story06
「ちょっと、何やってるの!?」
庭先に現れたテントに気付いて慌てたのか。
エウリアを引き連れてやってきたリオネラに叫ばれた。
「あ。悪い」
カルミネ以外の2人に声を掛けることをすっかり失念していた。
フィオリーノは素直に謝罪し、経緯を説明する。
「——で、実践ついでに少し地図を作ろうかと」
「そういうことなら、まあ。構わないけど。大掛かりなことするなら先に言っておいてよね!」
「悪かったって。エウリアも、邪魔なら移動させるから言ってくれ」
「平気」
許しを得たところで一旦外に出て、蓋のない木箱を引っ繰り返す。
フィオリーノの背丈に合わせた作業台ではカルミネやリオネラが見えづらいので、机の代わりだ。
木箱を囲むようにして座ったら道具を広げて作業再開。
溢れんばかりの好奇心を隠す気もなく前のめりになってフィオリーノの手元を覗き込んでくるカルミネの横で、難しそうな顔をしているエウリアと、1歩引いているリオネラ。
反応は3者3様である。
「これが地図用の特別な紙? ちょっと分厚いくらいで見た目は普通だね」
「見た目はな」
触ってもいいかと聞かれたのでフィオリーノは折り目を付けないよう、気を付けるようにだけ言ってカルミネに用紙を渡した。
A4サイズのそれは、見た目はともかく専用の素材と専門の技術で生成されたものであり1枚で1ヶ月分の食費を賄える程度には値が張る。
紛う事なき“特別な紙”だ。
「変な紙 色々編み込まれてる?」
難しい顔をしたまま用紙に顔を近付けたエウリアはスンッと匂いを嗅いだ。
甘ったるいような、それでいて鼻に付くような……。
微かながらも独特な香りに眉間のシワを深くする。
「分かる口か。流石だな」
「……流石?」
「浜辺で見せてもらった魔法、簡単なものではあったが十分すごかった」
さりげなくも技術の塊のような魔法の行使だった。
あれだけの実力を持っているなら用紙に編み込まれた術式についても気付いて当然だろう。
情報の収集、精査。
“島”とリンクさせるための仕込み。
永久地図として機能させるための様々な術式が緻密に計算された設計の上で成り立っている。
複雑過ぎて専門家以外には理解できないとも言われるそれを正しく読み取ろうとした結果、表情を強張らせることになったらしい。
「危険 ない? 爆発しない?」
恐る恐る尋ねてきたエウリアにフィオリーノは「ないない」と軽く答えた。
術式を弄って破綻させたとしても、せいぜい用紙が塵になる程度のことだ。
「……黒い、ビー玉? みたいな、これも地図を作るのに使う道具なの?」
「ああ」
「こっちの透明な液は? 何に使うの?」
「順番に説明するから、まあ待て」
口で説明するより実際に使ってみせた方が分かりやすい。
だから、こうして場を設けているのである。
気持ちは分かるが待って欲しい。
「まずはリオネラが気になってる黒いビー玉からな」
収納魔道具に仕舞う際の干渉防止用ケースに入っているそれを取り出す。
正式名称は“創造主の御手”。
黒く見えるのは中にインクが入っているからで、単体では空洞かつ無色の球体。
「早く言えば全自動式のペンだ」
取り出した2種類のインクの内、黒色の方の瓶とセットになっていて中身が底を突かない限り自動的に補充されるようになっている。
一般的な魔道具に共通する問題を除けば、インクの差し口がないため瓶を失くすと本当にただのビー玉と変わらなくなってしまうところが唯一にして最大の注意点だろうか。
「ペン? それが?」
「言いたいことは分かる」
初めて目にした時はフィオリーノも疑ったものだ。
「全然ペンって感じがしないよな」
どうやって、何を記せるというのか。
揶揄われていると思っても仕方ない。
けれど、間違いなくペンなのだ。
それを証明するためにまずは用紙と同期させる。
——と、創造主の御手”は空高く浮かび上がった。
赤く輝いて膨張し、逆さまの雫型となる。
「わぁ!」
「何なになにっ!?」
「光ってる 危険?」
「空ばかり見てると見逃すぞ」
用紙の方を見るよう促された3人は視線を落としてすぐ、滲み出したインクが意味のある図形へと変化していく瞬間を目にした。
驚きから目を見張り、息を呑む。
「観測結果を解析して輪郭だけを書き出すように設定されててな。光のオンオフとか形状とか切り替えは可能だが、アレで居場所を知らせられるから“ポインター”とも呼ばれてる」
透過の魔法で障害物を無視しつつ使用者を追尾するので、起動させたまま歩くだけで地図の基礎が完成するという優れ物だ。
地図職人なら手に入れて損はない便利道具の内の1つである。
「次。透明な液、ってかインクの使い方だが——」
理解が追い付けば騒がしくなって説明どころではなくなりそうなので、フィオリーノはあえて反応を待たずに次の道具を手に取った。
黒のインクが輪郭線を書くためのものならもう一方、透明のそれは地図に色——対象の情報を足す時に用いるものである。
バッグの中——の収納魔道具から小瓶を取り出したフィオリーノは、そこにインクと自身の唾液を垂らして混ぜた。
——透明だったインクが夜空を思わせる群青色に変化する。
変化したインクを筆に乗せ、地図に名前を書き記す。
リオネラはそこで我に返った。
「何してるのよばっちい!!」
唾液を混ぜたインクである。
嫌悪感を抱いても仕方ない。
「こればっかりはどうしようもないんだ」
仕様上の問題で情報という名の素材を足さないと完成しないし、遺伝子情報が含まれているものなら他の体液とか髪の毛とか何だって構わないが……。
1番手軽なのが唾液なので、そこは許されたい。
立ち上がったフィオリーノは3人に地図を見ているよう告げる。
「俺はちょっと家の周り歩いてくるから」
何故いきなり?
疑問符を飛ばした彼らの驚く声が響き渡ったのは、家の裏手に回った辺り。
最も距離が離れたタイミングだった。