25. 愛は瞠目3〜愛しいマリアンヌ〜
結局、ダイスのレッスンはしないままお開きになった。
先生公認でサボった……ことになるのかな?
もう日も暮れ始めている。
レジナルドは本当に忙しいらしくて、夕食は一緒には無理だって。
見送りは結構だっていうから、私は部屋から出ずに送り出すことにした。
心配せずとも、あれ以上の進展はなかったですからね?
ゆっくり愛を育むための仕切り直しですからね?
まぁ、その、ずっと手を握ってたりとかは、しましたけど?
指を絡ませて、かるーいキスぐらいは、ね?
あ、あと星を見たりとか!
「陽が落ちる直前の空をよく見ろ。暗くなった場所に星が見える」
「本当ですね……。月は見たことあるんですけど」
「日中は、星が見えない。だが、見えないだけでそこにある」
「ええ」
「お前が思う以上に──俺が、お前を想っていることを忘れないでくれ」
「……はい」
綺麗でした。
真夜中に比べると弱々しく見える光だけど。
ファーストキスをした窓辺で一緒に眺めた星を、私は忘れません。
そんな感じの、他愛のない会話だけですよ?
……私、誰に言い訳してるんだろ。
「明日も来てやる。ダンスを教えられんかったからな」
「本当ですか?!」
「何なら明日、二枚目の花弁を散らせても構わんぞ?」
「花弁……ひゃわっ! そ、それは、け、結構です!」
もうすでに、隠しにくい場所についてて困ってるんだよ。
あーあ……レインは何もいわなさそうだけど。
お母様はハイパー上機嫌になりそう。
お父様は……うーん、ま、複雑だろうけどねぇ。
どーしよ? ハイネックのドレス、しばらく着とく?
スカーフはちょっとあからさまだしなぁ。
ま、学園も卒業したし。
婚礼まではできるだけ家にいるし。大丈夫……かな。
「マリアンヌ」
「はい?」
名前を呼ばれてレジナルドを見上げると、唇を静かに塞がれた。
啄むように何度か重ねた後、静かに離れていった。
「お前、鼻血を出さなくなったな」
「へっ? ……んもーっ! 忘れてくださいー!」
「いくらでも俺が拭ってやる。それにお前の美しさは、血なんかで損なわれはしない」
ひーーっ!
甘い、甘いぞ!
このレジナルド、容赦なく甘いぞ!!
あかん、今鼻血が出そう。
「今夜は特に、独り寝が堪えそうだ」
甘さは最高潮。
掠れぎみのウィスパーボイスが、私の背中を痺れさせる。
「……性急な男は嫌われますよー……?」
「それは困る。仕切り直すのに、嫌われては意味がない」
「じゃあ、婚礼まで我慢してくださーい……」
「前世から俺を追っかけてきた熱烈な女のくせに、焦らすものだ」
「……むー」
じーっと見上げながら告げると、レジナルドは笑って、私の額にキスをした。
あ、汗とか、大丈夫だったかな。
「『愛は瞠目』とは、よくいったものだな」
「え? 『恋は盲目』じゃなくて?」
「……。後で辞書でも引いとけ」
えー……子ども扱いされてる?
おいおいおい。
てか、マリアンヌ自身の記憶にもないけど。
……ま、いっか。
「じゃあ、おやすみなさい。レジナルド」
「他の男の夢を見るなよ」
あ、またキスされた。頬にだけど。
何回キスするんだよー。嬉しいけど。でへへへ。
それに、見ませんよーだ。
他の男の夢なんて。
「じゃあ、夢の中に逢いに来てください!」
「なに?」
「そしたら、ずっと一緒ですね?」
「……お前は欲ばりな女だな」
「そうです。私は欲ばりなんです!」
なーんて、ドヤ顔してみたりして。
「俺が来たら、夢の通い路は閉じろよ。他の奴が来ないように」
「もちろんです!」
「意味をわかっているのか? まぁいい。おやすみ、愛しいマリアンヌ」
マリアンヌと呼ばれることに、実は最近まで少し違和感があった。
前世の記憶のせいだけど。
でも……今は全然。
前世の私もいるけど、私の中にはマリアンヌがちゃんといる。
一つになっていっている?
……まぁ、性格はもうちょっとお淑やかに戻らないとなぁ。
レジナルドにマリアンヌと呼ばれると、すごく、嬉しい。
私と貴方が、今、生きているんだなって実感する。
それにレジナルドも、前世をあっさり信じてくれた。
……ま、限界オタクの片恋だったとは、いえなかったけどさ。
これから、少しずつ、今生の私として、新しい関係を作ればいいよね。
廊下に出たレジナルドの背中を、私はドアを閉めずに見つめて、手を振る。
彼もこちらをちらりと見て、振り返してくれた。
ああ、なんか、一気に色々起きた……。
まずはベアトリスの前世のこと。
それとレジナルドに前世のこといっちゃったり、思い切って仕切り直しさせてもらったりとか。
あの人が意外とキス魔だってこともわかった。
私のやるべきこと。アニエス達との対話。
あと聞きそびれてた、レジナルドが結婚を早めた理由の確認とか。
それと、彼がどこまで知っているのか。
今日はふわふわしちゃったけど、話し合わなきゃね。
うん、だいぶ方向性はまとまったかも。
しかし、アニエス達にはどう切り出そうかなぁ。
私、悪役令嬢だからさ……向こうから見て、心証悪いんだよね。
でも、幸せだな……とても。
ずっと、こんなのが続けばいいな。
「さーて、ご飯食べて、今日は早めに寝よっ!」
夢の中で待ち合わせなんて、ロマンチックだなー!
もうすでに逢いたい。
うん、でもよく……夢で逢ってるもんね。
ハッ! 覚えてません! 詳細は覚えてませんってば。
だけど、夢の中にレジナルドは来てくれなかった。
私、ずっと、待っていたんだけどな。
ねぇ。貴方は今、どこにいるの?
……さびしいよ。