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Period,1-2 いつも通りの朝

 いつまでも昇降口にいるわけにもいかないので、登校中の生徒の波に流されるように教室へと向かった。一年C組、出席番号3番。教室に入ると、一番前から三つ目の席に鞄をかける。


「よっと」


 唯斗が座席に着くと鞄を置いた宮野が、その一つ前の空いた椅子を引いて腰を下ろす。二人は偶然にも同じクラスで、ホームルームまでの暇な時間をこうしていつも話をしながら潰しているわけだが。


「ん? 難しい顔しているけど、どうしたんだい?」

「……いやな、いつも思うんだけどさ。お前、こんなところにいていいのか?」

「んっと……言っている意味がわからないんだけど、それはどういう意味で言ってるのかな」


 皆まで言わせるな、そう思ったがこいつはどこか、変なところで抜けているので意図していないのかもしれない。


 ただ、さっきも言ったがこいつはモテる。それは女子だけでなく男子にもだ。誤解のないよう補足するが、そういった恋愛的な意味ではなく人気ということだ。こいつと話したい男子は多い。そんなやつが毎日、俺なんかと話しているのは、少し違和感を感じ得ない。というより、宝の持ち腐れ感。こいつなら全然、ヒエラルキーのトップに君臨することもできるはずだ。


「いや、なんでもない。気にしないでくれ」

「……ん? ああ、いいんだよ。俺はお前と話がしたいんだ」

「はいはい、そうかい」


 ここで、俺は顔を赤らめて……なんて妄想は勘弁だが、それでも少し照れてしまう。今まで彼女の一人もできたことはないが、どうやら変なやつには好かれているらしい、小学校の頃からの大切な友達だ。


「あ、あの」


 ふと小動物のように、か弱い声が鼓膜を震わした。


「いやー、今日も絢瀬さんまじで可愛かったー」「俺、絢瀬さんと一瞬目があったぜ」「というか、めっちゃいい匂いしなかったか? シャンプー何使ってんだろ」


「あっ……の」


「俺、絢瀬さんと一緒にお風呂入れたら死んでもいい」「おい、お前は絢瀬さんが風呂に入ってると思うのか?」「違うのか?」「絢瀬さんは女神だぞ? 風呂になんか入るわけないだろ。俺たちの世界の常識で考えるな」「た、確かに……女神だもんな」


 ここで、『いやそんなわけないだろ』とツッコんでは負けだ。というよりか、日常生活から世界の常識の話にまで一気に飛躍するなんてことがあるのだろうか。いや実際に目の当たりにしているわけだが。


「あ……」


 暇な時間、宮野と昨日の深夜アニメの話をしていると、仲良さそうに会話する男子生徒の話し声とともに、聞き覚えのある女子生徒の声が聞こえてくる。


 一ヶ月も経たずして仲の良い会話を繰り広げていると疑問に思うかもしれないが、これも綾瀬の貢献が大きい。やはりと言うべきか、そういう話題は人との距離感を縮めるようだ。


「……あの」


 唯斗と宮野は、彼らの方へ目線を向けるとそこでは案の定、一人の小柄な女子生徒が男子たちに声をかけようとしているところだった。


 帷子柚木(かたびら ゆずき)。俺や宮野と同じ、C組の生徒兼、クラス委員長。顔のバランスがすごく整っていて、目は切れ長。肩辺りまで進出している茶混じりのセミロングがすごく似合っている——萌え袖が特徴的な——うちのクラスの観賞植物的美少女である。また、すごく直向きな性格で頼まれたら断れないタイプの女子だ。席に座らせようと、みんなに声かけをしている最中だ。


「おい、そろそろホームルームが始まるぞ」

「おぉっ、もうそんな時間か、すまんすまんっ」

「絢瀬さんが可愛すぎて、時間を忘れてたぜ。まさか、時まで操れるとは」

「時間魔法の使い手……さすがだな」

「いや、それはないと思うぞ。お前ら」


 唯斗が声をかけると、そいつらはあっさりと解散した。どうやらわざと無視していたということはなさそうだ。


「あ、ありがと、唯斗くん」


 うん、すげぇ可愛い。可愛い女子というものは、その場にいるだけで空気を和らげる特殊効果でも付いているのだろうか、そんな事を考えてしまう。


「まぁ、委員長押し付けちゃったの俺たちだからな」


 遡れば、4月の初め。俺たちが入学したばかりの頃だ。通過儀礼であるイベント『とりあえず今から委員長決めるけどやりたい人いる?』が発生した。当然のことだが、雑用や声かけを進んでやりたいと思う献身的な人はいない。


 そこで、我々のクラスで、生贄として捧げられたのが、中学の時に委員長を経験していた帷子だった。きっと彼女に委員長経験があるのも、その断れない性格故だろう。宮野は生徒会に抜擢されていたため、彼は除外されて話は進んだ。


「うんん、それでもすごく嬉しいよ」

「そうか……?」


 か、可愛い。微笑みを浮かべながら、袖を掴み口元にあてるその姿は誰の目から見ても可愛い。狙ってやってるとしか思えないその愛らしさは、もはや罪だ。ってなにを考えているんだ、俺は。


「おい、帷子と一ノ瀬っ、教室の前でイチャコラしてんじゃねぇ」

「……っ!!」


 そんな二人を冷めたような目で見つめるのはクラスメイト①。ただ、今の唯斗の緩んだ顔を見れば、浮かれてることを推測するのは容易いこと。注意しておいて、自分たちがこうしていては元も子もないため、ここは素直に謝っておくのが得策だろう。一応、帷子の方に視線を注ぐが、帷子もこちらを見ていたようで、それに驚き顔を隠してしまった。


「イチャコラなんて……してない。そうだよね、唯斗くん」

「あ……ああ、そうだな。帷子」


 まさか反論するとは想像もつかず、戯けた声になってしまった。帷子は顔を赤くしながら俯く。そんなシンプルに可愛い反応にクラスメイト①も動揺を隠せていない。


 ただ、少し場所が悪かったかもしれないと、教室を見渡しながら思った。特に男子だが、クラスの大半が俺たちのことを冷めた目で見つめている。


「ほら早く座れ!」

「教室の真ん前で、いちゃつくなぁ!」

「この、おしどり夫婦が!」


 いや、最後のは批判じゃない。そんなツッコミを喉元で押し殺して、唯斗と帷子はクラスメイトからの凍えるような視線から、逃げるように着席した。


「おーい、出席とるぞー、……ってなんだこの不穏な空気は」


 ガラガラとスライド式のドアが開き、うちの担任教諭である山岸さとこが教室に入ってくる。年は28歳だというのに、妙に若々しく、その流れるような長い髪を一つに結っているのが特徴的な教師。きているワイシャツとスーツは彼女の胸でいい感じに盛り上がっている。一応言っておくが、彼氏持ちだ。


「……な、なんでもないです」

「そ、そうか。帷子が言うならそうなんだろうけど、明らかに他の生徒たちのお前らを見る目が異常だぞ?」


 気にしないでください。先生。


 ちなみに彼女に付けられたあだ名は、名前の『さとこ』の『さと』をとって『サトちゃん』だったのだが、先生に対して無礼だということで今は『サトちゃん先生』という曖昧な感じに落ち着いている。


「じゃあ、ホームルームを始めるぞ。日直、挨拶を頼む」

「起立っ!!」


 こうしていつも通りの日常が幕を開ける。

 ずっと続くと思っていたし、そうであって欲しいと願っていた普通の日々だ。

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