転生した元OLは一旦寝ます
いつの間にか寝落ちしていた皇帝を巨大なベッドの中央に寝かせ、できるだけ丁寧に布団を掛けた。顔に朝日が眩しくないよう部屋のカーテンを閉めると、私は足音を殺し一目散に廊下へ出た。
昨晩歩かされた後宮の廊下を早足で行き、メイクアップしてもらった部屋の扉に辿り着くと、もう足音にも構わず中に飛び込んだ。
「い、生き残った————————————ッ‼」
「静かに! まだお休みの方もいらっしゃるんですから」
堪らず叫んだ途端、昨日のフードの女の子に頭をはたかれてしまった。
「す、すみません……!」
「というか、何で生きてるんですか? まさか皇帝がお許しに? もしくは哀れ過ぎて手づから殺されるのも憚られたのか……」
「ち、違いますよ! ちゃんと一晩、お休みになるまでお相手したんですよ!」
「あなたが? ……それはまた、一体どんな秘技をお使いになられたのでしょうか」
「えー、落語を少々」
「ラクゴ?」
「あーはは、魔法の言葉ですかね……?」
疲れすぎて説明も面倒だったので、適当にお茶を濁した。
しかしそれが良くなかったのか、少女の呼気が鋭利に揺らいだ。
「というか、昨日からずっとご様子が変ですよね? もう少しは慎み深く気配りのできる方だったように記憶していますが」
私を座らせ、テキパキと装飾品を外してくれながら、彼女は訝し気に語調を強めた。
「え? いやまあその、色々あったもので……」
「……」
微かな呼吸の中に逡巡の気が見えた。と思うと、彼女はフッと小馬鹿にしたような息を吐いた。
「何にせよ、驚きましたよ」
少女はそう言いながら髪を梳いてくれた。口調とは裏腹に丁寧で優しい手つきだった。
「あなたが皇帝に認められるとは、思っても見ませんでした。昨日からのライラさまも、それ以前のあなたも」
「……まさか。認められたとしたら、それは師匠の芸ですよ」
「師匠?」
「まーその、まぐれってことです」
「はあ。私もそうだと思います」
少女はあっという間に私を初期装備状態に戻すと、装飾品やらをまとめてカゴにしまった。
「ともあれお疲れさまでした。またいつお声が掛かるかも分かりませんので、十分休養に努めて下さい。では私はこれにて」
そう言うと彼女は一礼し、部屋を出て行った。
「……」
部屋が静かになり、頭の中の余韻がくわんと響いた。
……何とかなったのだ……。
先程と一転して、不思議と静かな気分だった。
いきなり訳の分からない世界に放り込まれて、何一つ整理が付かない。ただ分かるのは、とりあえず今は何とかなったということだ。
あとあんな状態とは言え、イケメン皇帝と一夜を共にできたのはちょっと嬉しかった。
「……、いやいや油断しちゃだめだな。喜ばせといて後からバッサリって可能性もあるし!」
気付けに頬をペチペチ叩いた。
未だ全然状況は飲み込めていない。もっと情報収拾をしないとダメだ。幸い世話役(?)らしきあの少女は訊けば色々答えてくれそうだ。
……が、今はとにかく眠い!
夜通しライブなんて本来アマチュアの仕事ではないのだ。
「……、寝よ!」
少なくとも今後も粗相の無いよう立ち回らないといけないということは分かる。寝不足によるミスを回避すべく、私は寝床に入ることにした。
どこの世界でもおふとんは私の味方だ。