09. 最推し。好き。最高。尊い。
さらに半年の月日が流れて、卒業の祝い──もとい、断罪の日がやってきた。
全くもって……告げられた罪に、身に覚えはない。
なにせ、アニエスの接近自体、ラファエル達に妨害されていたのだ。
だがアニエスがラファエルルートを選択していたことは、これではっきりした。
……うーん。
何だか釈然としないのよね。
で、今。
私は、最推しと王城のバラ園で二人きりだ。
剣豪皇帝レジナルド・マクシミリアン・モグリッジと、むせ返るほどの甘い花の匂いの中──月明かりも綺麗だ。ああ時が止まって欲しい。
「望みを叶えてくれるか、な。そんな要求をされたのは初めてだ」
「むしろ私の方が、皇帝の望みを叶えるなんて無茶ぶり……もとい、畏れ多い話なんですが」
いったい私の何を見て「望みを叶える女」だと判断したのだろう。
(ん? 待って、レジナルドは「半年前」って言った?)
『半年前、初めて『お前』を見た時──』
言った。言った言った。
半年前って、ちょうど高熱を出した頃だ。
『めかぶ大好き娘』だった前世をはっきり思い出した時期。
いや、でもそれより気になることがある。
「レジナルド……皇帝陛下は、半年前に私を初めて見た、と仰いましたが……」
「ああ、言ったな」
「でもおかしいのです。陛下と私がお逢いするのは、これで三……四度目? ですわ」
そうだ。違和感はどちらかといえば、時期よりも回数だった。
最推しに求められて有頂天になっていたが、さすがに気になりすぎる。
──これ、ちゃんと公式監修された世界なの? って。
マリアンヌがレジナルドと対面したことは、確かに本編では描かれていない。
だが現実にマリアンヌの記憶にあることだし、設定集の裏話で「マリアンヌとレジナルドは会っているかも」みたいな話はあった。
ならば、矛盾している。
しかし、私自身は追加ファンディスク「薔薇色の人生を君と(仮)」をプレイしていない。それどころか予約すらできなかった。
実際にこのイベントがどういうものなのか、把握できていない。
この矛盾を解決する何かがあったのだろうか。
それとも、過去に対面したことは、ゲーム上はなかったことにされたのか。
謎。
だが少なくとも、レジナルドの言葉が矛盾しているのは明白だ。
たとえゲームでどうなっていようと、マリアンヌの記憶ははっきり残っている。
「回数に何の意味がある?」
だが、レジナルドは不敵な笑みを崩さない。
汗はそれなりに引いてきているが、手も握ったままだ。
「い、意味は……あります!」
「ほう?」
「わ、私のことを……覚えていない、ということですよね?」
つまり、半年前が初対面なら、それ以前は全く意識していなかったということだ。
「私など、眼中になかったということでしょう? それなのに、なぜ?」
そして、マリアンヌには、半年前に逢った記憶がないのだ。
──思い当たる節はあるけれど。
ならば、なぜ彼はあそこに?
「……『お前』はそういうのを気にするのか」
「う、えーと……気にする、というよりも……気になるというか」
「俺が求婚し、そして受け入れてくれた。それで充分ではないか」
「そ、そうですが!」
気になり出すと、色んなことを意識する。
そして──本当にここは、『BELOVED SOUL3』の世界なのだろうか、とまで考え始めた。
もちろん、登場人物は一緒だし、舞台も同じ。
なのに、少しずつ違う。矛盾が起きている。
ならば、目の前にいる男は──本当に、私の愛した最推しなのか?
(でも、何をもって同一とするの? それをいうなら、私は何?)
マリアンヌであり、めかぶ大好き娘でもある。
そして、最推しを前に興奮して、すっかり後者になってしまっている。
考え出すと、足元からぐらぐらと揺れてしまう。
生きるって、決めたのに。決めてしまってから、不安が広がるなんて。
「あっ」
よろめいてしまったのか、それとも手を引っ張られたのか。
私は身体を引き寄せられて、レジナルドの腕の中に収まってしまった。
(ひぇ、ひぇえええええーー!! ひゃあああーーー!!)
叫んで走り出しそうになるのを、ぐぐぐぐっと堪える。
いや、動こうにも、しっかりと背に腕を回されてしまって少しも動けない。
レジナルドが、すっと耳元に唇を寄せてきた。
耳に吐息がかかった瞬間、ぞくぞくと背中が粟立った。
「人は、この世に存在する『最愛の魂』を持つ者を捜し続ける」
「──っ」
「俺はそれを、『お前』だと確信した。半年前のあの日に」
最愛の魂。
BELOVED SOUL。
それは、告白イベントで用いられ、そしてエンディングでも使われる言葉であり、メインタイトルのこと。
この世界における『絶対的な運命の恋人』のことだ。
レジナルドが、絶対に口にすることのなかったフレーズ。
(……やっぱり、これは、レジナルド恋愛ルート……?)
今更ながら、心臓がドキドキと高鳴ってきた。
(まさかあのオーガとの戦いは……レジナルドとの恋愛イベントだったの?!)
で、でも──もうこれでエンディングになってしまうの?
あまりに早すぎない?
どうしよう。
いや、これでいいんだ。
だって、最推しだよ? 最推しと、生身で恋をするなんて。
──ガチ恋じゃないはずの私でも、これはもう、堕ちてしまう。
(でも……このレジナルドは、本当にレジナルドなの?)
私は静かに眼を閉じた。
すると、レジナルドが耳元で小さく笑った。
その吐息に思わず身を竦めた時、低く甘い声が流し込まれた。
「いいさ、叶えてやろう。お前の望みを。金も名誉も快楽も、何でもくれてやる」
いいえ、私が欲しいのは、そんなのじゃないの。
恋愛ルートを望んだけど、レジナルドは、与えてくれる人じゃないと思うの。
でも、嬉しい気持ちは、あるのよね。仕方ないよね。最推しだもん。
「俺の望みを叶えられる女は『お前』だけだからな……そうだろう?」
「の……ぞみ……レ、……陛下の、望み……?」
震えながら、私は聞き返した。
「俺を、この世界を統べる『神』にしろ……お前ならできる」
あ。
ああ、それでこそ。
私の最推しだ。
神になろうとして、神になれず、笑って散っていった私の愛しい最推し。
誰よりも傲慢で、誰よりも苛烈で、誰よりも儚く強い、孤高の剣豪皇帝。
邪悪であることに、絶対の誇りを持って、王道を蹂躙する貴方。
とても眩しかった。
好きになった。
でも、貴方は死んでしまう。
プレイヤーの手で倒さなくてはいけない。
私は、貴方に生きてほしかった。
だから、恋愛ルートを望んだの。
だって、これは乙女ゲームだから──恋をすれば、死なないはず。
「──はい!」
最推し。好き。最高。尊い。
ここで一区切りです。
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