プロローグ 婚約破棄、そして最推しの登場
「マリアンヌ・ド・ラ・アズナヴール! アニエスを貶めたお前の罪は、軽くはないぞ!」
ああ、さすがに美声だなぁ──なんて思っている場合ではない。
宣告してきたのは、マルモンテル王国の王太子ラファエル・ド・マルモンテルだ。
あの声帯は国の宝だと思う。歌も上手いし。
王太子とともに、王立ミシェル学園を卒業したこの日。
祝いの夜会は、王城の大ホールで行われていた。
私、アズナヴール公爵令嬢にして未来の王太子妃・マリアンヌは今、衆人環視のもと、断罪されようとしている。
ラファエルの隣にいるのは、本来マリアンヌのはずだった。
だが、彼の腕に縋って怯えながらこちらを見ているのは──アニエス・アーベル。
平民でありながら、特待生として貴族クラスに入った、学年が二つ下の後輩だ。
マリアンヌの罪とは、アニエスを裏で害したこと。
それが、ラファエルの怒りを買った……というわけだ。
ここは乙女ゲーム『BELOVED SOUL3』の世界。
ヒロインのアニエスは、世界の危機を救うべく、戦士達とともに敵に立ち向かう。
昼は学園で過ごし、夜は『夜の世界』と呼ばれる異空間で戦って、攻略対象である戦士らと交流を深め、やがて恋に落ちていく。
そんなアニエスに嫉妬して、昼の学園パートで数々の妨害を行うのがマリアンヌ。
魔法の素質がありながら顕現できず、戦うことができないことがコンプレックス。
私は、事故死した後マリアンヌに転生した──『BELOVED SOUL』シリーズのファンだ。
特にこの『3』は、かなり思い入れが強い。
(この断罪シーン、感動したんだよなぁ。だって本当にアニエスが健気で、マリアンヌは非道だったから……でも、さすがに何もしてないのに強制イベントは酷い)
私はため息を細くついた。対峙する王太子に気づかれないように。
本当ならここは、眼に涙をため「お許し下さい!」と訴えるのが正しいはずだ。
だって、マリアンヌはそういうキャラだったもの。
しかし、私自身にはアニエスを害した記憶がない。
気づけば、マリアンヌがアニエスをいじめたことになっていて、なすすべもなく今日を迎えてしまった。
だから、許しを乞おうにも、釈然としなくて言葉が出てこないのだ。
「……申し開きがあるなら聞いてやる。昔のよしみだ」
冷たい低音ボイス。最高ですね。好きだわ。
だけど、どうせ何を言っても、結末はもう決まっている。
何度も、私はこれを見てきたから。
ここから、ラファエルの恋愛固有ルートが開ける。
マリアンヌが婚約破棄と国外追放から逃れることは、できない。
逆にいえば、殺されるってことはないはず。
(少なくともマリアンヌが殺される展開はなかった。追放だけなら、大丈夫よね、きっと)
仮にもこれ、乙女ゲームだし。
あまりに残酷な結末は、制作側もガチでは設定していないと思う。
……たぶん……。
…………。
買いそびれた設定資料集に「マリアンヌは実は処刑されている」とかあったらどうしよう。
コミカライズもまだ完結してないし。や、やだなぁ。
「残念だ。仮にもお前と俺は……将来を約束されていて、それなりに情があった」
「殿下……心が苦しい、ですよね」
「! すまないアニエス。今の俺には、お前しかいない。もう全ては過去だ。俺の未来は、お前とともにある」
あー、待って、これ答えないでいると勝手に進んじゃう?
放っておくと、追放じゃなくて処刑になっちゃうなんてことはない?
いや、このゲームに、そんなシステムはなかった。
絶対なかった。
何百回と(前世で)この世界を救った私がいうんだ。
救うための代償は、決して軽くはなかったんだけど──。
アニエス。
ヒロインの貴女には、わからないでしょうね。
世界を救うために、好きな人を倒さねばならなかったプレイヤーの気持ちなんて。
ラファエルを選んだ貴女には、わかりっこない!
「マリアンヌ・ド・ラ・アズナヴール! 今ここで、お前との婚約を正式に破棄する。その上で──我が真の恋人・アニエスへの数々の非道な行為の罰を受けよ。貴様は、この国に住まうこと、生涯叶わぬ!」
このニュアンス……ひとまず、追放だけね。
ならばよし! この場をやり過ごして、何とか切り抜けよう。
いや、だってさすがに、また理不尽に死ぬのはいや。
しかし、もうこれ完全に王太子ルートですわ。ほらアニエスが嬉しそうに……あれ、なんかスチルと違う顔を浮かべている気がするけど、あれ……?
「──っは、はっはっはっ!! 大した茶番だな、ラファエル王太子殿下!」
突如、拍手と喝采が、王太子の宣告よりも大きくホールに響き渡った。
静まりかえっていた周囲が一気にざわめきだす。
そして誰よりも驚いたのは、私だ。
低いのに、とてもよく通る声。ぞくぞくと背中が痺れてくる。
(え……え? こ、この……声……まさか)
振り返ると、人波が左右に分かれて、中央を堂々と歩いてくる人物が一人。
私は、眼を見開かざるを得なかった。
少し長めなウルフカットの銀髪に、切れ長の紅眼の、黒い盛装姿の青年が威風堂々と立っていた。
「たった今、マリアンヌ嬢は婚約者を失った。ならば──この俺、レジナルド・マクシミリアン・モグリッジがその立場を貰い受けても、誰も文句はあるまい」
剣豪皇帝レジナルド・マクシミリアン・モグリッジ。
私(の前世)の『めかぶ大好き娘』の、最推しだ。
私が、プレイヤーとして、何百回と息の根を止めてしまった人。
大好きなのに、何度も、私は魔道に堕ちた貴方を見つめ続けた。
……魔道でも生きていてほしかったのに、死なせるしかなかった。
ああ、でも、そんな、ここで逢えるなんて……!
しかも私と、婚約?!
……。
あれ、でも待って。
私、この展開、知らないんだけど?
ま、まさかこの世界って……?!