぞこの手を。戦しか知らない武骨者ではあるが、この手でマリアンヌ嬢を生涯守り抜くと誓おう」
「……ふぁい……」
さすがに落ち着いて返事をしようと思ったのに、気の抜けた声になってしまった。
ああ、このまま時が止まればいい……。
いや、多分プレイ中だとここでしばらく画面止めたままだな……。
ああ……ああ……。
薔薇色の人生、開幕──!
いや、でも、私はガチ恋勢じゃないから、うーん、うん?
本当にこれでよかったのかな?
い、いや、でも──。
でも、この大きな手を──とらないなんて、できない。
ああ、最推しに……触れる。
そんな世界があるなんて……。
「待て、マリアンヌ! そいつとだけは、行ってはいけない!」
ラファエルの張りのある大声に、今度はホール中がざわめき始めた。