18. 婚前交渉? 7~本気の恋の始まり~
「今のモグリッジ皇国は、周辺諸国と休戦をしておりましたわね」
母が静かな声で切り出した。
「それも、相手国にとってかなりの好条件で。私は今もたびたび実家と文を交わしますので、外の様子もだいたいは把握しております」
あ、そういや、お母様は同盟国出身だった。
だから私がラファエルの婚約者になったんだけどね。
私も、向こうの国には従兄弟達がいる。みんな年上で多忙な人達なので、マリアンヌ自身はあまり構ってもらえなかった。
モグリッジ皇国とは、戦争こそしていないけど、緊張状態にはあった。
でも、レジナルドが即位した頃から、関係は改善されたらしい。
レジナルドが、小さく息をついた。
「世間では『剣豪皇帝』ともて囃されている自分ですが、これでも国の主。時には大胆な決断も必要なのですよ。マダム」
う。
戦争をやめた理由って、やっぱ、アレだよね。
この王国の隠された秘密……を、追うため。
そしてレジナルドは、私が、全てを知っていることに、気づいている。
「その決断が、全て平和のためであることを祈ります」
「無論です」
「……マリアンヌは私と夫のたった一人の我が子。この上なく大切に育てて参りました」
母が、まっすぐにレジナルドを見据える。
マリアンヌには、兄弟姉妹がいない。アズナヴール家の一人娘として育った。
「娘は一度、婚約を破棄された身。貴族の娘として一度、傷がついております」
そうそう。大貴族になるほど、婚約破棄はかなり痛いんだった。
男が一方的に破棄できるのに、女はできない。
なのに、女の不名誉にされてしまう──。
このゲーム、こういう設定自体はすごく時代錯誤なんだよなぁ。
すると、レジナルドが、ふっと笑った。
「我が皇国では、そんなのは些末なこと。気になさる必要はありません」
「ですが皇帝ともなると、何人もの妃を迎えられることでしょう。その時、この傷が愛娘にとっての足枷にならないか。親としては心配なのです」
……なんで休戦の話題を持ち出したのかも、わかった。
恒久的な平和を築く方針に転換したなら、親としても安心なのだろう。
だが、母はその裏に何かあるのではないか、と疑っていたのだ。
それに加えて、傷がある(と本人は全く思っていないが)娘が、嫁いだ後でぞんざいな扱いを受けてしまうのではないか、とも。
母は怖い人だ。
他国の皇帝相手に「娘をないがしろにするな」と主張した。
立場はレジナルドの方が上だ。圧力になどなろうはずがない。
それでも、マリアンヌのために今、命を懸けている。
「マダムの心配はごもっとも。歴代の皇帝は皆、皇妃のほかに多くの妻を持っていた……高貴なる種を絶やさぬために」
そうそう。
レジナルド、こういう話では、血じゃなくて種って表現すること多い。
「種を百蒔けば、九十九が死に絶えたとて、一つ咲けば次代となる。一夫多妻制度は、いわば先人の知恵というもの」
う、うーん。時代錯誤、役満だぜ!
まぁまぁ、多くの妻を持つ建前としては、それなんだよなぁ。
しかしこれ、母にとっては気持ちの良い話じゃない。
父は愛妻家&子煩悩だ。私だけでなく、母のことも大事にしている。
愛人なんて、噂ですら聞いたことがなかった。影も感じたことがない。
だが、母への周りの陰口は、こっそり漏れ聞こえていた。
母は、父との間に娘一人しか成していない。
ならば、夫に愛人を持つよう勧めるべきではないのか。
夫の愛までも求めるのは、はしたなくて、正妻失格だ、と。
母は聞き流していたけど、娘のマリアンヌは心を痛めていた。
せめて自分が男の子だったら、と考えることもあった。
でも、いつしかそんな悩みを持たなくなるほど、両親はマリアンヌを愛してくれた。
前世では「性別関係ねぇ! 妊娠出産育児マジハード!」なんだけどさ。
この世界では、まぁ、そういうことなんだよね。
……別に、レジナルドが他の妻を迎えても、うん、まぁ……。
乙女ゲームで、これ恋愛ルートのはずだから、他の女は……。
いない。いないはず、なんだけど。
これから先も、ずっと。
でも……わからない。
あ、だめ、ちょっと泣きそう。
可能性を考えて、意外とショック受けてる。
(なんでだなんでだ。なんで!)
美女千人を相手にしても、堂々としてそうで格好良いじゃん。
泣くなよー? めかぶ大好き娘……。
「ですが、そうやって種を残すだけなら、理性なき獣にもできましょう」
レジナルドは、口角を上げたままいった。
「俺には必要ない。マリアンヌただ一人いれば、他の女はむしろ邪魔だ」
あ。あれ。
こ、これ、惚気?
いや惚気じゃない。じゃあなんだこれは。敬語も消えてる。
さすがにお母様も驚いて、カップが傾いて紅茶がダババーしてる。
「それは……マリアンヌ以外の妃を生涯迎えない、ということでしょうか?」
「無論。なんだ、こんな話をするためにわざわざ呼びつけたと?」
「そ、そういうつもりでは……いえ、その通りですわ」
「てっきり、戦狂いの男に娘は渡せないと今更ごね出すのかとばかり」
レジナルドが嘆息した。
そして、今は綺麗になった手で、隣に座る私の手を握った。
思わず「ひっ」っていいそうになったけど、何とか堪える。
「我が心を疑うなら、この場で胸を短剣で抉り、心臓を差し出しても構わないが?」
「冗談でございましょう? 死にますわよ?」
「マリアンヌを妻にできないなら、それでも結構。冗談は嫌いだ」
狼狽する母に、レジナルドがいい切った。
「俺にはもう、マリアンヌしか見えていない」
……あれ。
私……最推しに……本気で求められている?
……あれ?
や、やめてほしい。冗談だよね。
これ、ただのファンサービスだよね?
そんなの、欲深くなっちゃう。
ただでさえ、私、ガチ恋じゃないよーって……。
共犯者なんだよーって、自惚れんなよーって……。
が、頑張って、いい聞かせてきたんだけどな。
私、中身は限界オタクだし……。
あ、そうだよね。
貴方の真の願いは『神』になること。
そのためなら、これぐらい、言えちゃう……よね?
……う。
……なんだよー……もう。
……レジナルドと私、恋愛が進んでいるの?
……それとも、これは何かの布石?
……でも、信じてみたいな。なんて。
最推しと本気の恋に落ちても、許される?
私は、ただの、ファンだったのに。
「泣くな、マリアンヌ」
「ふあっ?!」
「俺はな、……本気だ」
母がいるのに、耳打ちで囁かれて、リップ音まで聞こえた。
私は……私は……。
オーバーヒートして、また鼻血を大量に噴きだした。
な、なっさけなー……。
次章から、マリアンヌとレジナルドの恋が進展します。