Period,8-2 飼主探しはお早めに
その翌日。唯斗はいつも通り宮野と二人で食堂に訪れていた。ちなみに食堂でお昼を済ませるのは杠葉や絢瀬、あと放送の時にお世話になった江本先輩たちだ。それぞれ別々の友人と訪れているが知った顔ぶれは大体把握している。
「それで、杠葉さんの家にお邪魔したと」
「まぁな」
話題はちょうど昨日の放課後へと移り、公園で杠葉と遭遇した経緯を語った。その後の一悶着は話していないが犬を保護した部分なら話しても問題ない。
「杠葉さんといえば、特待生枠だった気がするんだけど違ったかい?」
「そういえばそんな枠もあったな。だけど、杠葉だぞ?」
特待生枠とは君ヶ咲学園の中でも上位成績者が選抜される制度だ。文字通り、特別待遇。そして、特待生は授業料・その他、諸活動費の免除と三年間の学食無料券といった様々な特典が受け取ることができる。
「杠葉か……」
唯斗は彼女が今回の定期考査で十五位となかなかの好成績だったことを思い出す。
「いや可能性はあるかもな。だけど、特待枠なんてお前や絢瀬で埋まるだろ」
「そうかもしれないね、本来であれば。だけど、俺は大して必要ではなかったから希望はしてないかな。こういうのは本当に必要な人が使うべきだと思うし」
「お前らしいな」
「それに絢瀬さんはそもそも特待生になる必要がないからね」
宮野はどこか含みを持たせた言い方で然も当然のように語る。
「どういうことだ?」
「知らないのかい? 絢瀬さんの父はこの学校の理事長を務めてるんだけど」
「…………いや初耳だが」
「まぁ、あまりオフィシャルな場に姿を見せることはないからね。こっちも見たのは入学式くらいの時くらいかな。まぁそんなわけで、特待生にならずとも、学費はかからないというわけ」
そういえば入学式の日は遅刻したんだったな。途中で帷子のことを保健室に送ったためほとんど記憶がない。
「理事長といえば、アヤセ不動産株式の社長だって前に会長が言っていたっけ」
「すげぇー有名なところじゃねぇか。通りであの家の広さだったわけか」
その話を聞いて先日訪れた絢瀬の家の莫大な敷地面積にどこか納得する。
天は二物を与えず、という言葉があるがそんなこともないようだ。絢瀬や宮野を見ていると常々感じる。
そうこうしているうちに二人とも食事を終えていた。すると、宮野はどこか急いだ様子で立ち上がると唯斗に告げる。
「実はこれから生徒会で呼び出しがかかっててね」
「今日もなのか?」
「うん、すまないが一人で教室に戻ってくれないか?」
「おう……っていうか、毎度、俺に気を遣わなくてもいいからな」
「そう見えたかい? なら今度からは気をつけるよ」
「おう。じゃあな」
「また後で」
宮野が先に食堂を離れて、唯斗は少し間を置いてから食器を片す。もうすでに昼休みの半分くらいは時間が過ぎがはずだ。しかし、今日はどこを探しても杠葉の姿が無かった。
機会があれば仔犬の件がどうなったのか聞いてもよかったのだが。
「……失礼します」
半分諦めかけていた時に生徒指導室から出てくる杠葉を見つける。どうやら教師と何かしらの面談をしているようだった。
「一ノ瀬唯斗じゃない、相変わらず、辛気臭い顔ね」
「一言余計だ。それで、こんなところで何してるんだ?」
「別にいいでしょ。ねぇ、それよりあんたの家は本当に犬が飼えないわけ?」
杠葉が何を話していたのか若干気になるところではあったが、話を逸らされてしまった。制服のスカート丈が校則の範囲を逸脱しているといった如何にもな説教をされていたのだろうか。
今日の杠葉はどこか深刻そうな面持ちだった。
「何かあったのか?」
「昨日の夜のことなんだけど、急にネイマールが吠え始めちゃって大家さんに犬を保護してる事がバレちゃったわけ」
「ちょっと訊きたいんだがネイマールってのは?」
「……昨日保護した犬のことよ」
「なるほどな」
突然、ネイマールが吠える、なんて言われたので少し動揺してしまった。
「ってかあのチワワ、そんな奇抜でカジュアルな感じだったか? もしかして、杠葉はブラジル代表のサッカー選手の大ファンだったり……」
「別にしないわよ、これは私の弟がつけただけ」
……イメージとはだいぶかけ離れているが、ただ少なくとも唯斗が反対できることではない。ここは黙っておくのが得策だろう。
「って、そんなことはどうでもいいでしょ。兎に角、あと一週間以内に新しい飼主を探すことになったの」
「それはかなり急だな」
「まぁでも、こっちは住まわせてもらっているわけだし」
「それで俺か?」
「そうよ」
唯斗の家は一軒家で決して犬は飼えなくもない。だが世話をするのが大変だというし、あまり気乗りはしなかった。
「やっぱり無理だな」
「……そう、なら他をあたってみるだけね」
「俺も手伝うか?」
「うんん、そこまで迷惑はかけられないし」
「いや、ここまで来たら一緒だろ。それに時間も限られてるんだ。飼い主を探すなら人数は多い方がいいんじゃないか?」
杠葉は少し考え込む様子を見せたが、納得してくれたのかそれを承諾した。
「とりあえず、俺も知り合いを当たってみるよ」
「お願い、私もできるだけ探してみるけど……ただ、あんまり乗り気な人はいないでしょうね」
一口に飼い主を探すと言ってもその相手が信頼に足る人物でないとダメだ。いっそのこと貼り紙で飼い主を募集する案も考えたがそれも厳しいだろう。そうなってくると、相手はかなり狭くなってくるな。
「とりあえず今日の放課後にでも、結果報告をしたいんだがいけそうか?」
「それは厳しいかも。放課後はバイトが入ってるから……メールでもいい?」
「わかった」
唯斗は杠葉と連絡先を交換するとそのまま解散することに。期限は多く見積もっても一週間。これはかなり大変なことになりそうだな。
*
「なぁ、戸野塚。俺たち友達だよな?」
五限目終了後の休み時間。唯斗は戸野塚の席近くまでいくと圧をかけつつ戸野塚に尋ねる。その今にも面倒ごとを持ち込むと言わんばかりの流れに戸野塚は眉根を潜める。
「なんだその胡散臭いノリは……」
だが、ここで易々と引くわけにはいかない。
「友達だよな?」
「…………おう、そうだな」
「ならお願いしたい事があるんだが、犬を飼ってくれないか?」
「いや、無理だけど」
だが、唯斗の切実なお願いは戸野塚にあっさりと断られる。どうやら『私たち、友達だよね?』作戦は失敗に終わったようだ。多少強引な気もしたが。
「それで、どうして唐突にそんな流れになったんだ?」
呆れた様子で聞いてくる戸野塚。取り立てて隠すことでもないので事情を打ち明けることにした。
「へぇ、それで犬を引き取ってくれる人を探しているわけね」
「杠葉ってのは、絢瀬さんと同じBクラスのやつだよな? 近寄りがたい雰囲気だが間違い無く美人の部類に入るだろう。唯斗、お前なかなかやるな」
どこか陽気な調子で会話に混ざってきたのは山下と小南だ。忘れているとは思うが、以前にも登場している。山下はゴリゴリの体育会系で小南は女子に人気の童顔イケメンといった感じだ。
「なぁ唯斗、こいつらにも訊いてみたらどうだ? 多分断られると思うけど」
「そうだな。……お前ら、犬を飼う気はないか?」
「ないな」
「ないね」
「即答かよ」
戸野塚がほらな? とどこか誇らしげなのは置いておき、やはり飼い主探しは難航した。その後もクラスメイトの数人や帷子に聞いてみたが、家の都合や世話の大変さもあってか連戦連敗だった。
頼みの綱は宮野くらいだが、
「……うちも厳しいね」
「やっぱりか」
「すまない、母が犬アレルギーなんだ。そうじゃなければ力に慣れたかもしれないけど」
帰りの電車の中で機を見計らって尋ねてみたが、いくら宮野でもダメらしい。つり革にぶらんと手を乗せると、肩をがくりと落とす。
「唯斗さえよければ、僕もその飼い主探しを手伝おうかい?」
「そうだな、宮野は友達が多いだろうしそうしてくれると助かる」
「お安い御用だよ」
こういう時に文句一つ言わずに手伝ってくれるこいつはやはり頼りになる。
「あ、そうだ。茉莉会長に相談してみるのはどうかな?」
「茉莉会長にか?」
「うん、あの人なら俺よりも知人の幅が広いからね。先輩たちにも顔が効くはずだよ」
「なるほどな……」
あの人に任せれば何とかなる。出会って数日だが、茉莉会長にはそう思わせてしまうほどの魔力があった。絢瀬の件でもお世話になったが確かにこの提案は悪くない。
「わかった、なら会長には俺からお願いしていいか?」
「別にいいけど……うん。いいよ」
宮野に頼めば上手くやってくれるだろうが任せっぱなしというわけにもいかない。それに唯斗には茉莉会長に訊きたいこともあった。
「じゃあな」
「うん、また明日ね」
宮野と別れると唯斗はスマホを開いて杠葉にメッセージを送る。
『今日のところは成果はないが、明日は別の可能性を検討しようと思う。そっちは見つかったか?』
少し事務的な印象は拭えないが、こんな感じでいいだろう。
ただ、茉莉会長に接触することはなるべく伏せておくことにした。然しもの会長といえど、あくまで見込みの域を出ないので空振りに終わることも考えられる。それに、絢瀬の件では杠葉の嘆願を断ったため思うところはあるかもしれない。
杠葉からの返事はその数時間後に返ってきた。杠葉ならすぐに返信を返しそうなものだが、バイト中だったためだ。ただ、彼女も唯斗と同様にあまり良い返事はもらえなかったという。やはり一日で探し出すのは無理があったのだろうか。
そんなわけで、飼い主探し一日目は特に成果もなく終わりを迎えた。




