story03
信用を得られた訳ではないが、少なくとも対話の余地はあるようで胸を撫で下ろす。
大陸が求める特殊な地図——永久地図は、概念的に“同一の存在”として“島”と同期させることにより成立する。
完成には全体の95パーセントを占める情報量が必要で、地形や区画などの表面的なデータはもちろんのこと。建造物の構成物質や生物の遺伝子情報、その他、内面的なデータも記録しなければならないのだ。
色々と、異質異様な子供たちではあるものの先達である彼らとの関係は良好である方が望ましい。
「君たちはどうしてここに?」
フィオリーノは免許証を仕舞いながら尋ねた。
言葉が通じて地図職人のことも知っているとなれば、大陸の知識を得る機会が少なからずあったということ。
特に女帝の弟が地図職人として名を馳せるようになったのはここ最近の話だ。
顔を強張らせた2人が誤解しないよう言葉を付け足す。
「地図を作るためにしばらくの間は滞在することになるけど、お互いのことを何も知らないと気付かない内に嫌な思いをさせてしまう可能性も高くなるだろう?」
油断はしない。けれど、警戒もしない。
あくまでも親睦を図るための質問である。
彼らが抱えている事情を根掘り葉掘り聞き出そうとは思わないが利益を侵害して仲違い、なんて結末は避けたいところ。
情報共有の必要性は認めてもらいたい。
フィオリーノの言い分を理解したらしい少年は視線を彷徨わせる。
ここで何も主張しなければ、それはそれで不都合が生じるだろう。
「僕たち、この島に住んでるから……騒ぎさえ起こさないでいてもらえたら、それで……基本的にはあなたの自由にしてもらって大丈夫だよ」
「住んでるって、この島にか!?」
つい声を荒げてしまい、若干身を引いた少年たちに「すまん」と謝罪を入れつつもフィオリーノは改めて彼らの背格好を確認した。
予想の範囲内ではあるが……。
地図職人の最年少記録が14。
つまり、未踏地に赴くだけの実力があると認められた最年少記録が14だ。
今年で18となるフィオリーノも世間一般的に見れば若輩の身であり人のことを言えた立場ではないものの、泣く子も黙る未踏地で武器もロクに持たない子供が生活していると聞けば驚きもする。
島暮らしにしては身綺麗だし、都心部は無理でも田舎町なら違和感なく溶け込めるだろう姿で海岸を散歩中ともなればなおのこと。
早熟な天才ってやつか。
……あるいは、原生の存在か。
不躾な視線にムッと顔を顰めた少女は固く引き結んでいた唇を解くと、まるで大人になってから言葉を覚え始めたかのようなたどたどしい口調で不快感を露わにした。
「家ある、畑もある、奥に入り過ぎなければ平気」
少年の言葉が疑われたと思ったらしい。
フィオリーノは笑って誤魔化した。
致し方ない。
——第6166の“島”が誕生したのは16年前。
そして、16年の間に収集された情報は全体の5パーセントにも満たない。
背の高い木々が上空からの観測を阻み、歴戦の猛者すら寄せ付けぬ程の力を持った生物が調査の手を拒み、その難攻不落さから測定不能領域に認定された。
いまだ未踏の地である理由を鑑みれば、多少奥に入らなかった程度で家や畑を構えられるものとは思えないのだ。
しかし、だからと言って実際に住んでいる相手に「住めるはずがない」なんて主張しても無意味以外の何ものでもないだろう。
そっと視線を外してからハタと気付く。
「あれは大丈夫か!?」
上陸の際に薙ぎ倒した木々が無惨にも折り重なるようにして転がっている光景は、どう取り繕っても“騒ぎ”を起こした後のそれだ。
焦るフィオリーノに少年は「大丈夫です」と答えた。
騒ぎそのものを疎んでいるというより、その後に生じる問題の方を避けたいらしい。
彼らの家や畑に影響が出なければ目を瞑ってもらえるとのこと。
「……あの、しばらくの間は滞在されるんですよね?」
どこか遠慮がちな口調で尋ねてきた少年に内心で首を傾げながらフィオリーノは「ああ」と頷いた。
「生態系の調査もしないと地図として認められないし、踏破するとなると時間が掛かるからな」
諦めて引き上げるにしてもトリアクトルの状態確認後、必要な修繕を終えてからでないと動くに動けない。
基本的には自由にしていいという話だったが何か注意すべき点でもあるのだろうか。
……この“島”の生物との接し方とか。
教えてもらえるならありがたい、なんて。
フィオリーノの期待を少年は飛び越えて行く。
「よかったら、僕らの家を拠点にしますか?」
さすがにそれは。
……防犯意識的にどうなんだ?