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5.スク水幼女と入浴

 身体を洗い終わり、洗顔フォームがないのでボディーソープで代用して適当に顔を洗う。

 局部を隠しながら湯船へ。


 よく見ると溜まっているお湯は白濁していた。


「入浴剤?」


「はい。入れてみました」


 甘い匂い。見えないように、というハヅキなり配慮だろうか。


 湯に足を入れる。少しぬるめに張られているようだ。


 腰を落とし、足を伸ばす。


「うぁぁぁぁぁ~~~~」


 おっさんのような声が漏れる。

 ざぷーんと俺が入った分のお湯が溢れる。


「気持ちいいですか?」


「やっぱり大きいお風呂はいいよなぁ」


「よかった。掃除したかいがありました!」


「えっ、ハヅキが掃除したの?」


「アタシはお風呂掃除当番なので!」


 そういえば、この村には十歳の子しか住んでないって言ってたな。


「しっかりしてるんだね。俺が十歳の頃なんて、鼻水垂らして走り回ってただけだよ」


「えへへ。お兄さんに褒められると照れちゃいます」


 ハヅキは、ただでさえお風呂で温まり赤くなっている頬をさらに赤く染め、頭を掻きながら笑顔になる。


「頑張ってるんだね」


「はい」


 生返事と共に、声のトーンが落ちる。


「アタシには夢があるんです」


「夢?」


 真剣な表情に変わるハヅキを見て、ちゃんと話を聞いてあげようと思った。


「はい。外に出たいんです」


「何かしたいことがあるの?」


「お母さんの住んでいた町に行ってみたいんです」


「お母さんの故郷ってこと?」


「はい。アタシの記憶の一番奥にあるんです。お母さんの記憶が」


 そりゃあそうか。


 いくらロリっ娘しかいない村でもみんな誰かから産まれているわけで、MMORPGのモンスターみたいに湧いて出てくるわけじゃないし、某有名サンドボックスゲームの生き物みたいにスポーンしてるわけじゃない。


「昔話を子守唄代わりに聞いてた記憶があるんです」


「それが故郷の話?」


「そうです」


 嬉しそうに語るハヅキ。


「星の降る夜、虹の架かる橋、風が季節を運び、雨が季節を流していく。そのお話はどれも素敵で、全てお母さんの故郷の物語だったらしいんです」


「素敵だね」


「はい。だから、この目で見てみたいんです。全ての物語を。村じゃ、見れないものばかりですから」


「そうか……」


「薄桃色に咲く花、夜の空に花のように咲く炎、赤や黄色に染まる山、純白に広がる草原、いろんなものが見たいんです」


「桜、花火、紅葉、雪、かな?」


「え? お兄さん知ってるんですか?」


「もしかしたらスマホの写真フォルダに入ってるかも」


「見せてください!」


「うん。いいよ」


 やったぁ、と両手を挙げて喜ぶハヅキの手につられ、大量のお湯が顔にかかる。


「へぶっ」


「あ、ごめんなさい」


「いいよ、いいよ。大丈夫」


 でも、外には出れない。

 それはハヅキが自分自身で語っていた。


「さっき言ってたよね、外には出れないって」


「そうなんです。だから出たいんです」


 俯くハヅキ。


「何か方法は無いの?」


「あります」


 生唾を飲み込み、ハヅキの次の言葉を待つ。


「今は、言えません」


「どういうこと?」


「今は言えない、ということです」


 なんだその構文みたいな返しは。


「お兄さんは夢とかないんですか?」


「俺?」


 上手く話題をはぐらかされた感は否めないが、言えないのなら問い詰めることでもないだろう。


「特に夢はないかな」


「ないんですか?」


「うん。俺にとっては、今まさに夢が叶ってるみたいなもんなんだ」


「ん?」


 首をかしげるハヅキ。


「仕事、辞めようか迷ってたんだ。でも、辞めたら辞めたで他の仕事を探さないといけないし、それに簡単に辞めさせてくれるような職場じゃなかったし」


 幼女にはなんのことやらわからないだろうが、ハヅキは相槌を返しながら話を聞いてくれている。


「変な世界に来ちゃって、仕事行かなくて済んで、正直清々してるっていうか」


 変な世界、と言ってしまったことに怒らないか一瞬心配になったが、そのまま続けた。


「今この瞬間が夢じゃなければいいな、ってそう思ってる。夢だったとしてもこの夢がずっと続けばいいなって。ごめんね。そういう話じゃなかったよね」


 作り笑いをしながらハヅキの方を見る。


「いえ。お兄さんがすごく大変だということはわかりました」


「ごめん」


「なので、アタシがもっとお世話してあげないと、って思いました」


「は? いや、そういうわけじゃ……」


「いいえ、お兄さんはもっとアタシに甘えてください!」


「いやいやいやいや」


「いいんですよ。お兄さんはとても頑張ったんですから」


「えっ?」


 ハヅキはそっと、俺の頭の上に手を置き、優しく撫でた。


 さっき頭を洗ってくれた時よりも優しく。


 笑顔で頭を撫でるハヅキの顔を見ていると、自然と涙が溢れてきた。


 思い出すのは辛かった日々。


 それは昔からだ。


 クラス全員一緒に遊んでいた小学校の休み時間。

 クラス全員参加で進められていた中学校の文化祭。

 クラス全員盛り上がっていた高校の体育祭。


 そのどこにも俺はいなかった。


 混ざれなかった。


 圧倒的孤立感。


 誰も自分を褒めてくれない。


 期末試験で学年一位を取っても、夏休みの作文が入賞しても、誰も。


 我慢して生きて、就職しても仕事をこなしても。


 飛んでくるのはクレームと叱責。


 生きている意味はあるのか。


 俺一人いなくても代わりはいる。


 社会はそれでも廻り続ける。


 だから、ハヅキの一言は嬉しかった。


 なんで幼女に慰められて泣いてるのか、よくわからない。

 けれども、その言葉をずっと誰かに言って欲しかった。


「偉い偉い、ですよ。えへへへ」


「ありがどう……」


 鼻をすする音が反響する。


 溢れた涙は湯船に溶けて消えた。


 タオルで拭こうとしても、ビシャビシャに濡れたタオルじゃ何も拭けない。


「ごめん、大人なのに泣いてて変だよね」


「お兄さんは変じゃないよ」


「もっとハヅキに会ってたら、俺の人生何か変わってたかな?」


「アタシもお兄さんにもっと早く出会いたかったな」


 白く濁った湯船の中、泣いてる男とスク水幼女。


 状況は理解できない。


 それでもこの時間はたぶん、二人にとってはすごく大切な時間だったのかもしれない。


 かぽーーーんという幻聴の響く浴場の中。


 時計の針は午前十一時を指していた。


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