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3.アタシが全部お世話してあげますっ!

「ここまでが覚えてることだ」


 ハヅキは何も聞き返さずに全て聞いてくれた。


「お兄さん、可哀想」


「ありがとう。君みたいな女の子に心配されるだけでも嬉しいよ」


 出された朝ごはんを全て綺麗に平らげた。米粒一つ残さず食べ切り、ごちそうさまと手を合わせる。


 ハヅキの手作り料理は驚くほど美味しかった。お腹も心も満たされる。温かいものを身体に入れると落ち着く。


 ふと、腕に着いたままだった腕時計を確認する。


 時計は八時を指していた。


「八時!? ごめん、仕事に行かないと」


「行かなくていいんですよ?」


「え?」


 いや、今日は平日のはず。行かなくていいはずがない。


「ゆっくりしていってください」


「いや、でももう……」


 九時までには出勤しなければいけない。


 ここがどこだかはまだわからないが、たぶん倒れた場所の近くだろう。だとすれば職場まで電車で三〇分。


 まだ間に合う。


 壁にかかったジャケットとネクタイと手に取り、部屋を出ようとする。ワンルームの家。ピンク色の女の子っぽい玄関マットの敷かれた玄関。綺麗に整列されている自分の靴を履き、ドアノブに手をかける。


「お兄さん!」


 ハヅキの呼び止めるような声が響く。


 でも、仕事に行かなきゃいけないという使命感の方が勝っていた。


 ガチャッという大きな音と共に扉を開ける。しかし、開けたことでマンションかアパートの一室だろうという想像ははるかに覆された。


「は?????」


 目の前に広がるのは知らない場所。


 一言で言えばどうぶ○の森のような世界。


 部屋だと思っていたのは、小屋と言ったほうが的確な建物。それが周囲にいくつか見える。そういえばさっきハヅキが村がなんとか、とか言っていたことを思い出す。


 だとすれば、ここは知らない村。この仮称知らない村はどのくらいの広さかはわからないが、舗装された道は一つもない。


「ここは?」


 スマートフォンの地図アプリで現在地を確認しようと、ポケットの中からスマホを取り出し指紋認証で画面を開く。


「圏外!?」


「ですから、さっき言いましたよね。仕事にはいかなくていいんですって」


「でも……」


 でも、職場の皆には迷惑はかけられないから、という言葉が喉で詰まる。


「それにこの村からは出られないんですよ?」


 呆れるように語るハヅキ。


「やっぱり、死んだんだな? 俺」


 死後の世界だったんだ。黄泉の国の料理を食べたから帰れないんだ。ここまで十分の一秒で考えて、息を吐く。


「ん?」


 怪訝な顔をするハヅキ。


「お兄さんは生きてます!」


「じゃあ……」


 言葉を選ぶ。


「じゃあ、ここはどこなんだよ」


「村です。名前のない村。昔はマヨヒガとも言われてたみたいですけど」


「は? 日本のどこだって言うんだよ!?」


 問い詰める。声が大きくなってしまったのは、口から出た後で少し後悔したが、構ってられない。


「日本にはありません。ついでに言いますととアメリカにもイギリスにも中国にもありません」


「どういうこと?」


「端的に言えば並行世界です。ここ」


「そんな……」


 アニメかラノベか、もしくは匿名掲示板でしか聞いたことのない言葉――並行世界。


「でも、なんでそんなこと知って……?」


「全ては図書館の中の本に書いてありますから」


「っ……」


 ついて行けない。


 どうせこの子の妄想。


 しかし、状況証拠からして信じるしかなかった。


 自分の腕をつねってみても、自分の頬を叩いてみても感覚がある。ここから夢である線は消える。記憶の連続性もある。三途の川を渡ってない、ことが証拠になるかはわからない。なので死んだという線はまだ消えてない。


 だが、並行世界に迷い込んだ。そう考えれば全てが腑に落ちる。


「お兄さんみたいな人、たまにいるんですよ」


「俺みたいな人?」


「はい。この世界とは別の世界から来る人のことです」


 ここはもう、ハヅキの言うことを全て信じよう。


「お兄さんは昨日、この村の広場に倒れていました。だからアタシが家に運びました」


 ハヅキの言ってることは真実かはわからない。

 でもスマホも圏外、現在地不明、帰宅不可能、出勤不可能。だったらもういっそ彼女の口車に乗ってしまおうと思った。


「ありがとう、でいいのかな?」


「えへへ」


 ハヅキは頭を掻きながら、頬を赤く染める。


「この世界のこと、他にもいろいろ教えてよ」


「はい! アタシがお兄さんのお世話を全てしてあげますからね!」


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