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1.知らない世界での目覚め

 何時間くらい寝てたのだろうか。地球の重力が二倍、いや十倍位に感じるほど体が重く感じる。


 仕事から帰ってワイシャツとスラックスのまま着替えずに寝てしまったのだろうか。縒れたワイシャツが捻れて身動きの取れなさを助長している。


 かろうじて動くのはまぶたぐらいだろうか。目やにで上まぶたと下まぶたがくっついているが、力を入れて目を開く。

 閃光のように明るい光が網膜を焼き付ける。


「知らない天井だ……」


 脳の一番下くらいにあるネタを呟く程度の元気があることに、自分のことながら驚いた。


「あ、お兄さん起きました?」


「え!?」


 人がいることに気づく。

 同時に今まで部屋に鳴り響いていたであろう、まな板の上で何かを切っている音。そして、コンロの上の鍋がグツグツと何かを沸かし、カタカタと蓋を揺らしてる音が聞こえていることにも気づいた。


「何時間くらい寝てました?」


「八時間くらいですよ」


 まだ正体も見ていない声の主に話しかけると、欲しい回答が返ってくる。


 八時間。


 体内時計からしてみれば最低でも半日。最悪一週間ぶっ倒れていたと言われても飲み込む覚悟ではいたのだが。


 八時間……。


「意外と短かったな」


 そう聞くと重力も別にいつもと同じに感じてくる。


 自己催眠の一種なのだろうか、思い込みというものは怖いものだ。


 目をこすって視界も良好になったことで、いろいろな疑問が湧いてくる。

 ここはどこ、あなたは誰、なぜ俺はここに、俺は誰? 最後のは冗談としても、どれから質問をしたらいいか。


 台所らしき所に立っている女性に何から質問したらいいか、逡巡してる間に先に質問権を取られる。


「お名前、教えてもらってもいいですか?」


「ショ、ショウです。吉田湘」


「ショウ、さん」


「そうです」


 名前を聞くと、女性は安心したように料理を続ける。

 雰囲気と想像から勝手に、背が高くてスラっとしてて黒髪の長くて綺麗な同い年もしくは数個下の大人の女性をイメージしていた。


 しかし後ろ姿を見ると、思っていたよりも背が大人の女性というには小さい。ここがもし巨人の住んでいた部屋じゃなければ、台所の高さは普通に大人の背丈に合わせて作られている。


 だとすれば、木で出来た台を使って台所に向かっているということは、背が小さいということだろう。確かに声も優しい声ではあるがどこか舌っ足らずというか、一言で言うならば幼い。


 真っ白な髪。真っ白なワンピースに赤いエプロンを着けている。


「女の子? 子供? 何歳?」


 子供とはいえ女性に年を聞くのも悪いかとも思ったが、もし二百歳だとか四百九十五歳だとか返ってきたらそれこそ大問題なので、瞬時に自分の中にある罪悪感みたいなものを引っ込める。


「私ですか? はい十歳ですよ」


「えっ!?」


 聞いて驚きが一発目。そして安堵が二発目。

 そして遅れて、十歳の幼女と知らない部屋の中で二人きりの状況は何なのだという疑問が押し寄せてくる。


「驚くのも無理はないですよね。この村には十歳の女の子しか住んでません」


 村?


 十歳の女の子しか住んでない?


 何一つ理解ができない。


「私の名前はハヅキ。松本葉月です。今日からお兄さんのお世話をします」


 降り積もった雪のように白い肌、浮かび流れる雲のように白い髪、高く遠く紺碧の空のように青い眼を持つ少女が、振り向いて自己紹介をした。


 俺は夢でも見ているのか。そうだ、夢に違いない。

 女の子の部屋。それも幼女の部屋。


 よく干された、俗に言う太陽の香りを漂わせる暖かい布団の中。ふかふかのベッドの上で、ロリっ娘が自分のお世話をしてくれると言っている。


 確実に夢だ。


 ロリコンでもない俺がこんな夢を見るのは少しだけ違和感があるが、夢以外ありえない。


 よくよく思えば、真っ白の髪で幼女。これってまんま天使じゃん。西洋画の宗教画とかで描かれがちの天使。美術の成績が二の俺でも教科書で見たことがあるレベルで有名な天使。


 もしかして俺死んだのか?


「朝ごはんできましたよ。さあ、食べてください」


 ベッド脇のローテーブルに、ハヅキと名乗った幼女はお盆に乗せた朝ごはんを持ってきた。


 夢だという疑念、そして死後の世界なんじゃないかという疑惑は未だ拭えないが、言われるがままに起き上がって卓につく。


 ほかほかのご飯。湯気の上がる温かい味噌汁。真ん丸の目玉焼きに、所謂タコさんウインナーが三匹。

 茶碗、汁椀、プレートにそれぞれが乗せられ、お盆の上に並べられている。


 右手でお盆の手前に置かれた箸を持つ。

 左手で味噌汁の入った汁椀を持つ。


「いただきます」


「召し上がれ」


 旅館の女将さんのような、優しい声でハヅキは食事前の挨拶を返す。

 箸で味噌汁を一度かき回す。わかめと豆腐が汁の中で舞う。下に溜まった味噌部分と上澄みの透明な部分がかき混ぜられ、一色に染まった味噌汁を口の中に含む。


 感じるのは、実家のような安心感。まるで生まれてからずっとこの味を飲んできたような郷愁感。

 温かい味噌汁は、喉の渇きと心の渇きを潤すように身体に染み渡る。


「美味しいですか?」


「美味しいよ。とっても」


「よかったぁ!」


 ハヅキの笑顔を見て、今自分がしてしまった失態に気づき、飲み込んだ味噌汁が一度入った胃の中から食道に上がりそうになる。


 もしも、これが死後の世界だったら。自分の住んでいた世界と全く違う世界であるならば。俺はもう戻れないということになる。

 昔話には、死者の世界で食べ物を食べると生者の世界に戻れなくなるという逸話がある。名前は忘れたが、確か神話の中にそんな話があったはずだ。


「終わった……」


「何がですか?」


 口に出てた。


「いや、何でもない」


「ならいいのですが」


 一度手に持った汁椀をお盆に置く。


「お口に合いませんでした?」


 心配そうに見つめるハヅキ。


「違うんだ。そうじゃないんだ」


 そもそも俺はどこから来て、どういう状態で、どうなってしまうんだ。

 一度取り乱した気持ちを、息を吐いて整える。

 そして、ここに来た経緯を思い出すように、ハヅキに語る。


「俺、ここに来るまでの記憶がないんだけど、思い出せるところから思い出すから、聞いててくれるかい?」


 ハヅキはこくりと頷くと、コップに水を入れて持ってきてくれた。


「俺は…………」


 壁には自分のものと思われるジャケットとネクタイがハンガーに綺麗にかけられていた。


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