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2.過去と経緯

「吉田ァ! あの案件どうしたぁ!?」


「あの案件はですね……」


 上司の怒号が飛び交う。

 働いている会社がブラック企業と世の中的には呼ばれてるのか。自分には判断できない。大学を卒業して、入社した会社がこの会社だからだ。社会人三年目になっても待遇は変わらない。


 残業、残業、休日出勤。


 この先、人生は変わらないのだろうか。

 今の仕事を辞めて転職することをオススメするような言葉がSNSには飛び交うが、楽に転職できていればもうしている。他の仕事を探す時間すらない、というのが現状だ。


 うるさい上司は定時に帰る。対して俺は真っ暗なオフィスの中に一人。

 パソコンが人数分並んだオフィス、道に面した方の壁は一面ガラス張りになっているが、正直夏は暑いし冬は寒いしで不便しか感じない。


 色気のないシンプルな丸時計の短い針は十一時を回っている。パソコンをシャットダウンし、画面の電源を落とす。オフィスを出る前にタイムカードを押して帰る。


 サービス残業なる闇の文化は、残業時間が百時間を超えるまでは顔を出さない裏のルールだ。


 外に出ると世の中はすでに社会活動を終え、人気のないビル群の摩天楼が並ぶ。オフィス街の電気は落ちて、光るのは街灯だけ。物寂しげにレンガ模様に敷き詰められた歩道が照らされている。人工的に作られた並木道の木々はビル風で揺れている。


 一人、地下鉄の階段を下る。


 クタクタのワイシャツとアイロンのかかってないジャケット、白く汚れた革靴の鳴らす乾いた足音が鳴る。

 改札の音だけが空虚に響く。ホーム柵の設置がまだ追いついていない駅のホームで電車を待つ。


 もしこのまま飛び込んでしまえば、どれだけ人生は楽になるか考えて、やめる。


 乗客も少ない夜の遅い時間、朝の満員電車とは違い楽々に座れる。寝落ちして家の最寄り駅を過ぎてしまうことも多々あったが、残業のメリットといえば帰りの電車が座れることくらいだろう。


「次は雨間野。雨間野です。お出口は左側です」


 電車は地下から地上に出る。所謂直通の電車だ。最寄り駅で下車し改札を出てから、アパートまでの帰り道。

 駅近物件なのは疲れきった日にはありがたく感じる。その分家賃も他と比べると高い上に、踏切の音と電車の音がうるさいのはご愛嬌だが。


 アパートの外階段を上がってから、家の冷蔵庫に何もないことを思い出す。

 二階の自分の家。鍵を開けて荷物だけを部屋に置く。


「ただいまー」


 と言っても、挨拶は帰ってこない。

 一人暮らしの部屋。1LDKの味気のない部屋。迎えてくれる彼女の一人でもいれば、と悲しくなる。

 一生独身のまま、一人暮らしのまま、死んでいくのかと涙する夜も一つや二つではない。もう一度鍵を閉めて、近くのコンビニに向かう。


「自転車……パンクしてるしいいや」


 季節ももう春。

 桜も散り、埃っぽく微温い風が身体の隙間を流れていく。近くの公園でも、川沿いでも綺麗に桜は見れたらしい。


 しかし、わざわざ見に行く時間もなかったし、行ったとて何が変わるわけでもない。俺が女性声優やイケメン俳優だったとしたら話は別だろうけど。


「いらっしゃいませー」


 機械のような店員の挨拶に、特に気にも止めず、おにぎりを棚からレジへ持っていき会計を済ます。死んだようなテンションの店員が、オレンジ色の明かりが灯る透明なケースの中からホットスナックを取り出した。


 最近ではセルフレジの導入も進み、店員とのやり取りが少なくなったのは、コミュ弱からすればありがたい話だ。

 この前まで有名アニメのコラボをやっていたが、それも俺が行った頃には一つとして残ってはいなかった。無駄遣いする金が少なくて済んだと負け惜しみを呟くくらいしかできない。


「ありがとうございましたー」


 田舎から出てきて、徒歩圏内にコンビニがある便利さにも慣れてしまった。

 実家が恋しいかと言われたらそんなことはないのだが、友達も彼女もいない都市部での生活に疲れてきたというのは事実ある。


 家に戻る前に、歩きながらおにぎりとホットドッグとピザまんを頬張る。


「だぁーーー、クソ」


 ケチャップとマスタードのツーインワン、ディスペンパックを二つ折りにすると中身が弾けた。かろうじて服には付かなかったが、びっくりした拍子に落としてしまった。


「ツイてねえな」


 そうだ、もういっそこの際散歩をしよう。今日は少し気分転換をすることにした。

 いつもは歩かない道を。何一つ上手く行かない。なら、気分転換の一つでもしてみようじゃないか。

コンビニから家までの道を、逆方向に歩いてみる。


 無論、最寄り駅とも逆方向だ。


 川を流れる水の音が響く。

 家やアパート、マンションの電気はほぼ消えている。


「暗っ……」


 辺りを照らす光は、数個の街灯と青と赤に変わる信号の明かりのみ。


 実家のある田舎を歩けば、土の匂いと草の匂いが香ってきそうなところではあるが、コンクリートで敷き詰められたこの街では、ドブ臭さ以外を感じる方が少ない。


 遊具が二つしかない公園と潰れた個人商店の先、川沿いの道をひたすら進んだところで道が途切れた。


「突き当たりかよ」


 左に曲がって橋を渡るか、右に曲がって住宅街に入るかの二択。住宅街の方を回って、またどこかで右に曲がり一周して家に帰るルートを思いつき右へのルートを選択。


 特に変わらない町並み、強いて言えばこの辺は一軒家が多いのだろうか。車通りもこの時間ではほとんどなく、先ほど見かけたコンビニのトラックが最後に見た車だった。


 数十メートルほど住宅街を進むと、なぜか霧が出てきた。懐中電灯を持って来ればよかったと後悔し、スマホのライトモードを使う。


「寒くなってきたな?」


 進むにつれて濃くなっていく霧。気温もどんどん低くなっている。

 街灯の明かりを頼りに進むが、それも段々と見えなくなるほど霧が濃くなってくる。


「やばいんじゃないか」


 それでもなぜか足は止まらなかった。視界が悪くなるのもお構いなしに、どこかで霧を抜けるだろう。


 そう思った瞬間。


 目がぐるぐると回る。三半規管が狂ったように、気持ち悪さと頭痛が襲ってくる。


「働きすぎが祟ったか?」


 休まず働いてたしわ寄せが今ここで来たのか。


 今ここで倒れたら、誰にも見られず朝を迎える。


 そうしたら死ぬんじゃないか。


 恐怖はあったが、身体の異変には勝てない。


 バタッ、という大きな音と共に道路に倒れてしまった。

 もちろん、その姿を見たものはいない――――。


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