12. 婚前交渉? 3〜警告の口づけ〜
なんだなんだなんだなんだ?!
さっきまで誰もいなかったぞ!
え、じゃあ私、誰に抱きつかれてるの?
というか口塞がれてて叫べない!
「んんーっ!」
だが、鼻呼吸だけはできるように、そこは覆われていない。
──なんか、手慣れている?
いえることは一つ。
これは幽霊じゃない。実体がある。
ちなみに幽霊モンスターも存在するが、直接ダメージを与えられるのは魔法だけ。あと例外的にラファエルの聖剣攻撃とか。
(あ、あれ? でも、でもこの香り……)
覚えがある。
あの夜のバラ園での──。
すぅ、と、前に回された方の手が、ドレス越しに身体のラインをなぞってくる。
「っ!?」
その手つき。
忘れたはずの夢が、ぶわっと頭の中で溢れるように再生された。
「んんんんん?!」
名前をいったつもりだが、全文字『ん』にしかならなかった。
「……ご名答だ、勇ましいお嬢さん」
「んんーっ?!?!??!!」
え、今のでわかったの? すごいな最推し。
いやいやそうじゃなくてさ。
そんな!?
なんで?!
なぜここにレジナルドが?!
でも、間違いなくこの低く甘い、ねっとりと絡みつく声はレジナルドのもの。
最推しの美声だ。
(ぎょおぇええええええ?! なんでなんでなんで?!)
潜んでいた?
いや、それはないと思う。
窓から入ってきた? いや、窓は閉まっている。
レインがドアを開けた時に入った? いや無理だろ。
だが、私はたった一つだけ、思い出した。
(──!! レジナルド固有スキルの『雲消霧散』?!)
レジナルドとは、終盤で夜の世界での戦闘がある。
その時に使う特殊技の一つが『雲消霧散』で、これは一定の確率で姿を消して物理攻撃を回避するもの。
この技、鬱陶しい。いや、面倒くさい。いやいや、強い。
なにせこっちの攻撃が一回無駄になってしまうのだ。
これが連続で発動した場合、事故率が跳ね上がる。確率自体はそこまで高くないんだけども。
スキル効果を説明すると上記の通りだが、解説には「雲や霧のように姿を消し、再び現れる術。レジナルドはこれで隠密行動をとっている」とある。
壁抜けの術とか、透明人間になるとか、そういう感じ。
(そ、そういえば、あのオーガとの戦い……)
思い返せば、この術で彼はあの場にいたのかも。
いやいや、それは過ぎたことだ。
とにかく──なんで? なんでここに?
ここ、私の部屋だよーー!?
「お嬢さん、俺の皇妃となる前に良いことを教えてやる」
耳に吐息がかかる。ぞくぞくと背が震え上がる。
俺の、と来ましたか。ハハァ。
皇妃。そう、私はもうすぐ、この男──最推しの妻になる。
「これから先、たとえ自室でも気を抜くな。モグリッジ皇国に、安全地帯はないと思え」
「んっんんん!」
「恐ろしいだろう。こうして後ろから囚われては、何もできまい」
恐ろしいですよ。ドッキドキですよ。
最推しに抱き締められてるこの状況がな!
前回は前からで、今回は後ろから!
え、ここスチルで見せてくれん?
自分視点だとハラハラが強い。腹も押さえられただけにね。やかましいわ。
……あれ? ねぇ、これ、もしかして殺される? 最推しに?
待ってくれ。突然の死エンドか?! 私は何か粗相をしただろうか!
……え、ちょっと待って待って待って?
私、この三日間はとてもとても大人しくしてましたけど!
ま、まさか、結婚オッケー! って答えたの、実はアウトだった?!
彼の指がコルセットで形を整えた胸のアンダーラインをなぞり、ぐっと一点を押す。
そこは、心臓の位置。
「俺が針の一つでも持っていれば、お前は死んでいる」
「……っ」
「だが、お前ほどの女が虜囚となれば、どうなるかわかるな……?」
わかりませんねぇ……。
うーん、マリアンヌの中に『めかぶ大好き娘』が目覚めたの、いうても半年前ぐらいなんで。
いやでも、マリアンヌ自身はすごい良い女だと思う。
とりあえず、これはピンチか。ピンチなのか?
どう反応すればいいの? いや、口も身体も封じられているから答えようがない。
「……だが、安心しろ」
へ?
「お前一人ぐらい、俺が守ってやる。今日は、ただの警告だ」
ちゅ。
いま、リップ音しませんでした?
うなじに、柔らかいものが触れたんですけど。
甘い囁きもすごかったんだけど、この感触は……。
ほへ?
へ?? これって……?
(ひ、ひえええええええーーーー!!)
どびゅっ!! びゅしゅ!!
なんてことだ。
私は最推しに抱きすくめられながら、限界突破で鼻血を噴きだした。
最推しの手が、真っ赤に染まった。
いやこれは、最推しが悪いわ。
次から2話ほど『めかぶ大好き娘』の前世編の予定です。
限界オタク女のオフ会編と、通話作業編。後々にも関係する話。