15. 婚前交渉? 4~鼻血とお姫様抱っこ~
「お嬢様。奥様がお呼びです。陛下がいらして半年後のお式の……っーー!?」
戻ってきたレインが驚くのもわけない。
もはや悲鳴すらあげなかった。
1 お嬢様の部屋に男がいる。
2 男が後ろからお嬢様を抱き締めている。
3 お嬢様、鼻から大量出血中。
4 男の手が真っ赤に染まっている。
5 レインはこの男の顔を(多分)知らない。
あかん。
どれか1つだけだったとしても、そりゃ侍女が言葉を失うわ。
私がレインだったら、もうこれなかったことにしてドア閉めたい。
「この不届き者っ、お嬢様に何をする!!」
レインも限界突破してしまったか!
鬼の形相でレインが突進してくる。うちの侍女つよ。
てか待って待って、どっちかというと私がレジナルドに不届きなことしたわ。
この血はですね! 私が自発的に噴出させたものでしてね!?
だが、次の瞬間、私の身体はふわりと宙に浮いた。
「ふえっ?!」
ぽすん、という音を立てて、私はなんとレジナルドの腕に抱き上げられ──。
こここここ、これって、もしかして。
おおおおお、お姫様抱っこというものでは?
うわあああ私さっきめっちゃ羽根みたいに軽かった!
どういう効果なのかわかんないけど!
で、で、でも、見上げると──さ、最推しの……顔。
──銀色の髪に、赤い眼。
ニヒルな口角が、今は少しだけ緩められている。
少しだけ、いつもより(もとい立ち絵より)優しい顔。
「失礼。私は今日お招きに預かった者です」
穏やかな声音で最推しがレインに告げた。
寸前まで迫っていたレインが、その一言でピタッと停止する。
「広いお屋敷で少々道に迷いまして。そこを、マリアンヌ殿に案内していただいたのですが……その時に目眩を起こされて、こちらへお運びした次第ですよ」
目眩で鼻血は出さないと思うが、レジナルドは躊躇うことなく嘘をいった。
完全にこれ、よそ行きの声と顔だ。
そう、そうなんだよ。レジナルド、常に冷酷な男というわけでなく。
必要に応じて仮面を被る。そんな男なんだよ。
それでこそ、我が最推し。
私にはそれができないから、好き。
「ま、まぁ……! で、では、貴方様が……? 大変失礼を致しました!」
レインがバッと膝をついて、頭を下げた。
この世界の詫びのポーズも土下座なんだなぁ……。
とりあえず、今日の客人がモグリッジ皇国の皇帝陛下なのは確定。
仰々しい感じではないみたいだから、お忍び?
ん? でも私、なーんにも聞いてないぞ?
え、最推しが来るなんて、ひっっっっとことも聞いてませんが?
我、婚約者ぞ?
突然やってきたのか?
いや、奥様……つまりお母様が招いたとか言ってたな?
半年後のお式とは、結婚式だ。
……私と最推しの。
あ、そう考えるとまた頭がくらくらしてきた。
言葉にすると衝撃が強い。
結婚結婚結婚結婚結婚、最推しと結婚。
「こ、皇帝陛下に、なんという無礼を……ど、どうか罰は私だけで! どうかどうか、お嬢様にはお咎めなきよう……平にご容赦を!」
そう、側仕えの失態は、すなわち主の失態でもある。
客人に粗相をすれば、咎を受けたり批難されたりするのは、主の方なのだ。
その上で、後で主から側仕えを罰する。
だが、レインは必死に私を庇おうとしてくれる。
……私が勝手に鼻血を出しただけだし。
そもそも勝手に入ってきたのはレジナルドだし。
……レイン、ガチで巻き込まれただけ。
ど、どうしよう。どうやって助け船を出す??
「……勘違いをしているようだが」
あ、言葉遣いが少し戻った。
でも、他家とはいえ側仕えに皇帝がずっと敬語なのも、慇懃無礼ってやつよね。
逆にすっっっっごい怖いわけですよ。目上オブ目上に敬語使われるって。
レインが縮こまるのも無理はない。
「俺には貴殿が、心底主を信奉する、理想の侍女にしか見えないな」
「は……あ……」
「いくらこの剣豪皇帝を知らずとも、自分の身の危険を顧みない勇気と忠義。……なるほど。こういう人間がマリアンヌの傍にいると、俺も少し安心というものだ」
お。
おお?
どうやら最推し、むしろレインを気に入ったらしい。
「……お願いがございます、レジナルド様」
私は必死で可愛い声を作ってみた。
鼻血もそろそろ止まりかけているが、うっかりするとゴポォ! と出そうなので気が抜けない。
「なんだろうか。我が愛しい婚約者殿」
くぅ。これ以上鼻血を出させないでくれ。
ぐぐっと私は熱があがるのを堪える。クールダウンよ!
「このレインは、最も信頼している侍女です。どうか、私が皇国へ参ります時に、伴わせてくださいませ」
「お、お嬢様!」
同行はレインの願いだが、とんでもない粗相(でも私と最推しが圧倒的に悪い)をした今、それを口にするのは彼女にとって畏れ多いのだろう。
だけど、こんなことでレインが罰せられるのはおかしい。
だって彼女は、私を守ろうとしてくれたわけだから。
「……条件がある」
え、この流れは「わかった」じゃないのか。
予測外したけど、ま、まぁ、うちの最推しはそういう人間。
い、いいだろう。受けて立つ。
婚約破棄以外なら。
「式を早めさせろ」
「えっ」
それはあまりにも、意外な条件だった。
鼻血ぐらいでレジナルドは引きません。