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「ぼく、司さんみたいなお兄さんがほしかったんだ」

「おまえ、ホモ出すなよ」

 メッセージアプリに表示された父の言葉がよみがえり、胃がギリリと痛んだ。

 真崎司まさきつかさは時計を見た。夏川税理士事務所の壁に掛かった時計は午後五時を過ぎたところだ。事務所の定時は七時、早上がりの申請は提出している。司は会社支給のパソコンをログアウトした。画面が暗転した瞬間、眼の奥が重くなって、司は黒縁眼鏡のブリッジの上の眉間を揉んだ。一月も後半に差し掛かり、弁護士事務所は繁忙期に入りつつある。加湿器はフル稼働しているが、司のデスクは空調が近くて乾燥気味だ。この季節は少し暑いくらいだった。司は瞬きをして席を立つ。ハンガーラックにオリーブのコートを取りに行くと、先輩の相馬に見つかった。

「あれ、真崎、今日早退?」

「はい」

「届けもらってるよ」

 少し離れた席の所長が助け船を出してくれる。

「じゃあ、所長。失礼します」

 礼と早退の挨拶を兼ねて、司は会釈をする。相馬は身体を反らしてこめかみに手を遣った。

「知ってたんだろうけど忘れてました。あー…マジか…。齋藤商事さんに会食に誘われててさ。真崎を連れて行きたかったんだけど」

 斎藤商事さん。司は斎藤商事の経理部の部長を思い浮かべた。昨年の今頃、八重洲で鉄板焼きをご馳走になった記憶がある。税理士事務所で働いていると、確定申告後に担当税理士とともに礼を兼ねて食事を奢ってもらう機会が多い。申告前にも食事の機会をもうけるため、記憶に残っていた。事務所の古くからの顧客らしく、良くいえば気前が良い。悪くいえば大雑把で、領収書の授受に支所を往復させられることもしばしばだ。毎年苦労させられているということは、入社二年目の司でも知っている。

「真崎、食べっぷりもいいし行儀もいいから気に入られてるよ。今からでも行く気ないか?」

「用事があるんで。気に入られてるのは嬉しいですけど、面通しなら俺以外も連れて行ったほうがいいですよ」

 司はコートを腕に掛ける。相馬は痛いところを衝かれたように顔をしかめる。

「じゃあすみません。上がります。お先に失礼します」

 改めて言い残して、司はオフィスを後にした。同期の女性事務員が、鉄板焼きだけど、どう? と質問されているのが背中越しに聞こえた。事務所のガラス扉を押し、エレベーターを待ちながらコートを羽織る。

 繁忙期が近くとも早退の許可は簡単に取れたし、理由についても深く詮索されない。司はおよそ、勤め先のことが気に入っている。

 エレベーターがやって来た。司は鉄板の上で焼かれる肉厚のステーキを想像しようとして、止めた。胃の上あたりが締めつけられたように痛む。相馬は「食べっぷりがいい」と評したが、身長一八五センチの司は、単に上背で印象が上乗せされてるんじゃねえかな、という印象が拭えずにいる。

 司は鳩尾を押さえつつ、事務所の入っているビルを出た。数分歩くと、地下鉄への階段のひとつにたどり着く。

 先約は家族との会食なのだが、まったく楽しみではない。気の重い取引先との会食のほうがはるかにましだ。コンビニかキオスクで食前用の胃薬を買うことにして、灰色の階段を降りていく。

  

 司は七年前、大学進学と同時に家を出た。長期休暇期間は学生寮が閉まるため、正月は帰省していた。三学年のときだった。司は荷物を傍らに置き、玄関に腰を下ろして、紺色のスニーカーの靴紐を結んでいた。

 母は司を見送りに廊下まで出てきていた。寮に戻るという挨拶はリビングで済ませていたから、奇妙といえば奇妙だった。思い返してみれば前触れのようなものはあったものの、司は母が口にするまでとくに気付かなかったのだ。

「離婚するから」

 春には家を出ると母は言った。

 結局母の引っ越しの手伝いをしたあと、司も実家には戻らなかった。大学卒業と同時に就職して一人暮らしを始めた。

 今でも母と連絡は取っているし、恋人を紹介したこともある。同年代の同性愛者と比べても、母親との関係は良好なほうだろう。ステレオタイプな偏見を感じる瞬間がないわけではないが、おおむね受け容れられていると感じる。司にはそれが嬉しかった。

 頻繁に会わないからこそ、大きな破綻がないのかもしれない。

 四年経つが、母に訊けないことがある。

 母はずっと前から家に耐えきれなくなっていたのではないか。一人息子が成人して将来の目処がつくまで待っていたのではないか。離婚を決めるまでの何ヶ月か何年か、それよりももっと長い時間、自分は母の人生に付きまとうしがらみだったのではないか。そこには司のセクシュアリティもかかわっていたのではないか。

 両親の離婚はきっかけのひとつで、実家に寄りつかなくなった原因はほかにもあった。カミングアウトしたときの父の反応だ。「差別するわけじゃないが、自然じゃない」。

 家を出てから、三年以上のあいだ電話もメールも最低限交わすのみだったのだが、父は半年ほど前から「燈子さん」という女性と交際していると報告を寄越してきた。「燈子さん」は父より十歳歳下で、高校生の息子がいるという。

 わざわざ司に紹介するということは、再婚するつもりなのだろう。

「来月、四人で食事に行かないか」

 父は自身と司と「燈子さん」とそ「理人くん」で夕食会を提案してきたのだった。

「おまえ、ホモ出すなよ」は、招待メッセージに続けて送信された文言だった。おそらく父には深い考えなどないのだろう。差別をしているつもりもないのだろう。しかし、そのたびに司は新鮮に驚いて、傷つく。自分がこれほどナイーブだとは知らなかった。

 司は地下鉄に乗り込んだ。

 飽きもせず途方に暮れて、吊革に掴まり、窓の外を眺めている。丸の内線は地上区間の多い地下鉄路線だが、司が乗車した淡路町と今日降車する銀座駅まではトンネルばかりだ。窓ガラスが車内の人々とトンネルを二重に映し出している。ときおり窓の外の白色の灯りが、後方へ流れていく。

 父は本当に再婚するのだろうか。現実感の希薄さと、半年間「燈子さん」について聞かされたうんざりとした記憶が相反して存在している。

 しかし、「ホモ出すなよ」という父の言葉は確かに現実なのだった。

 しばらく会わなかったから忘れていたが、父にはこういう面がある。相手にとっては弱みであったり、踏み込まれたくないこと、司にとってはセクシュアリティであったり、母であれば体型のことを「冗談」の種にする。相手が本気で憤っても、「冗談だ」と云えばそれで済むと思っている。

 大体、「ホモ出す」って何だ。

 そういう問題でもないが、せめてゲイと言えないのか。 両親にカミングアウトしているが、司はオープンリーなゲイではない。それともまさか、ゲイは男を見れば所構わず秋波を送ったり口説いたりするとでも思っているのか。家族になるかもしれない高校生相手に。

 冗談だとしても最悪だ。

 父とはなるべく顔を合わせたくない。会話が弾むとも、楽しい時間になるとも思えない。だが、高校生の「理人くん」に、父とは距離を取ったほうがいい、と伝えなければならないような気がした。

 一人っ子の司は弟ができたら優しい兄になりたいと思っていたのだ。


 ほどなくして車両はゆっくりと銀座駅のホームに停車した。銀座駅構内は天井が低く、どこか息苦しい。司は足を止めて、ベンチに鞄を置いた。コートを脱ぎ、ネクタイを解いてくるくると巻き、鞄の底に収納する。

 グレーのシャツにダークグレーのベストとジャケットといういでたちに、オリーブ色のコートを再び羽織って、改札をくぐる。地下通路をしばらく歩き、階段を昇って地上に出た。

 ビルに遮られた空はすでにとっぷりと陽が暮れている。司はスマートフォンのマップを確認した。約束は帝国ホテル、ホテルの一階ロビーで待ち合わせの予定だ。経路にコンビニエンスストアの表示を発見し、ほっと肩を撫で下ろす。ついでに時間を確認する。五時二十分。待ち合わせ時刻まであと四〇分。二月の澄んだ空気が銀座の街の光を冷たく拡散している。ビルの足下は風が強く、歩きだした司は首をすくめた。電車の車内で暖まった身体はたちまち冷えてしまった。耳の端がぴりぴりする。司はスマートフォンごと手をコートのポケットに突っ込んで高架下を渡り、足早にコンビニエンスストアに入店する。食前用の液体胃薬とフリスクを購入し、店のなかで胃薬を胃に流しんだ。液体胃薬の冷たさに、胃が衝撃を受けている。瓶を捨ててフリスクを噛みつぶしながら店を出る。

 帝国ホテルは真隣だった。

 建物の周囲の照明はオレンジがかっていて、砂色の外観は昼間よりも赤みが強く、まるで煉瓦でできているかのようだった。壁と各部屋から洩れる光とがモザイクのような模様を作りだしている。部屋の灯りとロビーの光などはさらに赤く、炎が洩れているようだった。

 タクシーレーンでは、タクシーからポーターがきびきびと荷物を下ろしている。シャトルバスから客が降りてくるところだった。エントランスは人影が多く、司がなんとなく抱いた火事の印象がぬぐい去られる。司は回転ドアをくぐって、建物内に入った。メインロビーの中央には巨大なシャンデリアが懸かっており、空間を煌々と照らしていた。空調がよく利いている。司は導線を外れてコートを脱ぎ、周囲を見渡す。それらしい三人連れの姿はなかった。腕時計をみると六時までまだ十五分以上ある。

 少し早く着きすぎたかもしれない。司はエントランスから目に付きやすい位置の柱の前に立った。

 うつむいて、スマートフォンのメッセンジャーアプリを開く。父との会話を遡った。受信した写真のなかで、「燈子さん」に肩を回して引き寄せている父は、おどけたような顔をしていた。胃薬に早く効いてくれ、と祈りながら、司は柱にもたれかかった。四年で父は少し老けたようだ。レストランの個室かどこかで撮ったらしい写真のは司の知る対比物はないのに、どことなく背が縮んだような気がする。隣にいる「燈子さん」がスマートな体型をしているからそう思うのかもしれない。「燈子さん」の若々しさのために、肩を抱いている父がセクハラっぽく見えるのも嫌悪感の一因だった。

 子どもっぽいと思うが、父が母以外の女性と再婚するのもいやだった。父への反発は今でも続いている。母が自分のために家庭にいることを強いられていたこともすまなく思う。けれど、正直なところ、寂しい。もう帰るべき家がないということが。

 写真には、父と「燈子さん」から少し離れて、もう一人の人物が写っている。二人に比べて表情はややぎこちない。「燈子さん」によく似た端整な面立ちが、かえって困惑のような感情を浮き立たせている。それが「理人くん」らしい。

「よォー司!」

 陽気な声に呼ばれて、司は顔を上げた。父の声はホテルのロビーのざわめきのなかで浮くほど大きく思えたので、司は小走りに近づいて行って少し抑えた声で答えた。

「とう……親父。久しぶり」

 司は父さん、と言いかけて、家を出る少し前は「親父」と呼んでいたことを思い出した。

 父はやはり、少し老けたようだった。目立ちはじめた胴回りを、イタリアンらしきライトグレーのスーツで包んでいた。

「お前、また背が伸びたんじゃないか」

「もう伸びてないよ」

 司は大学を出てからも背丈が伸び続けたのだが、何センチ伸びたと返事をするのも子どもっぽい気がして、一度は否定した。だが、この程度の雑談をしなくては今日は保たない気もする。

「少しだけ」

 そのとき父はエントランスの方を向いていて、司の言葉に対する返答はなかった。

「これが息子の司」

 父は背後の女性に向かって司を紹介していた。司は慌てて会釈をする。

「はじめまして。司です」

 燈子は白いシャツにライトベージュのトレンチコートを羽織っていた。コートの裾はプリーツが入っていてスカートのように広がり、春めいたあざやかな青いズボンが覗いている。白い靴は颯爽とした印象を与えた。

 父は母と違うタイプの女性を選んだらしい、と司は思った。

「はじめまして。燈子です」

 燈子は隣の少年を示した。

「息子の理人です」

「こんにちは。……こんばんは、」

 理人は、高校の制服姿ではではなかったが、生成りのシャツに、首回りにラインの入ったセーターに琥珀色のチェスターコートという学生らしいいでたちだった。写真では貼り付けたような笑みを浮かべていた少年は、今日もぎこちないような、淡いような笑みを浮かべている。

 父は燈子をともなって進み、司は理人に歩調を合わせて歩いた。地下に降り、連絡通路を通って別館に向かう。別館のの地下一階はレストラン街になっており、フランス料理店や鮨屋、天ぷら屋が並んでいる。

「ぼく、フランス料理のコースなんてあんまり食べたことないんです。分からないことがあったら質問してもいいですか」

 理人の色の白い頬に、はにかんだような色が差す。

「気にしなくていいよ。家族だけだし、俺も詳しいほうでもないし。たぶん親父もあんまり分かってない」

 予約しているフランス料理店はカフェのような店構えで、ドアの前には冬だというのに薔薇の生花が一抱えほども生けられていた。ドアは深緑色に塗られ、よく磨かれていた。

 内装も外観と同じくパリのカフェを意識しているらしい。帝国ホテル内にはフランス料理のレストランが二軒ある。一軒は本館内、別館のこちらは格式ばっていないほうだ。店内はスズランの花をかたどった照明に穏やかに照らされている。壁の鏡のために、店内は広く見えた。鏡と鏡の間はアール・ヌーヴォーのポスターのレプリカで飾られている。

 それぞれコートをクロークに預け、奥の席に案内される。父と燈子は壁際の席に座った。壁際はベロアの張られたソファ席になっている。司と理人は通路側の椅子に腰かける。

 ドリンクメニューから父と燈子はシャンパンを、司はペリエを、理人は信州産の林檎ジュースをオーダーした。間もなくドリンクと前菜の鴨のテリーヌがテーブルに運ばれる。父と燈子のグラスにロゼのシャンパンが注がれる。シャンパンの美しい泡を見つめながら、司はペリエの炭酸を舌で転がした。ビールを注文すればよかった、と司は思った。ワインほど種類は多くなかったが、市販品ではないガーシェリーもドリンクメニューに掲載されていた。

 理人が少し照れたような表情でカトラリーを示した。

「外側から、ですよね?」

 司が頷くと、理人の細い指が、銀のナイフとフォークをゆるく握る。司も前菜に手をつけた。鴨のテリーヌからはオレンジのソースの匂いが香った。

「こいつは神田の会計事務所に勤めているんです。男のくせに細かいところがあって、そういうことに向いてるんですよ」

 と父は司を紹介した。『男のくせに』。司はジャケットに包まれた肩を強張らせる。理人が静かな明るい声を発した。

「ぼく、数学があまり得意じゃなくて。数字に強い人、尊敬します。……使い終わったナイフとフォークは一緒に寄せればいいんですか?」

 理人は振り返り、黒々とした瞳で司を見つめた。司は答えた。

「うん」

 次いでラビオリ、魚料理は糸縒り鯛のオーブン焼きが運ばれてくる。

「理人くんは高校、どう? 楽しい?」

 理人は微笑んだ。

「学校、楽しいです」

「東高に通ってるんだよ。成績優秀だ」

 父が言葉を継ぐ。学区の異なる司でも知っている有名な進学校だった。理人は少し困ったように眉尻を下げた。

「部活は?」

「美術部です」

「大したもんだぞ。司、お前も見せてもらうといい。お前も数字ばっかり見てないで、教養や美的センスを磨いたらどうなんだ」

メインの肉料理は分厚いローストビーフだった。理人は「肉料理は、ナイフでぜんぶ一口大にしてから食べるんですか? それとも一かけらずつ?」「これ、切るの難しいですね」と、例の穏やかな微笑を浮かべて訊ねてくる。司は理人の問いかけで緊張がほぐれていることに気がついた。

「俺も絵を見せてもらってもいい?」

「少し、恥ずかしいけど…。じゃあ、食後に画像を見せます」

 司がやり方を示すと、理人は司の答えた通りにしてみせる。いつの間にか、父と燈子の会話に耳を傾ける余裕すら生まれていた。

 おおむね予想通り、父はよく喋った。この不景気下でも、業績は悪くないらしい。やや武勇伝じみた父の話に、「そうなんですか」「すごいですね」と燈子が相槌を打つ。燈子は聞き上手だった。看護師という職業のためか、父が患者のようにあしらわれているように感じる瞬間もあった。燈子の相槌のたびに、酔いのせいだけではないだろう。父は少しずつ浮かれていくように思えた。

 「お前、ホモ出すなよ」という言葉が出てくるような父であるから、司のセクシュアリティを歓迎はしていない。再婚相手にも進んで明かす意味もないはずなのだが、しかしアウティングという概念を理解しているのかも疑わしい。酔った勢いで冗談のように口にされたらたまったものではないと考えていたが、うっかり口を滑らせるようなこともなく、デザートの皿がテーブルに載せられた。シフォンケーキに苺のピールと紅茶が練り込まれ、ほっとする甘さだった。

「こいつは気が利かなくて」

 そう言われて気分がいいわけではないが、父のこういう物言いには慣れている。

「そんなこと、ないですよ」

 燈子がきっぱりと口にしたが、父に響いた様子はなかった。

「司、理人くんを見習えよ」

 父のことはともかく、燈子と理人を困らせることのほうが、気がかりだった。理人は首を傾げて司を見上げた。

司も「気にしていない」と笑みを返した。

 義母とうまくやっていけるかはわからない。今だって父との関係が良好とは言い難いのだ。けれど、理人とはいい関係が築けたらいい。司はそう思った。

「美味しかったです。御馳走さまでした」

 理人が食後のコーヒーをソーサーに置き、会食は終わった。

 

 夕食後、コートを引き取って、司と理人はレストランの表に出た。父は会計を済ませ、燈子はそれに付き添っている。

「親父、いきなり馴れ馴れしいだろ。理人くん、困ってない?」

「そんなことない、……です」

「そう?」

「でも、ありがとうございます」

「敬語じゃなくていいよ」

「理人くん」は眼の奥に悪戯っぽい光を浮かべて、首肯した。入店したときにも視界に入った、レストランの表には一抱えほどの薔薇が飾られている。

「……うちの父親、無神経だからさ。理人くんや燈子さんが言われたくないことを言うことが、もしかしたら…一緒に暮らしていたら、たぶんあると思う。悪意はたぶん、そんなにないんだけど。だからって許されるもんじゃないし」

 司はそこで言葉を切った。理人の鹿のように黒目がちな瞳が、じっと司を見上げている。理人は司と父親の微妙な距離感も、悟っているだろう。

「もし嫌なことがあったら、俺でよければ相談に乗るよ」

 理人は驚いたようにぱちくりと眼を瞬かせる。

「ありがとう」

 理人は花が開くように笑った。

「ぼく、司さんみたいなお兄さんがほしかったんだ」


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