01. 前世編:転生前夜
『勝った!!!!かった!!!!買った!!!!!』
私ことハンドルネーム『めかぶ大好き娘』は、SNSで盛大に(文字で)叫んだ。
なにせ、最推しがようやく攻略対象になることが決まった、記念すべき瞬間だったからだ。
乙女ゲーム『BELOVED SOUL3~永遠なる最愛の魂を求め~』は、発売から十年を迎えようとしている人気タイトルの最新作だ。
シリーズ化されており、現在のナンバリングは3。
キャラソン文化が華やかなジャンルゆえに、CDに至っては大量に出ていてライブや舞台もある。
設定資料集をはじめとした関連書籍にコミカライズもたくさん。
ガチ勢は金がいくらあっても足りない沼ジャンル。
私はとりあえず、ゲームは全部やっている。
キャラソンは、好きなキャラが歌っていれば円盤を買う。
ライブや舞台は申し込むけど落ちたら固執しない。レポは読み漁る。
コミカライズは追うけど、関連書籍は厳選。
ライト層でもないけど、ガチ勢としては微妙かもしれない。
でもこれぐらいの方が、無理なく楽しめる。
お金は有限だ。
六年前、ちょうど2が出る少し前辺りから、私はSNSをやっている。
『BELOVED SOUL』専用アカウントで、それなりにフォロワーも増えて、親しい友達もできた。
私は、特に強い推しはいなかった。全キャラ萌え。
二次創作は読み専だけど、友人達の推しはそれぞれ違うけど仲がいい。
そんな私に、最推しができたのが、3だ。
剣豪皇帝レジナルド・マクシミリアン・モグリッジ。
端的に説明すれば、ヒロイン及び攻略対象と敵対するキャラ。
3ではマルモンテル王国にある王立学園を舞台にしている。
実は王国には秘密があり、それを狙っているのが隣国モグリッジ皇国。
その頂点に立つのが、レジナルド。
作中では各国と休戦中だけど、自ら前線で剣を振るい、勝利を収めてきた男。
二十三歳。銀髪、切れ長の赤い眼に、他のキャラよりも高い身長、不敵に笑う顔。
堕ちたきっかけは、声。
低くも甘い、人を挑発するような囁き声が、私の脳天に、まさに直撃した。
見た目も好みだった。悪い顔って好きだし、笑ってくれるとたまらない。
知れば知るほどハマった。
なのに、彼は死ぬ。しかも恋愛不可。
だが、一部で熱狂的なファンを獲得したのか、キャラソンがすぐに発表された。
無論、買った。特典違いで同じのを三枚。
なお、担当声優さんは個人名義でもCDを出しているので、そちらも全部買った。
しかし、どんなに推しても彼は死ぬ。
さらにプレイヤーの私は──クリアのため、あの人を倒さざるを得ない。
私はひたすらSNSで愛を叫び、既存絵でもグッズをできるだけ買った。
友達とは推しが違うので、交換しやすかった。
同担拒否過激派の捨て垢にも絡まれた。
私は即ブロックした。
何度か攻防が続いたが、最近は平穏無事。
それに、変なファンを相手にしている暇などない。
レジナルドの恋愛ルートを、メーカーに作っていただなければいけないのだ。
メーカーに「レジナルドと恋愛できる追加FDを出してください」と、切々と訴えるメールを何度も送った。毎回返信は「貴重なご意見ありがとうございます」の定型文だったけど。
だけど、神様っているんだね。メーカー様っていうんだけどさ。
最初の『レジナルド恋愛ルート追加切実希望』の要望メールを送ってから半年後。
そろそろ時期的に、追加ファンディスク情報が出るはず。
公式のSNSアカウントを何度も覗き込む日々。
そして。
「あ、あ、あ、あ、……っーーーーー!!!!!!!!!」
公式SNSアカウントが更新された。
『BELOVED SOUL3~永遠なる最愛の魂を求め~』の追加FD「薔薇色の人生を君と(仮)」が発売決定。
各キャラの新規ルート及びエンディング追加。
録り下ろしの甘々ボイス収録CDほか多数の特典あり。
そして……。
『剣豪皇帝レジナルド、待望の恋愛ルートの追加! ただし、どう足掻いても救えない敵ゆえに──彼と結ばれるのは……?』
『剣豪皇帝レジナルドが求めるのは「俺の望みを叶える女」』
『貴女は、孤高の剣豪皇帝をどう救う?』
SNSで絶叫したけど、一人暮らしの部屋でも悶絶で転がり回った。
「嬉しい、レジナルド……恋愛……うわ、あ、あ……!」
私は溢れる涙を拭い、財布だけを持って部屋を飛び出した。
祝わずにいられるか。
すぐさま、最寄りのコンビニに駆け込む。
とにかく、祝杯だ。お酒とケーキを買う。あとついでに、明日の朝ご飯も。
明日は仕事帰りに、絶対に、駅前のケーキ屋で一番高いやつ買う。ホールで買う。
あ、シャンパンも買わないと。
いや、いっそのこと高級ホテルのレストラン、行っちゃいますか!?
ジャンル友達も誘っちゃおう!
ああ、発売日まで楽しみすぎる。
生きるのが、楽しい。
世界は、愛と喜びに満ちている。
新規の最推しの全て、どちゃんこ楽しみ。うふふ。
コンビニを出た。
るんるん気分だったけど、私はちゃんと青信号を確認したんだ。
なのに、信号無視のでかい車が横断歩道に突っ込んできた。
「あ?」
そこで、私の意識は吹っ飛んだ。
最後に眼に焼き付いたのは、スローモーションで宙を舞ったコンビニの袋だった。
『勝った!!!!かった!!!!買った!!!!!』
これが、私こと『めかぶ大好き娘』のアカウントの、最期の言葉となった。
誤字だよ。まだ買ってないよ。
買ったのはいちごショートとチューハイとツナのおにぎりだよ。
ちなみに、めかぶはそんなに好きじゃない。
……嘘ついた罰なのかなぁ、これ。