story08
地図の作成報酬には賞金と土地の2種類があって、土地については所有権を放棄することで賞金を増額することも、逆に賞金を減額——不足が出る場合は私財を当てることで、取り分以上の土地の所有権を得ることもできる。
しかしまあ、住みやすい場所ってのはおおよそ調べやすい場所でもあって、一般に解放されるのが大陸の調査後となれば報酬として分配されるのがどのような立地条件、環境下にある土地かは言うまでもないだろう。
加えて、競合相手のいない“島”というのもほぼ皆無。
分割されたちんけな土地を報酬で得るより賞金を増額した方がマシだと所有権を手放す者が圧倒的に多数のため、あまり聞かない例ではあるのだが——。
全ての情報を記せるということは、つまり“島”を踏破できるだけの知識と技量が備わっているということ。
その功績と“島”全土の所有権をもって、領主の座に就くことが制度上では可能とされている。
「領主って、じゃあアンタはそのためにここに来たってこと……?」
ぽつり。
口に出してから理解が追い付いたとでもいうかのようにリオネラは表情を変えた。
血の気を引かせながらも立ち上がり、眉を吊り上げて叫ぶ。
「冗談じゃない! 私たちの島を乗っ取らせたりなんてしないんだから!!」
「え。まっ、待ってくれ!」
「待たないわ! 今すぐに出ていって!」
何かしらの地雷を踏み抜いたらしい。
フィオリーノは焦る。
乗っ取るつもりで島を訪れた訳ではないが結果的に大陸から人を招くことになるという意味においては、彼女の言葉を否定できなかった。
——フィオリーノが望まなかったとしても他の誰かが領主になる。
ここに来て1番の緊張感に、どう説明したものか悩みながらも結局吐き出せたのは無慈悲な現実を告げる言葉だけだった。
「地図を提出しなければ“島”ごと全部消し飛ばされることになるんだ!」
——世界は大陸を中心回っている。
ありとあらゆる意味で。
大陸の決定は覆せない。
大陸が定めた規則には従わなければならない。
そして、大陸の住人にとって都合の悪い——危険度の高い“島”は、距離が縮まり切る前にユピトゥリスより放たれる“断絶の光”をもって跡形もなく消し飛ばされることになっている。
「そんな嘘で誤魔化せるとでも——」
「嘘じゃない」
「嘘よ!」
「レオセルファの戦いでも“断絶の光”は落とされた」
5年以上は前の話である。
当時、物心が付くか否かといった年の頃だったであろう彼らが覚えているかは定かではないが——。
空を割いた光の柱は現地に居合わせていなくても、世界のどこにいても視認することができただろう。
「セラ——レオセルファの女帝が大陸の人間の統治を受け入れなかったことが原因で、“島”ごと消され掛けたんだ」
彼女が大陸の人間の統治を受け入れなかったのは原生の存在に対する扱いの悪辣さが理由だった。
叛逆は正当な主張を申し入れる手段に過ぎず、行ないの全ては義心に基づく蛮勇だった。
他の道を選ぶ余地はなく、その決断に間違いがなかったことは彼女が手にした女帝の呼び名が証明している。
けれど、彼女の正しさは初めから認められていた訳ではない。
レオセルファの統治権を得る前。
——ただのセラフィーナであった頃。
規則の檻を撥ね除けて、牙を剥いた彼女を、大陸は手の付けられない猛獣と変わらない存在としてその首に賞金を掛け、エクストラクラスの討伐対象と定めた。
狩猟者。挑戦者。暗殺者。
自身の命を狙った誰かに討ち取られていたならそこで終わった話。
創造主より与えられた至高の肉体をもって尽くを凌ぎ切った彼女を、確実に亡ぼすために“断絶の光”は落とされた。
結果。
大陸側の奥の手すらも防いでみせたセラフィーナは、和平交渉を経て、恭順を誓う代わりに“島”の統治権を得るに至っている。
独立を視野に入れていた中での恭順であり、それは“断絶の光”が、防いでなお脅威と言わざるを得ない代物であったことの裏付けに他ならない。
「島1つを消し飛ばすだけの熱量を止める手段を持ってるなら、言われた通りに帰ってもいい」
嘘でも冗談でもないことを示すように、フィオリーノはただ真っ直ぐリオネラを見詰めて言った。
完成した地図は「人の足で踏破できる」という証明書でもあるのだ。
危険はあっても対処可能だと。
人の手で管理することができる“島”だと。
大陸に伝えるためのもの。
全ての“島”は、いずれ大陸と併合するが故に。
人の身には余る土地や生命体は抹消されるのだから。
“断絶の光”を防ぐ手段を持ち得ていないならば、大陸の取り決めに従って地図を提出する以外にないのだ。
押し黙ったリオネラが再度口を開く様子はなく、カルミネが後を引き継ぐ。
まだ確認すべきことが残っていた。
「それ、期限は決まってるの?」
避けることのできない未来だったとして。
猶予は残されているのか、いないのか。
視線を移したフィオリーノは難しい顔で答えた。
「……1年以内だ。それまでに永久地図を完成させて提出しないと、断絶は決行される」
「期限を延ばす方法とか」
「無理だな。ここは放置され過ぎた」
人の出入りが活発であればまだ、部分な情報の更新でお茶を濁すという方法を取ることもできたが……。
危険性の高さ以外、何も分からないまま長らく放置されていたとなれば大陸だけではなく“島”同士の距離が縮まり切る前に、と抹消する方向で話がまとまるのも必然だった。
なお、この際なのでついでに言ってしまえば地図の提出こそが猶予期間の延長のために必要な行動であり、申請後、周辺の“島”及び大陸に悪影響を及ぼすことはないと証明して初めて存続が許される。
併合によって周囲を蝕むことが予想される土地は例え地図を提出しても抹消されることになるのだ。
大陸の民の安全と栄えある明日を保障するために——。
カルミネは少し悩んだものの、思い切って尋ねた。
「フィオリーノさんはどうしてこの島の地図を作ろうと思ったの? やっぱり領主になりたいから?」
見放された島。
エクストラランクの危険地帯。
1年後には失われると言っても、わざわざ地図を作りに訪れる必要はない。
それでも訪れた。
フィオリーノには明確な意志と目的があるはずだ。
——カルミネの指摘は正しい。
「そうだな。ドラゴンを知ってるか?」
「……竜種で最強の、ドラゴン?」
「ああ。そのドラゴンを昔、目にしたことがある。もう一度会えたらと探して回っていたらここに辿り着いたんだ。探してる相手の故郷が1年後には消し飛ばされるなんて話を聞いたら放ってもおけないだろう?」
領主の地位に興味はない。
けれど、地図を作成できるのは地図職人だけ。
情報の正確性が重要視されることから虚偽の申請がなされないよう、対策の一環として免許制度が導入されているし、無免許の職人から提出された地図を国は認めない。
だから、フィオリーノはこの島に来た。
「地図を提出しようってなった時に現物がありません期限に間に合いませんじゃ話にならないからな」
地図を提出したくないというならそれでも構わない。
ここはフィオリーノの島ではないし、住人である彼らの意思こそが尊重されるべきものであると考えるからだ。
けれど、地図を提出するのなら。
——職人と現物の用意が必要となる。
将来の選択肢を増やす意味で作成した地図が無駄になることはあっても損にならなることはない。
話し合いの意思があることも含めて、そう伝えるとリオネラは渋々ながらも納得してくれた。