14. 前世編:あいこちゃんとの通話
「アニエス……もう俺は、耐えることができない」
「殿下……!」
「どうして、出逢ってしまった。こんな想いをするぐらいなら……」
ラファエルは短剣をアニエスに突き刺そうとした。だが、アニエスは真珠の涙を輝かせて、女神の如く微笑む。
「……どうしてっ、君は……こんな時に笑えるんだ……」
「愛しているからです……どうか、貴方の刃を私の胸へ……」
アニエスの笑顔こそ、ラファエルの胸を深く刺す。
カラン、と、乾いた音が部屋に響いた。
「ああ……ああああっ! 俺は、俺はぁぁ……!」
「うわああああああああん!! 盛り上がって参りましたぁぁ!!」
『うるさいよめーちゃん! てか、人の書いた話を本人の前で読まないでよー!』
「だって……あいこちゃん、作業通話っていったってずっと無言なんだもん……」
『いやだってさ、芭蕉ちゃん落ちちゃったしさぁ。私、書いてる時は無言なんだよね』
深夜。
私こと『めかぶ大好き娘』は、『あいこ』ちゃんと通話していた。
一時間ほど前に『芭蕉』ちゃんもいたけど、彼女は明日は早番だといって落ちてしまった。
ちなみに芭蕉ちゃんはノア推しの壁サー神絵師。
あいこちゃんは、ウェブで絶大な人気を誇る字書きだ。
芭蕉ちゃんと同じく、彼女も『BELOVED SOUL』の二次創作をたくさん発表している。
主に推しカプのラファエル×アニエス(のR指定)だけど、ノア×アニとかもいける。
今、私が読んでいたのは、芭蕉ちゃんが「私が表紙描くからラファ×アニで本出してみない? というか描かせろい。そしてノアを書くんだ……!」と圧力をかけ、あいこちゃんが初めて作った薄い本だ。
あいこちゃんの書く小説は、原則R指定だ。かなり濃厚。
ウェブに上がっているのも、本になったやつも、全部、お子様は読んじゃダメ。
あ、私はちゃんと年齢クリアしてますよ?
まー本人の前で(無言とはいえ)読むのはあまり宜しくないと思うのだけど、あいこちゃんの小説は、すごくすごく切なくて、読み応えがあって、中毒性が高くてふらーっと読みたくなっちゃう。
ちなみに彼女が今やっているのは、ラファ×アニのウェブ企画用の長編で、締め切りは明日(もう今日だよ)らしい。
「このラファエル殿下とアニエス幸せになってほしー! マリアンヌめちゃくそ悪い奴じゃん!」
『んー、ちょっと過剰に書いちゃったかなぁ。サンプルアップしたらさ、低評価かなり入れられちゃったよー』
「気にしちゃダメ! あいこちゃんのラファ×アニ好き! というかあいこちゃんの小説すっごい好きなの。いっつも泣きながら読んでるから! 最高!」
『……褒めすぎぃ』
ちなみに、画面はオフにしている。
あいこちゃんは、書いている姿を人に見られたくないらしい。鶴女房みたいだ。
本人曰く、執筆中は登場人物の表情とリンクしてしまうらしい。
芭蕉ちゃんはあまりそういうことないらしいけど、部屋が汚いからNGといわれた。たまに画面共有で作業を見せてくれるけど(ペンの動きが止まったら他のことやってる)。
「というか、私だけ何もしてないよね。二人とも、二次創作すごい頑張ってるのに」
『頑張るとかじゃないんだよなぁ。業? というか、そんな感じ』
「……いいなぁ。私は、小説も絵も難しくて……」
そう、私は読み専なのだ。
イベントだって積極的に行くわけでもない。二人の手伝いの時ぐらいで、休憩時間に島を回るけど、買わないで帰ってきてしまうなんてよくある。
レジナルドは、あまり本では見かけない。ウェブでよく上がっている。攻略対象じゃないからだろうか。
推しやカップリングも違えば、作家と読み専という違い。
それでも色んな縁があって、私達は仲良くなった。
イベントを手伝ったり、誤字脱字のチェックをしたりする時、二人ともちゃんとお金を払おうとしてくれる。
私が固辞すると、代わりに最推しをくれる。芭蕉ちゃんはカラーでレジナルドを描いてくれるし、あいこちゃんはレジナルドの捏造過去などを短編で書いてくれた。
『誰でもできるよー』
「できる人はみんなそういうからなー」
『マジだって。でもま、本人が書く気にならんと無理だし。それにさ』
「ん?」
『めーちゃん、いつもアフターとかコラボカフェ遠征とかさ、幹事してくれてんじゃん。資料探してくれたりさ。あのねぇ、それすっごい助かるんだよ』
「マジで?」
『マジマジ。むしろうちらのが甘えて悪いねーって思ってるんだよ』
そんなことはない。
創作には、パワーが必要だ。
そのパワーで、読み専の私の方が力づけられる。
第一、よし幹事しようって思ってやってるわけじゃない。一緒に楽しみたいと思っているだけなんだよ。
『そいやさ、あの捨て垢どうなった?』
「え? あー……ブロった。しばらく新規垢で攻撃されたけど都度ブロで今平和」
あいこちゃんが声をひそめて訊ねたのは、SNS上でのことだ。
私がレジナルド関係のことで絶叫すると、謎の捨て垢が絡んでくるようになったのだ。
“うっざ。あんただけがファンだと思ってる?”
“コラボカフェ衣装はコラボカフェだけの設定でしょ。本編と混ぜんな”
“1ボックスだけて(笑)。交換先みつけるの常識でしょ”
“おおてにすりよりきもいきもいきもい”
“にわかのくせに”
『あのさ、情報開示とかするんなら、できることあれば協力するよ?』
「ありがとー! でも毎回通報してくれたじゃん。それで充分だよ」
『通報ぐらい、すぐできるからさ。でも、なんか異常だったよね』
「まー、ちょっとメンタルにきたけど。でも、あることないことでもないというか……本編とコラボ系の設定を混ぜてほしくないって人もいるし、端から見たらすり寄りに見えちゃうかも」
『マジむかむかする! お前こそきもいって話だよ!』
本当に、平気なのだ。
大事な友達がわかってくれれば充分だし、あの異常な絡み方には他のフォロワーさんも心配してくれた。
「ファンって、心がけの問題だと思うんだよ」
私は、本心をいった。
「別ににわかでもいいじゃない。私はまぁ1からやってるけど。それに、無理してやることじゃないよね。推し活って」
お金は有限だ。
私は毎月の給料のうち、推し活に使うお金を別口座に移している。
新作発表前後は供給が多いから、生活費から多少持ち出すことはあっても、コラボも何もない時も「念のため」といって一定額を貯金している。
だから、意外と何とかなっている。
つぎ込むのがまずゲーム本編優先で、コラボカフェだって毎日通うわけでもなく、コンプもあまり目指さない。
グッズも、レジナルドは全部買うけど、痛バ作るほど大量は必要ない。
CDの特典だって全種類は集めていない。
そういうところが、ガチ勢には緩いと思われるんだろうか。
ま、そこは考え方というか、価値観の違いというか。
だから、気にしないことにした。
『お、名言ですなー。てか私なんて、健全なあのゲームのキャラに……あんな無体なことしとるわけで……!』
「だ、大丈夫だよー。ちゃんと検索避けしてるじゃん、あいこちゃん……」
多分だけど、あいこちゃんや芭蕉ちゃんの方が、こういう攻撃を裏で受けてそうだなぁ、と思うんだよね。
人気があるだけに、嫉妬とかさ。匿名ツールも置いてるし。
でも、二人はそんなこと、おくびにも出さない。
むしろ、私のが速攻で二人に相談しちゃったもんね。
私、全然強くないよ。
「ねー、あいこちゃん」
『なんだね? めーちゃん殿』
「もし私が事故とかで突然死んだらさぁー……推し口座のお金と、部屋にあるグッズとかさ、芭蕉ちゃんと二人で受け取ってくんない?」
世の中、何があるかわかんないし。
お金はまぁ、基本的に遺族にいくんだろうけど。
でもグッズとかは、同じジャンルの友達に任せたいんだよね。
『やーよ。だってあんたの部屋にあんの、剣豪皇帝だけじゃん』
「ありますー! ラファエルもノアもありまーす! というか私の最推しも受け取ってよ!」
『あははは! ま、そん時は責任持って芭蕉ちゃんと貰いにいくから、めーちゃんもうちが死んだらよろしくー。金はいらねー。ダチだろ?』
そして二人で爆笑してから、私はあることに気づいた。
「……あいこちゃん、タイピングの音がかれこれ一時間以上聞こえませぬが?」
『お。バレたか』
締め切りとは、マッハを超えて走ってくるものらしい。
再び、カタカタという規則正しい音が響き始める。
私は無線イヤホンでそれを聴きながら、三杯目のカフェオレを淹れにキッチンに向かった。
あーあ、一緒に暮らしてたら、カフェオレでもコーヒーでも紅茶でも、淹れてあげられるのにね……。
次回は異世界編に戻ります。




