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牛の首

二人の女子大生が旅行中に訪れた場所は、都市伝説『牛の首』の候補地でした。

『牛の首』の話を聞いた者は数日のうちに死に至るといわれています。

この物語は家紋 武範様主催の『牛の首企画』ならびに公式企画『夏のホラー2022』参加作品です。


 わたし達が列車を降りると、ホームは森の匂いに包まれていた。

降りたのはわたし達ふたりだけだった。


 周りが山に囲まれたかなりの田舎の駅だ。

とはいっても無人駅ではないし、観光案内所の看板も見える。

駅前には食事処やいくつかの小さい店も開いているようだ。


 その駅の改札を抜けたところで、わたしは相棒に声をかけた。


千秋(ちあき)、わたしお手洗いに行きたいんだけど。千秋も行く?」


「あたしはまだ大丈夫だよ。晴海(はるみ)。じゃあ、あたしは先にそこの観光案内所に行っておくよ」


 わたしは駅の建屋の外側にあるお手洗いに入った。

用を済ませて観光案内所に向かおうとしたとき、チリーンという鈴のような音が聞こえた。


挿絵(By みてみん)


 お坊さんだ。右手に鈴、左手にお椀を持っている。

托鉢(たくはつ)っていうんだっけ、お椀にお金をいれればいいのかな。

これからわたし達が行く場所のことを考えると、ゲン(かつ)ぎしておいたほうがいいかも。

財布から小銭を少し取り出して、お坊さんのお椀に入れた。


 お礼を言うかのように、チリーンと鈴が鳴った。


 わたしは観光案内所に行くと、ちょうど千秋が中から出たところだった。


「あ、千秋。ずいぶん、早かったね。場所はもうわかったの?」


「ばっちりよ。係の人が地図に道順の印をつけてくれたよ。あ、そうだ。晴海。駅前にお坊さんっていなかった?」


「うん。さっきお賽銭(さいせん)いれといたよ。これで厄払(やくばら)いにもなったかも」


 わたしが答えると、千秋の目つきが鋭くなった。


「あのね。あたし、さっき係員の人に言われたのよ。最近、駅前に偽坊主が出没するらしいから気を付けてって」


「えー、まさか」


 さっきの場所を見たが、すでにお坊さんはいなくなっていた。


「わたし、もしかして騙されちゃったかな、でも、そーやってお金とるのって犯罪じゃないの?」


「係の人にも聞いたんだけど、グレーなんだって。物乞いは法律で禁止されてるけど、お坊さんの托鉢は例外だそうよ。お寺に所属してなくても、本人の信仰だって言えば通るって」


 お寺に所属してないってことは、コスプレ坊主?


「ま、小銭だしいいか。あれはあれで何かご利益があるかもしれないし。で、場所は確認できたんだよね」


「うん。それじゃあ、あそこの食堂で作戦会議しよっか」


 わたしたちは、色々なテーマを決めて日本のあちこちを旅行している。

今年は清少納言の書いた『枕草子』をテーマに旅をしている。


 枕草子は清少納言が平安時代に書いた書物で、日本初のエッセイとも言われている。

和歌の題材となる日本各地の名所が紹介されていて、旅のネタには困らないのだ。

昨日訪問したところも『枕草子の町』という看板が出ていた。

そこでは清少納言をモデルにしたゆるキャラが出迎えてくれた。

町おこしで枕草子と清少納言が利用されているみたいだった。


 食事処のテーブルで、わたしたちは資料を出した。

昨日の町で貰ったチラシも出てきた。


「千秋。昨日行ったところ、清少納言みたいなキャラがいたよね。でも清少納言って、あそこの町に行ったことあったっけ」


「行ってないはず。清少納言は子供の頃は山口県にいたみたいだけど、大人になってからは京都から出てないと思うよ」


 枕草子では日本各地の歌枕が紹介されてる。

おそらく清少納言が他の資料を見て書いたのだろう。

本日訪問する予定の『牛首(べごこうべ)』は、他の歌枕とはちょっと違う。

『枕草子148段 名恐ろしきもの』で紹介された『牛鬼(うしおに)』の伝承地なのだ。


 枕草子の記載の観光地で、明日行く予定の場所と昨日の町の中間にそれがある。

旅行のついでに寄っていくことにしたのだ。


「千秋。牛鬼って、牛の頭に蜘蛛の身体の妖怪だっけ?」


「そういうお化けの絵もあるけど、ここの伝承では牛の頭だけみたいだよ。都市伝説の『牛の首』の候補地なんだって」


「ちょっと、千秋。そんなところに行って大丈夫なの? タタリとかあったらヤだよ」


 牛の首って、内容を聞くだけで(たた)られるんじゃなかったっけ?


「心配しなくてもだいじょうぶだよ。晴海。そこは牛首神社っていうのがあるの。本堂に女房三十六歌仙の額が飾られてて、清少納言の絵姿もあるって。歌は百人一首と同じ『夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも 世に逢坂の 関はゆるさじ』なんだって」


「そっか。じゃあ、お参りしていくんだね。そういえば百人一首でも牛が出る歌があったような……」


 わたしがきくと、千秋は百人一首の一覧を取り出した。


「これでしょ。藤原清輔の『長らへば またこのごろや しのばれむ ()しと見し世ぞ 今は恋しき』だよね。『()し』は動物の牛じゃなくて、つらいという意味なのよ」


「そうなんだ。うしの一首だよね。和歌ってなんで一首って数えるんだろう」


「昔の中国で、短冊に詩を書いてたからみたいだね。細いものの単位らしいよ」


 それから軽く食事を済ませて、道順を地図で再確認した。


 * * * * *


 わたしと千秋は駅前から徒歩で移動し、小さな山の神社を目指す。

ちょっとしたハイキングだ。


 坂道を登っていく途中、それまで晴れていた空が急に曇ってきた。

だんだん辺りは暗くなってきた。


「えー……天気予報では今週はずっと晴天のはずよぉ」


「あまいよ、千秋。山の天気は変わりやすいからね。降りだす前に合羽(かっぱ)羽織(はお)っとこう」


 わたしたちはレインコートを着込んだ。折り畳み傘も持っているけど、山道では両手を空けておきたい。


「ちょっと待って、晴海。スマホでもっかい天気を確認しとこう。あれ? ここ圏外だ」


「わたしの方もだよ。駅の近くまでいかないとだめかもね」


「それなら、ラジオアプリを使えるかな」


 千秋はスマホにイアホンをつないで、ラジオのアプリを起動させた。

イアホンのケーブルがアンテナ替わりになるので、ラジオ番組は聴けるかも。


 千秋がイアホンの片方を耳に刺し、反対側の端をわたしに差し出した。

1本のイアホンをふたりで使ってラジオを聞くことにした。


 ……ジジジ……


 ……モノ……メ…


「ん? よく聞こえないけど、何の番組?」


「さあ? この地方の番組表がないから、てきとうに合わせたの」


 ……フトドキ モノメ……


 ……ムクイヲ ウケヨ! 


 怒りをはらんだ声が聞こえたとたん、あたりがすっと暗くなった。

生ぬるい、泥のような臭いの風が吹いた。


 何? 何? わたしたち、入っちゃいけないところに入っちゃったの?


「は、晴海……。あれ……なに?」


 千秋が指さした方に何かがいる。熊?

いや、違う。今まで見たこともないナニカだ。


正体はわからないが、こちらに対する激しい憎悪が感じられた。


 それがこちらに近づいてきた。


「ひいっ……」


 逃げなきゃ……そう思ったが足が震えてなかなか動かない。

必死に動かそうとするものの、一歩ずつゆっくりとしか動かない。

いや、転ばないようにするので精いっぱいだ。


 隣の千秋は座り込んでしまった。

彼女もガタガタと震えている。


「千秋、立って!」


「むり……。あたし、立てないよ。晴海は先に逃げ……いえ、助けを呼んできて!」


「いやよっ。一緒にいくよ」


 わたしは千秋の手を引っ張るが、彼女は立ち上がれそうになかった。


 憎悪のこもった圧がさらに強くなった。

ナニカが、すぐそこまできているのだ。


 殺される!


 思わず目をつぶったわたしに、その音が聞こえた。




























       チリーン























 わたしたちの横に、いつの間にかお坊さんが立っていた。

何かぶつぶつとつぶやいている。


「……(ユウ)(ギュウ)(シュ)(モン)(ケン)()(ジク)(ダイ)(バイ)……」


 お坊さんはお椀に手を入れ、せまってくる何かに砂のようなものを撒いた。


 ギャアアアアアアアァァァ……

 鼓膜が飛びそうな絶叫が響いた。


 二度、三度、と粉状のものを撒き、最後にお椀の残りをどばっとかけた。


 ガアアアアァァァァ……


 ナニカは森の奥に消えていった。


 不快感の圧もなくなっている。


 ふぅっと、あたりがすこしずつ明るくなっていく。

助かった?


「お、お坊さん。ありがとうございます。あれはいったい何?」


 千秋がお坊さんにきいた。


「ふむ。古くからこの地域に棲みついている物の怪の一種だと推測する。この辺りは牛首(べごこうべ)、つまり牛の首と呼ばれておる。その名の元になったものだろうよ」


「あたしもその伝承は知ってます。この先にそれを祀った神社があるんですよね」


「うむ。先日ここいらで地震があっての。もしかしたら封じていた(やしろ)が損傷したのかもしれぬ。おぬしらもあまり近づかぬ方がよいぞ」


 わたしはお坊さんの持っているお椀が気になった。


「あのー。さっき撒いてたやつ。もしかして厄除けなんかで使う『護摩(ごま)の灰』ですか」


「うむ。似たようなものだ。とある研究所で拝借した牛骨粉である。病を患った牛の骨だ。『びぃえすいぃ』は牛鬼にも効くのだな」


 なんか気持ち悪いものを撒いたのね。ま、それで命が助かったなら文句は言えないか。


「あ、でも貴重な薬品だったんですよね。助けてもらったお礼をしないと」


「ふむ。生業(なりわい)ではないので対価は不要ぞ。しかしお布施であれば歓迎しよう」


 よくわかんないけど、謝礼金は欲しいってことね。

交通費と宿代、それに必要な分は残しておいて、いくらかのお札をお椀に入れた。

ああ、友達へのお土産が減るなぁ。


 わたしと同じようにお布施を入れた千秋が、「そういえば……」と言いながら首を傾げた。


「あたし、観光案内所で聞いたんですが……。最近ここの神社の賽銭箱が荒らされてたらしいんですよ。お坊さん、何か知りませんか?」


「……わーーっはっはっは……」


 突然、お坊さんは大きな声で笑いだし、そして山道を勢いよく駆け下りていった。

すぐにその姿は見えなくなった。


「……ねえ、晴海。あたし達が襲われかけた理由って……」


「もしかして、全部あのお坊主さんのとばっちりだったのかも」


 貴重な薬を使わせて、命を助けられたのは事実。

でも、その原因を作ったのもあいつなんじゃ。


「……晴海。あたし疲れちゃった。神社に行くのはやめとこうね」


「そうね。千秋。駅に戻ろっか」


 わたしたちは、とぼとぼと山を下り始めた。


 後ろの方から何かの視線を感じたような気もするが、わたし達は振り返らなかった。






…………ナイ……




……タリナイ……





……タリナイ……






……怖さがタリナイ……




ホラージャンルにしては、怖さが足りないですね。

『牛の首』企画のキャッチフレーズ『最恐ホラーをこの夏に』はとてもとても程遠い。


先日、『ジャンル違い』についてエッセイを書きましたが、私も人のことを言えないかも。


今回のお坊さん懺念法師(さんねんほうし)、通称『残念さん』は他の小説にも登場しています。

以下はひだまりのねこ様に描いていただいたイラストです。

挿絵(By みてみん)


魔夜峰央やあさりよしとおの漫画に出る生臭坊主に近いでしょうか。


呪文は適用に言っているだけで、故事成語の『羊頭狗肉』と同じ意味です。

(2025年7月に別の小説『午の貢 ~うまのみつぎ~』と呪文を入れ替えました)

参考までに、枕草子で紹介されている日本の名所は、例えばこんなのです。

http://roadist.in.coocan.jp/Hyakunin_Isshu/makuranosoushi.html


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― 新着の感想 ―
[一言] まさかの退散法(゜Д゜;) いやぁなんにしても去ってくれてよかったですぞ(;'∀')
[良い点] ∀・)ベタな感じはありましたが、なんでしょう、安心感のようなものがありました。それは怖くないってワケじゃなくて「ああ、怖い展開あるな」って信じられる安心感といいましょうか。 [気になる点]…
[良い点] 何とか厄から免れてよかったです。 しかしお坊さんも自作自演のような儲け方で一番の悪人ですね(*^-^*)
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