story05
地図の作成にはとにかく時間が掛かる。
生息する動植物の種類が多ければその分。
地下迷宮に類するものが見つかれば物理的な問題で調査期間が伸びることになるし、何より、踏破済みの“島”として登録を申請するには同調率が99パーセントを超えていなければならない——。
概念的には95パーセントを超えた時点で同一のものとして認められ“島”と地図を同期させて直接情報を抜き取ることが可能となるのだが「存在する」という情報は得られても「何が存在するのか」までは分からない。
例えば、記入済みのA種と未記入のB種が存在したとして。
B種と予測される未記入存在は地図上に“白染み”となって表れるが、これが正しくB種であるかは不明。
未確認のC種である可能性も捨て切れない。
地下に未探索領域が表れる、なんて事例も稀ではあるが確認されている。
つまるところ大陸が求めているのは“島”と同期させた上でも染み1つない“完成品”って訳だ。
調査に次ぐ調査。
島1つ分の情報を丸々調べ上げるとなれば時間も掛かって当然。
そして、長期的な作業となることが確定しているからこそ、まず初めに行なうべきは地図の作成そのものではなく安全と生活基盤の確保となる——。
話が付いたところでカルミネに案内してもらったのは2階の角部屋で、広さは4畳半程度。
玄関同様、布が垂らされているだけで扉はなく、仕切りのない窓から裏手に生えた木の枝が少しばかり入り込んでいた。
天気の崩れた日が大変ではないか尋ねると雨除けの魔法を施してあるので問題はないという。
原始的なのか画期的なのか……。
「本当に何もないけど、この部屋でいいの?」
心配するカルミネにフィオリーノは「十分だ」と答えた。
空き部屋はあっても客室はなく、寝具も4人の物しかない。
最初は“アルヴァロさん”の寝室を使うよう勧められたのだが、さすがにそれはと断って今の部屋に変えてもらったのだ。
子供の4人暮らしで3階建てとなれば、部屋を埋めるのも難しく物置としてすら使われていない部屋があるらしい。
言葉の通り何もない。
完全な空き部屋である。
滞在中はフィオリーノの部屋として自由に使っても良いとのことだが、さて……。
何をどこまで置いたものか。
ひとまずトリアクトルから回収した荷物と、収納魔道具から取り出したハンモックだけは隅に寄せて置いておく。
寝具があることが目に見えて分かればカルミネも安心するだろう。
「ハンモックだ!」
「おっ。乗ってみるか?」
「いいの!?」
目を輝かせたカルミネにフィオリーノはもちろん許可を出す。
「バランス間違えると落ちるから、そこだけは気を付けろよ」
「任せて!」
高さを調整してから場所を譲ればカルミネはさっそく乗り上げた。
ちょっと勢いが良すぎて転げ掛けたのはご愛嬌ってやつだろう。
わーわーっと、はしゃぐ姿は年相応で微笑ましい。
「ねぇ! 他には? 何かある?」
「他? あるにはあるが、珍しいものかどうかは分からないぞ」
「見せて見せて」
せがまれるままに道具を広げて行くがハンモックほど心が引かれるものはないようで微妙な反応が続く。
外の環境が環境のため野営に近いことにも慣れていて、いくらか覚えもあるのだろう。
「なんだか生活に必要なものばかりだけどこれで地図が作れるの?」
「いや、作図用の道具は別口だからこれじゃあ作れないな」
ナイフや鍋に食器類。
ハンモックを仕舞っていたのがサバイバル用品をまとめた収納魔道具だったので、作図用の道具は出てくるはずもない。
「そっちは見ちゃダメ?」
期待の眼差しを向けられてフィオリーノは悩んだ。
出しただけで今は必要のない道具を収納魔道具に戻しながら唸る。
「ダメではないんだが……場所を取るんだよなぁ……」
作業台を置いただけで部屋が埋まりそうだ。
大型の物を除いて小物類だけを取り出すことも可能だが、使っているところを見せないことにはどういったものか分かりづらかったり、何の変哲もない文具類だったり。
サバイバル用品以上に面白味のカケラもない。
「他の部屋に移動する?」
「できれば外でこの部屋の倍、よりは少し狭めでもいい。空いてる場所ってあるか?」
「畑の横なら丁度空いてるよ」
じゃあそこで。
ハンモックから降りたカルミネと共に外に向かう。
——玄関を出てすぐの小道を挟んで畑の向かい側。
整えられているようでいてよくよく観察すると背の低い雑草が好き放題に伸びている場所だ。
「エウリアさんが捕まえた動物を解体する時にここで作業してるから……ええっと、この辺りかな……? この先からなら使って大丈夫だよ!」
地面の状態を確認しながら進んだカルミネは空き地の丁度中間地点で足を止めると、後ろで待っていたフィオリーノに手を振って知らせた。
広さは十分にある。
「助かる!」
「でも地図って、そんなに大きな道具がないと作れないの?」
「地図そのものってより素材を並べる棚とかメモを貼るボードとか、ないと整理が追い付かなくなるものが多いんだ」
あとは素材が体液だったり果汁だったり。
中には異臭を放つものや付着すると落ちない汚れとなるものが含まれる場合もあるのだ。
作業場を外に設ける理由としては、こちらの方が大きい。
自分だけが寝起きしているテント内ならまだしも人様の家で1週間は匂いの取れない果実をインクに加工する作業とかできないしな……。
フィオリーノは軍部でも採用されているような、しっかりとした造りのテントを出すとカルミネを振り返って最終確認を取った。
「このまま出しっぱなしにさせてもらってもいいか?」
「そのつもりで場所は選んだから大丈夫だよ」
「んじゃあ、ありがたく」
取り出した物を定位置に並べて置いていく。
素材を収集していない現状ではまだ棚は空だし、ボードにも何も貼られてはいないが——。
全てを配置し終わればちょっとした基地の出来上がりだ。
「入っていいぞー」
道具を配置している間、テントの外で大人しく待っていたカルミネを呼ぶ。
すぐに顔を覗かせた少年はハンモックを見た時のように目を輝かせて「わぁ!」と声を上げた。
「すごい! 秘密基地みたい!」
「こっちがインクを作る時のスペースで、こっちが作図する時のスペースな」
「インクから作るの?」
「ああ。採取した素材と混ぜ合わせるだけなんだが、物によっては上手く混ざらないから」
固形物を液状化させたり。
素材の性質に合わせて原料の方を変えたり。
インクと馴染むよう工夫する必要がある。
毒物や劇物も当然、加工の対象だ。
「口で言うより見せた方が早いか……」
首を傾げているカルミネに少し待つよう言って、フィオリーノは専用の用紙と2種類のインク、それから筆記具を取り出した。
——この島でどの程度生活できるかは、どの程度の地図を作ることができるかに直結する最重要事項である。
慣れるまで作業に取り掛かるつもりはない。
だがまあ、作業場の設置も終えたことだし。
説明ついでに始点を書き込む程度の下準備なら行なっても構わないだろう。
お試しというやつである。