22. 初めてのキスは窓辺で
まさか、ベアトリスの前世が芭蕉ちゃんだったなんて。
私は自室の窓辺に立って、ぼんやりと庭を眺めていた。
彼女とのことを頭の中でまとめる。
芭蕉ちゃんは私の死後、『BELOVED SOUL』を遊んでいない。
だから、追加ファンディスクの内容を全く知らない。
ベアトリスが宝飾デザインって、それ……芭蕉ちゃんが神絵師だったからかな?
確か本職も、デザインに関わる仕事だったはず。
(でも、私がレジナルドを推している姿を知っているから……彼の正体は、ベアトリスもわかっているはず)
レジナルドは、この国の敵になる男。
でも、ベアトリス=芭蕉ちゃんは、結婚を祝福してくれた。
(私がレジナルド推しなのは覚えているけど、内容は殆ど覚えてない? でも、物語の根幹なのに忘れるかな?)
それに、不可思議なことがある。
ベアトリスが、ノアと婚約したことだ。
(この世界はアニエス視点なら、ラファエルルート? だからノアは、攻略されていない?)
攻略されなかったキャラがどうなるかは、ルートによる。
ラファエルルートのノアは、確か故国に帰ったはずだ。婚約したという設定はなかったはず。
逆に言えば、そこは余白なんだと思う。
(じゃあ、語られない部分は……自由? うーん、よくわかんない)
そもそもレジナルドの恋愛ルートの内容、知らないし!
でもベアトリスがノアと結ばれるってのも自由すぎる。
もしかして、ルートなんて関係ない……?
(だったら……恋愛をしても……レジナルドの死は回避できない可能性が……?)
い、いや。いやだ。
それは絶対に嫌。
ただでさえ、画面を隔てた向こうで何度も倒して心を無にしてきた。
それを、今度は生身で、なんて──!
「おい、どうした。具合が悪いのか」
「ひょぇええ?!」
最推し、心臓に悪い!
私はバッと後ろを振り返った。声ですぐわかる。
いるのが当然といわんばかりに、そこにはレジナルドが立っていた。
「な、なんでもありません」
「……目元が赤い」
「花粉症です!」
「かふ……? おい、あまり擦るな」
どうやらこの世界に花粉症はないらしい。
指摘されて手の甲でゴシゴシすると、レジナルドに手首を掴まれてしまった。
あー、ちゃんと化粧しとけばよかったかも。
でも充血は隠せない。
「──泣いて、いたのか?」
「違い……ます」
「嘘をつくな。お前を泣かせたのは誰だ? 俺が斬ってやろう」
「きっ! 斬らないでください! これはっ……悲しくて、泣いたんじゃないので!」
ベアトリスを斬ったら、さすがの最推しでも許せない。
すると、レジナルドは一瞬低く喉を鳴らしてから、笑い出した。
少しだけ、切なそうな顔をして。
「なんだ、元気じゃないか。それでこそ、俺の花嫁殿だ」
「……で、どうして……ここにいらっしゃるの?」
どうしてかな、最推しにこんな愛想のない態度をとってしまう。
……可愛げがないって、いわれそう。
やっと、マリアンヌとして本気で恋をしてみようって、決意したのに。
……見捨てられちゃうかも。
わかんないよ。前世で、男の人と付き合ったこと、ないし。
画面一つ隔ててなら千人斬りのファム・ファタールだけどさ!
「皇国の歴史とダンスの指導、俺が請け負った」
「えっ、講師の方は呼んであったのに」
「帰らせた。それとも、俺が先生では不服か?」
「お、お忙しいのでは」
「お忙しいが、お前になら、いくらでも時間を割いてやるさ」
すっと、レジナルドの手が掲げられる。
え、なに、叩かれる? この流れで?
きゅっと眼を閉じたが、衝撃が来ることはなかった。
ガラス窓が軋む音。
おそるおそる、私は瞼を開けた。
彼は窓に手をついて、こちらを近い距離で見下ろしていた。
──紅い眼。銀色の髪。
モグリッジ皇国において、紅眼は瑞兆とも凶兆ともいわれる。
皇国の歴史で講師をしてくれた伯爵夫人が教えてくれた。
この眼を持つ者は、魔性。
でも、その魔が国を栄えさせることもあるし、逆に滅亡させることもある。
銀色の髪は生まれつきと設定集にあった。
キラキラして、とても、綺麗。
白髪とは全然違う。グレーでもない。
ロマンチックな色だと、私は思う。
「いうんだ。誰がお前を泣かせた」
「……斬るなら、いえません。私が勝手に泣いたんです」
「お前を泣かせる奴は、誰であろうと許せない」
許してあげてよ。
嬉しくて出る涙もあるんだから。
それに……貴方のために、前世の私は泣いていた。
貴方のほうがずっと、私を泣かせてるよ。
「俺はな、お前のことが大事なんだ」
「レジナルド……」
「……大事にしたいと、思っている。本気だ」
ゆっくりと唇が近づいてくる。
私は静かに、再び瞼を下ろす。
初めて重ねた唇は濡れていて、とても──熱かった。
次話から、二人の恋心の確認とか。イチャイチャとか。3話ぐらい。