19. 突然の訪問者
「だ、だめ、レジナルド……人が来るから、キスは……」
「構うものか。見せつけてやろうではないか」
いやだわ、こんな城(?)の廊下(?)で、なんて……!
うーん、しかしなんか、背景のパースが歪んでるな?
作画崩壊してない? え、最推しの顔大丈夫?
「俺の愛しい妻……マリアンヌ。やっと手に入れた」
こ、怖くて見れん。
「もう、限界だ……もう二度と、手放してやれん」
あ、でも、めちゃくちゃ良い声……。
「あかんあかんあかんあかんこれはあかん耳が幸せ」
「追加ファンディスクもしかしてマジでデロデロに甘いんですか?!」
「なんで私はプレイできなかったんですか神様ーー!!」
ドォオォン!!
今度は全身が痛い。
あ、またやっちゃった……。
じゃあそろそろくるな。
「お嬢様、今日も朝から元気があってよろしいですわ!」
ほらね。
レインはてきぱきと私を介抱して、またベッドに戻してくれた。
一度起きたことに対し、二度目は困惑しない。
レインは優秀なのだ。
というわけで、私こと『めかぶ大好き娘』ことマリアンヌ・ド・ラ・アズナヴールは、ベッドから盛大に転がり落ちて、バッチリ眼が覚めた。
「でもそろそろ落ち着きませんと。婚礼まであっという間ですからね」
「あー……そうね。本当に前倒しになっちゃったもんね」
何が前倒しかっていうと、私の結婚式だ。
相手は、モグリッジ皇国の剣豪皇帝レジナルド。
私の、前世の最推し。今世の婚約者で、恋人……かな?
ま、まぁ、恋人らしいことなんて、全然してないんだけど。
夢は知らん。もう覚えてない。知らん知らん。
王太子との婚約解消からの求婚、しかも半年後の予定が五ヶ月も前倒し。
あれよこれよと、色々決定して、私はただ聞かされるだけ。
レジナルド自身は、本当はもっと早くてもいいみたいだったけど、さすがにね。
あと、できれば婚礼までは家で大人しくっていわれちゃった。
(そういや、結局なんで前倒しにしたかったのか聞いてなかったな)
ともあれ、決まったものは仕方ない。
そのうち教えてくれるだろうし……。
神になりたいという、レジナルドの願いは叶えてあげたいけど。
でもこのレジナルドの恋愛ルートで、本気の恋をして、密かに平和な道を模索してみようと思っている。
それが結果的に、彼を本当に救うことになるんじゃないかな。
現実に彼だって、本気で私を求めてくれているみたいだし。
い、いやぁ、まいったなぁ。
鼻血まみれの無様な格好見ても、引かなかったもんなぁ、あの人。
でも逆に鼻血を舐めちゃうのすごかったな。
(うーん、でも冷静に考えると、なんか変なのよねぇ)
レジナルドの言動は、私が転生者であることを知っていないと、そもそも説明がつかない。
これが恋愛ルートだとして、そんなメタ思考的な描写を、公式がゲームに組み入れるだろうか。
このゲームの正ヒロインはアニエス・アーベルで、マリアンヌは悪役令嬢にして、レジナルド専用のヒロイン(だと思う)。
本編の設定には、異世界からの転生者だとか、そういうのはなかったはず。
ただ私、レジナルドと恋愛できるファンディスクを買う前に死んだのよね……。
今更だけど、私の最推し兼婚約者兼……恋人、について。
前世の記憶から引っ張ってくるよ。
レジナルド・マクシミリアン・モグリッジ。
マルモンテル王国と友好な関係にあるモグリッジ皇国の若き皇帝。二十三歳。
短い銀髪と紅い眼が特徴的で、高身長(公式設定は190センチ)。
『剣豪皇帝』と称されて、武道に秀でている軍人でもある。
武器は対になっている二振りの両刃剣。
本編で攻略不可なんだけど、キャラソンもあるしガチ勢も多い。
そして、夜の世界で暗躍して『神』になろうとしている男。
アニエスと、ラファエルを始めとした戦士達にとっては、最大といっていい敵。
彼は、アニエス達に倒されて死んでしまう。それがエンディングへの道。
稀にその場で死なないケースもあるけど、いずれにせよ消息不明。
彼はマルモンテル王国に眠っている秘密こそ、『神』への道だと考えている。
周辺諸国との休戦協定も、秘密を追うためのもの。
徹底して邪悪。王道を蹂躙する、まさに冥府魔道の帝王として君臨。
でも、絶命する時にすら「俺は満足だ」と笑って逝くその強さが、私は好き。
自分の生き様を誇って死ねるなんて、すごい。
ちなみに、倒される頃はもう彼の肉体は、人間じゃなくなっている。
『魔神光臨』という固有スキルで、人ならざる者に変化してしまうのだ。
私は、何度も彼に戦いを挑んだ。
そうしないとエンディングが見れないから。
何度も、何度も、何度も……。
私は、この手で……最推しを倒し続けた。
アニエス達を操作する、プレイヤーとして。
もう、これはただの作業なんだと……いい聞かせながら。
どうして? なんで助けられないの?
あの人には、神にならざるを得ない理由があったはずなのに。
ただただ、あの人が生き残る世界を見てみたかった。
だから、恋愛できるようにしてほしいとメーカーに要望した。
プレイはできなかったけど……。
それに、私の前世の記憶は完全なものではなくて……。
忘れてしまっていることも、意外と多かった。
色んなことが、靄がかかったように思い出せないでいる。
だから、本当に、正解がわからない。
選択肢を間違うことを許されないのに。
でも絶対、叶えてみせる。
レジナルドと生き残る。幸せになってみせる。
せっかく、この世界、このルートに転生したんだから!
「お嬢様、あのー、よろしいでしょうか?」
レインに支度を手伝ってもらって着替えを終えた時、新入りのメイドがやってきた。
まずはレインが出て、用件を聞く。
そしてレインから、私に伝えられる。
「どうやらお嬢様にお客様のようです」
「え? 私、今日は何も約束がないわよ?」
貴族の訪問というのは、基本的に事前約束が必要だ。
突然の場合は、たとえば誰かが亡くなったとか、先触れを出す余裕もございませんでしたって(建前の)時ぐらい。
「ええ、そのはずなんですが。ベアトリス・ド・ラ・マラルメ様が、失礼を承知でと」
「ベアトリスが?」
「何やら思い詰めたご様子らしくて。応接間にお通ししていますが、如何なさいましょうか」
ベアトリスは、マリアンヌの友人だ。
ゲームでいえば、悪役令嬢の取り巻きという存在。
だが転生した今、私は、彼女ともう一人、アナベルをそういう記号的存在とは思っていない。
「わかったわ。悩み事かもしれないから、二人きりで話します。午前のお勉強はキャンセルで」
「畏まりました。午前のお勉強はスケジュールを調整してしっかりねじ込みます」
レインはにっこりと笑った。
くっ……休むのはダメか。
いやまぁ、自国の王太子妃と他国の皇妃じゃ、学ぶこと全然違うからね。
勉強は必須かー。しゃーないしゃーない。
皇国の歴史の座学とダンスのレッスンもあるし……うううう。
でも、一ヶ月後には、剣豪皇帝レジナルドの皇妃かぁ……。
……でへへへへへへ。
他の女は邪魔とか……へへへへへ。マジかぁ。
「お嬢様。お顔がふにゃふにゃしていますよ」
「あ、ふぁい」
それにしても、ベアトリス。何の用なんだろ?
悩みがあるなら、全て聞いてあげたいな。
……もうじき私は、この国を去っちゃうからね。
お友達とのおしゃべりも、難しくなっちゃうもんね。
第三章アンダー・ザ・ローズ編、始動です。
マリアンヌとレジナルドの恋も本格的に進展していきます。