表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Who murdered nyan?

作者: すだちなんてん

 三丁目のトラさんが誰かに殺されたとオレ達の間で噂になったのは、梅雨の長雨が上がった昼下がりの事だった。

 トラさんはいつも公園のベンチに座って子供達が遊ぶさまを眼を細めて見ている、温厚で面倒見が良くて誰からも好かれる爺さんだった。

 オレが喧嘩で負けた時――滅多にないことだがオレだって時には喧嘩に負けることがある――には歯の抜けた口でフニャフニャ何か言いながら傷の治療を手伝ってくれた。正直言うと、その時トラさんが何を言っていたのかオレにはさっぱり分からなかったが、多分オレの身を案じてくれたのだと思う。とにかく、トラさんがざらついた舌でオレの傷を舐めてくれた、あの月夜の晩のことは忘れはしない。

 くそっ!

 一体誰が?

 一体誰があんな善良な野良猫を殺したんだっ⁉


 オレたちは今後の事を話し合うために集会所に集合した。

 トラさんが人間にやられたのは、その手口から明らかだった。オレ達猫じゃ体をバラバラにしてゴミ袋に詰めるなんて不可能だからな。

 これは、人間の犯した不始末なのだから、人間達が自分で始末をつけるべき問題だというのに、連中はこの犯罪を本気で解決する気は無い様だ。

 オレはトラさんの訃報を知るとすぐさま駅前へ行って交番のオマワリどもの様子を窺ったが、間の抜けた顔をした巡査が欠伸をかみ殺している所を見るに、連中はこの凶悪な殺猫事件に本腰を入れて捜査をしてはいない様子だった。本来ならばこんな極悪非道、悪辣無比な殺猫事件が起こったならば、即座に捜査本部を立ち上げて数百人規模の捜査員を投入すべきなのだが、人間共はそんな簡単な事も分からないらしい。

「こういう猟奇殺猫ってのは得てして一度では終わらないもんだ。犯人は愛らしいにゃんこをいたぶって性的快感を得るド変態かもしれない。発情期でもないのにムラムラするなんて、けしからん。この件に関して、人間共は全く役に立たないから、オレ達は自衛せねばならないだろう!」

 オレは集会所の中心で演説をぶち上げた。ちなみに集会所っていうのは、三丁目と二丁目を隔てる水路の水門の操作盤の周りだ。ここは関係者以外立ち入り禁止だし、周りに建物が無くてとにかく日当たりが良いから、猫の集会所にはもってこいなのだ。おっと、猫だって関係者じゃないだろうなんて、野暮なことは言わないでくれよ。

 集まった野良猫達はオレの演説を聞いて、やんや、やんやと拍手喝采をした。無論、猫の手では拍手など出来ぬから、これは比喩である。実際は前足を舐めてから、その前足で耳の後ろをしきりに掻いたのだ。人間には分からぬだろうが、これが猫流の拍手喝采なのである。

「さすが物知りっすね! 一体どこでそんな話を聞いて来るんです!?」

 ブチ模様のサブローがおべっかを使う。こいつはとにかくお世辞を言いまくる奴だから、気を許しちゃならない。以前、四丁目の野良猫共と抗争をした時には、こいつは犬みたいにキャンキャン鳴きながら、いの一番に逃げ出しやがった。猫なのに犬みたいに鳴くだなんて、みっともないったらありゃしない。

 だがまあ、オレも褒められて悪い気はしない。

「お前は知らないだろうが、オレはゆーちゅーぶで見たから知ってるんだ」

「ゆーちゅーぶって何ですかい?」

「おいおいお前、この令和の時代にゆーちゅーぶも知らないなんて、遅れてるな」

 まあ、本当はオレもゆーちゅーぶを見たことがあるわけじゃない。なんせ野良猫だからな。ゆーちゅーぶの話は二丁目に住んでるマルって飼い猫から、そいつの家の窓ガラス越しに聞いたのだ。マルは完全室内飼いの飼い猫だから表に出てくることはない。いつも家の中にいて、暇なときは飼い主と一緒にゆーちゅーぶを眺めているらしい。おかげでマルはとにかく博識だ。マルと話しているとその口調の端々から野良猫を見下しているのが分かるのは気に食わないが、役に立つ奴であることは間違いない。

 話が脱線してしまうが、オレはゆーちゅーぶが何かをサブローに教えてやることにした。この無知蒙昧な野良猫に新時代の常識を教えてやるというのも、リーダーたるオレの役目だろうから仕方がない。

「いいか、ゆーちゅーぶってのはな……」

「うんうん」

「いんたーねっとだ‼」

「な、な、なるほど! いんたーねっとか!」

 サブローは納得した様子で、口から少し舌を覗かせて薄目を開けた顔をする。わざわざ説明する必要もないと思うが念のために言っておくと、この顔が猫が納得した時の表情なのである。もっともサブローが本心から納得したかどうかは別の問題だ。オレは長年の経験から、とりあえず『いんたーねっと』と言っておけば、大概の奴は納得したふりをして黙りこくってしまうことを知っていた。おそらくサブローもこの手合いだろう。

 だがオレの説明で納得しない奴もいた。

「ねぇ、いんたーねっとってよく聞くけどさ、一体何なの?」

 そう口を開いたのは、若い雌猫のユキちゃんだ。ユキちゃんはその名の通りに真っ白く美しい毛並みを持っていて、この界隈じゃ誰もが憧れるアイドル的雌猫である。発情期ともなるとこの辺りの雄猫は一匹残らず、我先にとユキちゃんの尻の匂いを嗅ぎに行くのだ。もちろん、オレはそんなことはしないけど。

「いんたーねっとが何か、かい? いい質問だね」

 オレはちょっと気取ってそう言った。

「いんたーねっとってのはね、つまり、とにかくすんごいねっとだ!」

「……? 私、バカだから良く分からないわ。ねっとっていうのは、動物愛護団体のおばさんが野良猫を捕まえるのによく使ってる洗濯ネットと同じものかしら?」

「もちろんそうだとも!」

 多分そうだろう。自信はないが、こういうのは勢いが大事だ。

「ふーん、そうなんだ。あなたって物知りなのね」

 ユキちゃんはそう言うと傍に寄って来て、オレの頬をぺろりとひと舐めした。うーん、この毛づくろいの感覚、たまらない。

「私怖いわ。犯人、早く捕まると良いね」

 ユキちゃんは体をブルブルと震わせてそう言う。決して背中にたかった蚤が痒くて体を震わせたわけでは無いだろう。たぶん。

 仕方がない。オレの頭には探偵がかぶる鹿撃ち帽は似合わないが、ユキちゃんの為に一肌脱ぐことにするか。


 オレには犯人の心当たりがあった。

 近所に住む浪人生の男、一郎である。この男、志望する大学に入れずに二回も浪人している。

 一郎なのに二浪しているのだ。きっと、それでむしゃくしゃしてやったに違いない。なにせ、もう一回浪人するとサブローになってしまうからな。

 それに最近、一郎の奴はやたらと近所をうろうろと歩いているんだ。この前なんか、真夜中に目的地も無い様子でうろうろ、うろうろと近所を何周もしていた。疑わしいことこの上ない。

 しかし、一郎が犯人で九十九パーセント間違いないと思うが、疑わしきは罰せずという言葉もある。日本は法治国家なのだから、きちんと証拠を押さえねば。

 早速オレは道端をふらふらと歩く一郎を見つけて、証拠を押さえるために尾行を始めた。

 一郎は手からビニール袋を垂らしてトラさんがいつもいた公園に入っていく。

 こいつは黒だな。オレは確信した。犯人は犯行現場に戻るというからな。顔だって目の縁にくまが浮かんだ悪相だ。犯人じゃないなんて考えられない。

 オレがそう思っている間に、一郎は公園の隅の茂みの傍に屈みこんだ。やはり怪しい。

 遠巻きに様子を窺っていると、茂みの中から痩せた子猫が一匹出て来た。

 見知らぬ猫だ。新顔のくせにオレに挨拶しに来ないとは生意気だな。そのうえ小汚いなりをしやがって。後できっちり毛づくろいをしてやらねばなるまい。

「やあ、待ったかい。今日はいい物を持ってきたよ」

 一郎は子猫にそう言って白いビニール袋の中を漁る。そこから出て来たのはギラリと怪しく光るナイフ、ではなくて牛乳パックだった。用意の良いことに紙皿までがビニール袋から出て来た。

 一郎は紙皿にたっぷり牛乳を注いで子猫に飲ませ始める。

 って、馬鹿! 子猫にそんなにたくさん牛乳を飲ませたらお腹を壊すのが分からないのか?

「やっぱり、俺決めたよ」

 ムニャムニャ言いながら一心不乱に牛乳を舐める子猫に向かって、一郎は独り言の様に話しかける。

「父さんは俺に医大へ行けって言うけど、俺が本当になりたいのは医者は医者でも獣医なんだ。父さんは分かってくれないかも知れないけど、ちゃんと話し合ってみるよ」

 何だこいつ? 悪い奴じゃなかったのか……?

 オレは一郎の傍に寄って奴の顔をよく見てみた。悪相に見えた顔は、近くで見ると疲労の色が見えるだけで、どこにでもいる平凡な顔だった。

「お前も牛乳が欲しいのかい?」

 近寄って来たオレを目ざとく見つけた一郎が、そうオレに話しかけてくる。

 か、勘違いするなよ。オレは殺猫事件の犯人を捜しているだけで、牛乳が欲しくて来たわけじゃないからな!

 オレはにゃあにゃあと鳴いて否定したが、一郎はお構いなしに新しい紙皿に牛乳を注いでオレの方に差し出してきた。……仕方がないなぁ、牛乳を残したらもったいないから、オレも舐めて消費を手伝ってやろう。

 紙皿の牛乳を舐め始めたオレに対しても一郎は独り言のように話しかけてくる。

「お前は毛並みが奇麗だな。近頃この辺に猫を虐待する人が出るらしいから気をつけろよ。俺も勉強の合間に巡回してるんだけど、素人じゃなかなか犯人を見つけるなんてことは出来ないもんだな」

 おい、こいつ、良い奴じゃないか。誰だ、一郎の事怪しいって言った奴は? そんなことを言う奴はこのオレが許さないぞ。


 捜査が振り出しに戻って数日が経っていた。

 今日も捜査には進展が無かった。オレには一郎のほかに怪しい奴に心辺りが無いので、捜査を進めようにも雲を掴むようなものだった。

 仕方がないのでねぐら――オレにやたらと構ってくる人間の女が住む家の軒下だ――へ帰ろうとしていると、後ろから人間の男に声をかけられた。

「かわいい猫ちゃんだねぇ」

 その言葉と共に、後ろから急に体を抱き上げられる。おいおい、オレへの無断でのおさわりは禁止だぞ。

 オレを抱き上げた奴の姿を確認すると、さえない風貌のスーツ姿のサラリーマンだった。

 なんだなんだ、おっさん。お仕事で疲れちゃったから可愛いにゃんこに癒されたくなったのか? まったく、仕方がねぇなぁ。

 そう思った時、オレはふとあることに気づいた。

 おい、おっさん。

 なんでだ?

 なんであんたの服から、トラさんの匂いと猫の血の匂いがするんだ?

「かわいい猫ちゃんは、バラバラにしたらどんな声で鳴くんだろうねぇ?」

 お前だな!? トラさんを殺したのは!

 オレの毛が文字通り総毛立った。しっぽの太さを普段の四、五倍にも膨らませ、オレはガブリとおっさんの手に嚙みついた。

 おっさんは油断してたのだろう。歯が抜けたトラさんを捕まえた時の経験で、猫の反撃など大したことがないと高を括っていたのかも知れない。

 だがそいつは大間違いだ。

 オレ達猫の鋭い牙にかかれば、毛皮に守られていない人間の皮膚に穴を開けるなんて容易いことだ。普段は甘噛みしてやってるんだ!

 おっさんは悲鳴を上げてオレを投げ出した。

 もちろんオレは猫だから、投げ出されても無様に地面に落ちることなどは無い。軽やかに、そしてエレガントに着地した。 

「くそっ、猫の分際で馬鹿にしやがって!」 

 おっさんはオレにそう言って黒い鞄の中を漁る。そこから出て来たのは牛乳パック、ではなくてギラリと怪しく光るナイフだった。

 来るなら来い。お前みたいな卑怯者にオレは負けないからな!

 オレはおっさんを睨みつけながら威嚇の声を上げた。

 おっさんはナイフを前に突き出しながら、一歩一歩オレに近づいて来る。

 ……やっぱりナイフは無しにしないか? そいつはちょっと卑怯過ぎると思う。

 オレはちょっぴり弱気になったが、そのオレを励ますように誰かが唸り声を上げた。

 視界の端にブチ模様の猫の姿が映る。お前はサブローじゃないか!? お前が最初に助けに来てくれるとはね。見直した!

 真っ白い猫もやって来て、うなーうと高い声を上げた。ユキちゃん、そいつのナイフには気を付けてくれよ。

 他にも、普段のオレの仲間達がいつの間にか集まって来て、一斉に唸り声を上げ始めた。オレの声を聴いて駆けつけて来てくれたんだ。

 その中にはあの子猫もいた。小さいくせにいっちょまえに唸り声をあげている。もちろん、オレが毛づくろいをしてやったから毛並みは艶々だ。

 それだけじゃない。丸々太ったキジトラ模様のデブ猫が、普段はここいらでは見かけない猫共を引き連れてやって来て、一緒に唸り声を上げ始めたじゃないか。

 オレの好敵手ライバル、四丁目の首領ドンのコタロウだ! 普段はいがみ合ってるオレ達だが、今日ばかりは加勢に来てくれたらしい。ありがたい。

 数ダースの猫の軍団が唸り声をあげると、事情も分からぬくせに何故か近所の犬共も遠吠えをはじめ、その声に驚いたカラスまでもがギャアギャアと騒ぎ始めた。

「くそっ、何なんだお前らは。どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって‼」

 おっさんが動物たちに驚いてタジタジとなっていると、道路の遠くの角から青年が現れて声を上げながら走って来る。

「お巡りさーん、こっちでーす!」

 走って来るのは二浪中の一郎だ。その後ろからは例の間が抜けた顔の巡査が付いて来ている。やるじゃないか一郎。

 巡査の姿を見たおっさんは悪態をついて、よろめきながら逃げ出した。

 逃げていくおっさんの後姿を見送りながら、オレ達は一斉に喉を鳴らして勝利の凱歌を揚げた。 


 あのおっさんが捕まったと聞いたのは数日後だった。どうやらあのおっさんは病院へ手の傷の治療をしに行ったところで、医者が警察へ通報して捕まったらしい。あの間が抜けた顔の巡査、相当眼が良いらしくおっさんが手に怪我をしていたのに気付いて、近所の病院に猫に噛まれた男が来たら通報するように根回ししていたらしい。あの巡査、顔のわりに頭が切れる奴だったようだ。間が抜けた顔とか言ってごめんな。

 一郎は近頃姿を見せなくなった。犯人が捕まったので、巡回をやめて受験勉強に集中しているのだろう。あの時、たまたま巡回中の一郎がオレとおっさんに気づいてすぐに巡査を呼びに行ってくれたから、オレ達は誰も怪我をしないで済んだ。オレは仁義を通す猫だから、いずれ一郎にはきっちりお礼をしないとな。ネズミとかモグラとかを捕まえて持って行ったらきっと喜ぶだろう。黒くてカサカサとすばしこく動く奴も良いな。捕まえるのは大変だが、人間はみんな、あれをくれてやるとギャーギャー大騒ぎして喜ぶんだ。

「オレー」

 道端を歩きながら一郎へのお礼について考えていると 人間の女の声がしたので、オレは振り返った。そこには二人の若い女が立っていた。人間の中でも女子高生とかいう、やたらと短いスカートをはく変わった習慣を持った部族である。

 なんだ、ミカか、とオレは思った。片方の女子高生とは顔見知りだ。オレがねぐらにしている家に住んでいて、時々ペースト状の猫のおやつを食わせてくれる女だ。

 実はこの女、オレに惚れているのだ。まあ、オレの見事な毛並みにかかれば人間の女なんてイチコロだから無理もない。この女は猫のおやつでオレの機嫌取りをした後は、オレの腹に顔をうずめて、もふもふ、もふもふと謎の呪文を唱えだすのが常だった。

「わっ、何この子? カワイイー」

 もう一方の女がキンキンした声で叫ぶ。おいおいお嬢ちゃん、猫の耳にゃアンタの声のデシベルは高すぎるぜ。

「この子、オレっていうの?」

「そ。ウチの軒下に住み着いてる野良猫で、私が名付けたの。カフェオレみたいな色してるから、オレ。かわいいでしょ?」

「カワイイー」

 モスキート音に近い音域の音を発しながら、ミカじゃない方の女がオレを抱きあげたが、オレの下腹部を見て声のトーンを一つ落とした。

「あれ? この子、雌なんだね」

「そうなの。雌なのに気が強くて、いつも喧嘩してるんだよ」

 おいおい、お嬢ちゃん達、あんまり淑女の股間をジロジロ見るもんじゃないよ。

 オレはにゃんと一声、抗議の鳴き声を上げた。

世界猫の日という事で未公開の短編を引っ張り出してきました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ