17. 婚前交渉? 6〜母vs最推し〜
「まぁっ! ぜーんぜん、全然お気を使わずとも結構でしたのに!」
マリアンヌの母はかなり上機嫌だ。
彼女の名前はカトリーヌ・ド・ラ・アズナヴール。実年齢よりもずっと若々しく、肉感的な美女だ。そして娘マリアンヌは、彼女によく似ている。
「なんでしたら、難しいお話は明日でもよかったのですよ? ごゆっくりと娘の部屋に泊まっていただいてから」
「お母様。陛下はお忙しい身ですよ」
さすがにこれは娘として嗜めておかねば。
うーん、我が母は普段、とても貴婦人としている御方なんだが。
「だって、ちょっと遅れますとレインから聞いたけど、そしたら驚きよ。娘が陛下と二人きりだなんて」
「な、何もなかったですから!」
「何かあっても、貴女がいいなら、全く問題なくってよ?」
お母様、こっそりウインクしないで。
貴女の想像している状況と、実際は違いますね……。
娘が着替えて、ちょっと髪が乱れてしまっていたのは、鼻血のせいです。
決して、あんなことこんなことしていたとかじゃないですよ。
説明したけど、絶対これわかってない。
……ま、血を舐めるなんて、衝撃的ではあったけどさ。
だが、モグリッジの皇帝を前にして、母は恐縮するどころかいつもよりテンションが高くなっている。
アズナヴール公爵家は第二の王家でもある。だが、モグリッジ皇帝の一族は、むしろマルモンテル王家よりもずっと権威がある。
王国と皇国には、圧倒的な差がある。
だからこそ、現在の国王はレジナルドと親交を深め、その上で信頼している。
アズナヴール家も同じ考えだ。
……のだけど、うん。
(レジナルド、やっぱりこの国にとっての敵……悪役なんだよなぁ)
そして、この世界でも、その設定はぶれていない。
だから好きなんだけどさ。
「おほほほ。陛下、失礼致しました」
母はレジナルドに詫びたが、表情に謝意は感じない。
「それにしても皇帝陛下の普段のお住まいと比較すれば、我が家なんてとても貧相でございましょう。ですのに、わざわざご足労いただいて……」
「いえ。立派な建物で驚きを隠せません。こちらは戦場も経験していますので、屋根さえあれば充分です」
「陛下が自ら先陣をお切りになるから、皇国軍の士気は大変高いと聞き及んでおりますわ」
……なんか背中がひんやりする会話だ。なんでだろう。
ちなみにレジナルドは、ここへはお忍びで来ていた。
だが、そもそも国王の賓客として招かれており、我が家へは皇国から直接きたわけではない。
外では伯爵を名乗っていたそうだ。
特徴的な見た目だけど、バレないのかな?
ウイッグとかあるのかな。さすがにカラコンはなさそうだけど。
ただ、レジナルドは固有スキルが表すように、魔法も使える。
もしかしたらそれで見た目を変えていた……とか?
なお、この家には、王城並みの警備を敷いている。
いくら特殊な術を使えるとはいえ、あっさりとこの家の娘の部屋に入り込んだ。
警戒するしない以前の問題だ。
(……うん、レジナルドのいう立派な建物って、これは皮肉だわ)
で、だ。
母の言動にも、なんだか過度な明るさを感じてしまう。
本意を覆い隠しているような。
それをいつ切り込むか、相手の腹を探っている。
だいぶ『めかぶ大好き娘』の意識は強くなっているのだが、この心身は元々マリアンヌのものだ。
だから、わかるのだ。
母は明るく優しい女性だが、海千山千の公爵夫人であること。
レジナルドは皇帝といえど、二十三歳。母から見ればまだまだ若いのかも。
ゆえに侮っている、というわけではなさそうだけども。
……私はどうしたらいいんだろう。
さっきから、紅茶飲んでばっかりなんだけど。妙に喉が渇く。
でも飲み過ぎるとトイレ行きたくなる……。
マイ膀胱よ、耐え抜け。
しかしながら、お母様の真意ってなんだろ。
わざわざ皇帝を呼びつけておいてさ。
立場上、こっちから出向くものだろうに……?
それとも公式訪問だと、いいづらいことなんだろうか?
最推しは……うん、わからん。
にこやかだけど、これは対人用の仮面だ。
あ、でも、いいぞ。普段とのギャップ、好き。
はぁ、このシーンもスチル欲しい。