story21
何やかんやで熟睡してしまったフィオリーノが次に目を覚ました時。
体を拭こうとしたらしい。
エウリアに服を脱がされている途中だったこの衝撃、お分かりいただけるだろうか。
フィオリーノが初心な乙女だったなら絹を裂くような悲鳴を上げて、相手を張り飛ばしていたに違いない。
初心な乙女ではないので上げそうになった悲鳴は既の所で呑み込んだし、エウリアを張り飛ばすなんてそんなマネをする筈もないが。
フィオリーノが身に纏っているのは例の洗濯要らず風呂要らずな特別製の衣服である。
慌てて辞退を申し出たものの、存外世話好きだったらしいエウリアの意向で退けられ、抵抗も虚しく剥ぎ取られるハメに。
何せ、力で勝てない。
上半身を裸にされたフィオリーノが両手で顔を覆って俯く中、エウリアは気にも留めず彼の背中を拭き進める。
「フィオの体、キレイ」
「そういう服を着てたからな……」
「違う。そうじゃなくて傷がないから」
「ひうっ?!」
不意に指先で撫でられ変な声が出た。
勘弁して欲しい、頼むから。頼むから。
「今の声……」
「面白がるようなら服を着ます」
「まだダメ」
耳も顔も赤くなっている自覚があった。
けれどエウリアは何も言わず体を拭く作業に戻ってくれたので、ほっと息を吐き出す。
「でも、本当にキレイ」
「……そういう体質、みたいなもんというか。まあそんな感じだよ」
「歯切れ悪い」
「“創造主からの贈り物”なんだ」
要は生まれ付き。
原理がどうなっているかなんて、それこそ創造主にしか分からない。
話題を変えるためにフィオリーノはわざと脈絡を無視した。
「話は変わるが今度の探索、遺跡の地下の再調査ってことで数日泊まり込むことになると思う」
「え、」
「骸骨兵のこと考えて体調を整えつつ食糧の準備もするってなったら、あーだいたい3日後ってところか?」
野菜や果物は保存が利かないので、必然的に持ち込める食材は肉一択となる。
……心許なくはあるが仕方ない。
羽付き兎くらいなら、どうにかフィオリーノの1人でも捕まえることができるだろう。
狩りで1日。その後の休息で1日。
休息明けの3日目に再調査に向かう、という塩梅だ。
そろそろ島に訪れて1ヶ月になろうとしているが地図の作成率は20パーセントになるかならないかと言ったところ。
滞在期間を尋ねられた時に「最短で1ヶ月」と、フィオリーノが答えたがために「1ヶ月でおおよそ完成するもの」だと勘違いさせてしまったらしいリオネラに、つい先日「話が違うじゃない!」と怒られたばかりだし、可能な限り手早く進めたい。
……まあ、倒れたのは自分が急かしたせいだなんて思わせてもいけないので余裕を持つことを忘れない程度にだが。
赤の他人の面倒なんて、見続けたいものでもないだろうしなぁ。
1ヶ月もの時間が経つまで文句らしい文句も言わず、受け入れてくれただけでもかなり心が広いと思う。
「まだ挑む気なの!?」
「そりゃあな。攻略しないことには地図も完成しないし」
「骸骨!」
「調べ切っていない」
天井が塞がったなら、地下——落下先の遺跡は生きている。
死んでいた第1遺跡とは別の、第2の遺跡と考えるべきだろう。
地図で確認しても第1と第2の遺跡では建造物の構成素材が異なっていることが分かる。
第1の遺跡で取得した情報では第2の遺跡のそれを更新できないのだ。
だから、まず間違いない。
2つの異なる遺跡が地下で隣接状態にあって、なおかつ第1の遺跡の地下が第2の遺跡に設置された核の索敵範囲内にあるとするなら、“核なしの骸骨兵”という、どう足掻いても倒せない敵が出現する理由にも説明が付く。
“兵”を派遣しないでいた方が存在を隠せる、なんて知能が働くほど複雑な造りをしているゴーレムは早々にお目に掛かれるものではないしな。
調べるべき場所が違っていたなら、見付かるはずのものが見付からないのも当然の話。
「あ、あれをまだゴーレムだと!?」
「戦った感じからしても発生源はありそうだったし——」
本物の幽霊ってのが、どれほどのものかなんて知らない。
けれど怨念無念でこの世に縋り付いている存在にしちゃあ、あまりにも機械的な反応だった。
憎き敵を葬らんとする者のそれではなく、設定された命令通り“侵入者”を撃退しようと動くだけの意思なき存在と同じ。
「どちらしろ、一緒に来るのは難しいだろう。相手をするのは俺だけだから気にするな」
「やだ!」
「や、やだって……リオネラとカルミネのこともあるから言ってるんだが……」
どれだけしっかりしていても2人は非力な子供だ。
エウリアのような強さはなく、何かあった時のためにも日帰りでなければ。
日中の間だけ家を空けるのとは訳が違うのだから。
「それでも、嫌!」
「2人だけに留守を任せる訳にもいかないし、だからって連れても行けないぞ」
「転移すればその日の内に帰れる」
「あれは緊急用ってか、地図の用紙を何枚も無駄にできるほど持ってない」
転移には永久地図——空間そのものとの“繋がり”が必要となるのだ。
より詳しく説明するのなら、始点に当たる空間から取得した情報を元に“概念的に同一の存在”である地図を座標として“同一の存在であるならば、その空間内部に存在する物質もまた同一である”という理屈で物理法則を無視した移動を可能としているので“繋がり”を無くした地図では触媒足り得ない。
1度の転移で2枚の用紙が地図としても、触媒としても使い物にならなくなるって訳だ。
たった2ヶ月分の食費で絶体絶命の窮地から脱せるなら安いものだが、転移を前提とした計画を立てるとなると話は別。
懐に痛過ぎる。
転移の仕組みと共にフィオリーノが渋る理由を理解したエウリアは、それでもなお「転移すればいい」などと言うようなことはしなかったけれど、大人しく引き下がることもできず、ムッと顔を顰めた。
だって、フィオリーノは弱い。
例え傷の付かない体を持っているのだとしても、エウリアに勝てないこともまた事実なのだから。
助けは必要な筈だ。
だから、彼女は腕を伸ばした。
「兄さんが帰って来るの待つ! それならリオネラもカルミネも大丈夫!」
「ちょっ、あの、エウリアさん!?」
「それでもダメ……?」
「いや、その。あー。それなら大丈夫、デスネ……」
エウリアに抱き付かれたフィオリーノは正直、それどころではなくなっていたのだが。
両手を挙げて自分からは何もしないという意思を示しつつ、答えを返す。
念のため確認を入れておくが、フィオリーノはいまだに上半身裸で着ているべき服は丸めて膝の上。
アウトだろう。
いや、当人に他意がないのは分かっている。
フィオリーノの身を案じるが故の行動の結果だということも、分かってはいる。
アウトなのはそう感じる心の方だ。
けれどそうは言ってもやっぱり、アウトだろう。
……無知な美少女、本当コワイ。




