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Period,8-1 杠葉宅と腑に落ちないこと

「それで、ここから杠葉の家はどのくらいなんだ?」


 公園から歩き始めて大体五分くらいが経過していた。その間、数名の生徒とすれ違ったが知り合いがいなくて助かった。さすがに杠葉と犬を運びながら相合傘をしているところを見られると厄介だ。


「ここよ」

「……おいおい、ここが杠葉の家か」

「そうだけど、なに……?」


 杠葉に案内されるがままにやってきたところは木造建築のアパートだった。冗談かとも思ったがどうやらマジらしい。とりあえず今の状況を整理するが、やはり突っ込みどころしかない。


「ああ、なるほど。一人暮らしか」

「いや、家族四人で暮らしてるけど」

「……なるほどな」

「何よその目は……不憫に感じてるの? 確かに外装は……ちょっとアレだけど、室内は結構ちゃんとしてるから」

「決してそういうわけではないが、少し驚いただけだ」


 杠葉は怪訝な顔でこちらを覗き込むがどうやら顔に出ていたらしい。唯斗の言いたいことを先読みしてフォローを入れる。


「いいから早く入っちゃって」


 杠葉はノブに手をかけて扉を開けると、唯斗の背中を押す。それぞれ理由があったとはいえ、女子の家に入るのはこれで三度目になるな。


 杠葉は靴を脱いで靴下になると、唯斗の方を振り返り言い放つ。


「ま、ペットを飼うのは禁止だけど保護するだけならあの大家も許してくれるでしょ」

「……やっぱりか」


 このアパートを見たときから怪しんでいたが、どうやらペットは禁止らしい。バレたらどうなるかはあまり考えたくない。だが、そこまでして犬を助ける杠葉はやはり親切なのだろう。


「そんなところに立ってないで、早く上がりなさいよ」

「いや、俺はもう帰りたいんだが」

「何よ。まだお礼のひとつも言えてないんだから少しくらい、いいじゃない」


 玄関の前で段ボールを抱えて立ち尽くしていると杠葉が催促する。ただ運んだお礼がしたいということなので、甘んじて受けることにした。


       *


「ほら、もう大丈夫よ」


 杠葉が仔犬についた水滴をタオルで拭うと仔犬は「くぅん」と鳴く。数分前まではグロッキーで大人しかったが元気を取り戻したようだ。毛先が倒れていて判断がつかなかったが、おそらく犬種はチワワだ。


 杠葉の言うようにあのまま外にいたら、衰弱死していたかもしれない。


 家の間取りは六畳と四畳半の和室が一つずつに加えて、ダイニングキッチンが付いていて思ったよりも広かった。杠葉曰く「角部屋だから」というらしい。


 現在二人と一匹がいるのは六畳の和室で、もう一つの和室には兄弟達含めた各々の勉強机などがあるらしい。


「……犬って魚肉ソーセージを食べるかしら。んー、あ、でもチワワだからちくわの方がいいのかも」


 冷蔵庫から一本のソーセージを取り出して犬にあげようとする杠葉。魚肉ソーセージとちくわを並べて見比べる様子はなんとも愛らしい。


「どっちも塩分が多いからやめておいた方がいいかもな」

「そうなの?」

「冷蔵庫の中身を借りていいか?」

「別にいいけど、料理なんてできるの?」

「まぁな」


 犬用のご飯を作るのは初めての試みだが、ネットを使えばそれなりのものはできる。冷蔵庫にはしめじとパプリカ、それと少量のご飯がタッパーに入っていた。消化のことも考えて、リゾットを作ることにした。


 杠葉の冷蔵庫は調理器具が揃っていたため、調理はすんなりと進んだ。おそらく毎日自炊をしているのだろう。帷子の家はどこか味気ない感じだったが、対して杠葉の家は家庭的だ。


「ほら、できたぞ。本当はチーズでも加えたらいいんだろうが、今はやめといた方がいいかもな」

「驚いた、あんた料理できるのね」

「自炊にハマってた時期があるからな」


 いや、今はそんなことはどうでもいい。


 唯斗は適当なお皿に盛り付けて仔犬にそれを与える。初めは警戒して食器の周りを回っていたがそれに恐る恐る口をつけるが、相当に疲れが溜まっていたのだろう。それを食べるとその場で眠りについた。


「さてと、仔犬もなんとかなったことだし、本題に入りましょうか」

「本題?」

「ねぇ一ノ瀬唯斗、そこに正座してくれない?」


 杠葉はそれを見守ると静かに立ち上がり唯斗に向き直る。『そこ』というのは押し入れの襖前だろう。唯斗は玄関先で杠葉がお礼がしたいと言っていたことを思い出す。だが、そこまで改まる必要があるのだろうか。


「いや、俺はそろそろ帰りたいんだけど……」

「ああ、もううざったい。い・い・か・ら、早くッ!!!」


 その時の杠葉の気迫は中々のもので、それに圧倒されつつ唯斗は正座した。果たしてこれから何が始まるのだろうか。杠葉は目にも止まらない速さで後ろに手を組まされた手を縄で縛りあげる。


「さてと……」


 そして、気づけば見知らぬ天井が唯斗の視界を埋め尽くしていた。まるで理解の追いつかない状況だが、倒された感覚から事態を把握する。————ってこのパターンは以前(Period,2-2)にも……。


「んんんっんん!?!?」

「一ノ瀬唯斗。————断罪の時間よ、全て白状してもらいましょうか」

「ひィッ!!!!」


 唯斗を押し倒すと、どこから持ち出したか分からない木刀を構える。その勢いはまるで新撰組の近藤勇を想起させるほどだ。お礼はどこに行ったのやら。


「……ゆ、杠葉? なんの話をしているかさっぱりなんだけど」

「訊きたいことは二つ。まず最初は端島美桜のことよ」


 端島美桜。君ヶ咲学園の二年生で絢瀬の誹謗中傷の噂を流した人物だ。あの一件では放送前日に噂を終息させるために接触した。おそらく杠葉の知りたいことは、彼女が杠葉に感謝をしていた部分だろう。


「あの人が私に感謝していた理由。前に聞きそびれたから、今度はちゃんと吐いてもらうから」

「ちょっと待て、俺の前に本人には訊いたのか?」

「それは……別にいいでしょ」


 この調子ではあれ以来、本人と話してすらないだろう。だが、杠葉の性格を考えるとそれも頷ける。バツが悪いということもあるのだろう。


「それで、どういうことなの?」


 あの時は隠してしまったが、ここで変に誤魔化しても納得はしないはずだ。だったら全てを打ち明けて解放された方がいい。


「分かった。話すよ。実は……」


 唯斗はそこから数分程度で大まかな概要を語った。絢瀬の誹謗中傷の噂を止めるために茉莉会長が動いていたこと。その協力者として、唯斗を利用しようと考えていたこと。あの放送の真の目的に唯斗が端島先輩に接触した経緯。


 ただ杠葉のプライドもあるので校舎裏の映像が証拠として、久保先輩に盗撮されていたことは伝えなかった。


「一応は辻褄が合うわね……だけど、一番の謎はどうしてあなたが端島先輩に接触したかよね」


 概ね理解した杠葉が顎に手を当てて呟いた。


「そんなにおかしいか?」

「私も生徒会室に押し入った日のことをあれから考えてみたわけ。だけど、茉莉会長が犯人の情報すら尋ねずに追い返すのは少し腑に落ちないのよ」

「どうしてだ?」

「確かに余計な情報は混乱を招くだけかもしれない。だけど、手がかりがなにもない状態ならどんな情報でも貴重なはず。それをわざわざ放棄するなんて、まるで犯人が誰かをすでに突き止めていたみたいじゃない」

「まぁ、そうなるだろうな」


 どうやら杠葉もそのことには気付いていたようだ。


「それにさっきの話で言えば実際に茉莉会長は動いていたみたいだし。なら、あなたはそれを承知で、秘密裏に裏で私にも伝えずに端島先輩と接触したわけ?」


 どうやら、隠していたことを根に持っているらしい。


「……さっきも言ったはずだ。学校側による制裁でも茉莉会長の脅迫でも端島美桜は救われない」

「それはそうでしょうね。どちらの方法も受動でしかなく、先輩の意思が尊重されるものではない。それくらいは私にでもわかる。だけど、それならあなたの行動はそれを理解した上で、端島先輩の人間性に賭けたということになるけど」

「そこまで大したものじゃない。ただの勘だ」


 話を進めるうちに分かったことだが、杠葉はやはり普通の人よりも思考力に優れている。だからこそ今の状況があるとも言えるが。


「……まぁ、いいわ。それは個人的に私が知りたかったことだから」

「そうか、ならこの拘束を解い……」

「質問二つ目」


 そういえば、最初に訊きたいことは二つと言っていたな。


「あの時は絢瀬さんのことで頭がいっぱいだったけど、よくよく考えたらあなたも私の中学のことを知ったわけよね」

「それは杠葉が虐められていたってことか?」

「……そうよ。それを誰かに言いふらしたりは?」


 校舎裏の一件。あの時、杠葉の中学の先輩がその場にいたため中学で虐めにあっていた事が露呈した。明らかなる弱点。それをよりにもよって噂を流した本人に知られたわけだ。そのため、先輩達の動向を警戒する必要があった。


「誰にもいうつもりはない」

「そう。まぁ、もし言いふらしたら私にも対策があるからいいけど」

「……対策?」


 さっきのこともそうだが杠葉は頭が切れる。対策はいろいろと考えられるが唯斗の予想を上回ることもあり得る。


「そう。この日のために準備してたんだから。それはね、これよっ!!」


 杠葉が鞄の内ポケットから取り出したのは一枚の写真だ。そこには畳の上で拘束され目隠しをつけられた杠葉が写っていた。写真の麻布はおそらく唯斗を縛っているものだろう。少しだが制服もはだけていて妙な生々しさがある。


「…………これはお前か?」

「そうよ、あんたに監禁されたって触れ回るわ」

「冤罪だ」

「世間はどう思うかしら?」


 写真自体は誰の目から見ても嘘だと分かる。ただ、面倒ごとになることは避けられないのも確かだ。また変な噂が広まれば、前のように注目されることもあり得る。特に宮野あたりはその状況を楽しんでそうだが。


 結論、いい意味でも悪い意味でもそれは唯斗の予想を裏切る展開となった。それにしても、杠葉は家でこんなことをしてるのか……。


「動揺してるようね」


 杠葉の行動力には動揺が隠せない。ただ、一つだけ確かな事が判明した。


「お前って、天然なのか?」

「……なによ、馬鹿にしてるの」

「いや別に……」


 木刀や麻布で縛る発想もそうだが、どこか勢い任せな部分も多い。さっきまでは、杠葉を高く評価していたがこれは見直す必要があるかもしれない。

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