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Period,7-4 勉強の成果と迷える仔犬

 絢瀬たちとの勉強会から数日が経過して、一学期の中間テストを迎えた。どの教科も手応えがあるわけではないが、平均点より少し上くらいは取れただろう。今日がその答案返却日だ。順位は学年の生徒のうち上位の五十名のみが貼り出されることになっており、その結果は昇降口前で確認ができる。


「おはよう、唯斗くん。テストはどうだった?」


 玄関口で靴を履き替えている唯斗と挨拶を交わすのは帷子だ。早朝からの小雨で靴や鞄が湿っている。


「ちゃんと勉強はしたが、手応えはないな。まぁ、周りの頭いいからそれも当然だけど」

「確かにね。私も全然勉強に集中できなくてあんまりかも」

「そういえば、家族旅行に行ってたんだっけか」

「あ……うん、鎌倉に行ってきたんだ。ごめんね、お土産買って来れなくて」

「そんなこと、気にしなくていいよ」


 鎌倉の名所だと鎌倉大仏と鶴岡八幡宮が有名どころだ。


「上位成績者の張り出しってあれのことか?」


 昇降口を抜けると何やら人溜まりを見つける。その生徒群の目先には『中間テスト 成績優秀者』という張り紙がされていた。唯斗たちもその集団にまじりテストの順位を確認する。


「あっ、宮野くんの名前、一番上にあるね」

「……五科目の合計が498点って、どんな手を使ったら取れるんだよ」


 思わず宮野への驚嘆の声が漏れる。掲示板の周りには大勢の生徒が集まっていたが結果に一喜一憂している様子が見られた。


「絢瀬さんすごいね!! 二位だよ!!」

「ねぇねぇ、今度勉強教えてよ!!」

「一日どれくらい勉強してるの?」


 少し辺りを見渡すと、張り紙を見つめる生徒の中で絢瀬の姿を見つけた。いつも通り学年問わず大衆に囲まれている。結論から言えば、絢瀬は宮野に続いて結果は二位だった。だが、合計は486点と宮野に10点以上も離されている。


 惜しくも敗れたというべきか。しかしその数点の差は思ったよりも大きい。


「うーん、予習と復習は欠かさないかな。授業前に範囲を勉強するだけでも、理解度が上がるから」

「え、そうなの!? 今度やってみよ〜」

「やっぱ、絢瀬さんはすごいね」


 食堂でもそうだが、絢瀬は宮野のことを意識していた。そんな絢瀬にとって、今回の結果は満足のいくものではないのだろう。表面上では喜んでいるがその表情はどこか強張っていた。


「ああ、流石は我々の女神だ」

「文武両道に加えて最強の美少女とか非の打ちどころがねぇだろ!!」

「いやそれだけじゃねぇ、絢瀬さんからはいい香りもするしな」


 最後のは香水を使っているだけだ。


 だがこの学園では宮野と絢瀬はずば抜けて優れているのも事実である。三位以下の生徒に大差をつけて並んでいることからもそう言えるはずだ。


「ところで、帷子は何位だったんだ?」

「……三十六かな。唯斗くんは?」

「四十八位でなんとか持ち堪えた感じだ。しっかりと勉強したはずなんだけど、これは先が思いやられるな」


 そうは言うものの点数自体は上位の三割に属している。予想よりも出来が良かったのだろう。


 自分の順位を確認するついでに用紙全体を一瞥すると、見知った顔をちらほら見つけた。山下凪沙が二十九位で戸野塚が四十二位、それと意外なことに杠葉香琳が十五位だ。ギャルのような風貌だが、見かけによらないな。


「柏木は……やっぱりないか」


 最後の勉強会メンバーである柏木友香の名前を探すがすぐに断念する。どうやら、五十位以下の順位は張り出されていないようだ。テスト数日前の時点で壊滅的だったため、結果が振るわなかったのだろう。


「ここにいるのも邪魔になるし、そろそろ教室行くか」

「うん、そうだね」


 朝の登校ラッシュもピークに差し掛かり、人も増え始めてきた。唯斗たちはそれを避けるように教室へと足を運ばせた。


        *


 その日の放課後。夕方になっても雨が降り続けていて、どこか陰鬱な空模様が続いていた。テストの結果は張り出されていたが、なかなかなものだった。初めのテストということもあり勉強したことが功を奏したようだ。


「俺はそろそろ帰るけど、今日も生徒会か?」

「すまない、明日までに部費の整理をしておきたいんだ」

「気にするな」


 最近は帷子や戸野塚たちと帰っているため、一人というわけでもない。へこたれずに戸野塚たちにも声をかけてみる。


「なぁ、お前ら。今日も一緒に帰るか?」

「すまん、今日は部活だわ」

「悪りぃな、唯斗。新人戦が近くて今日から練習のスケジュールが毎日になったんだ」

「ああ、みんな。サッカー部だっけか。怪我には気を付けろよ」

「おうっ!!」

「じゃあな、唯斗」


 学校生活も本格化し始めているため、どこも忙しい時期なのだろう。


 君ヶ咲学園にはいくつかの部活動があるがそれに所属することに義務はない。だが、クラスの大半の生徒は何かしらの諸活動に参加しているようだった。


「帷子はすぐに帰るか?」

「えっと、学級委員で集まりがあるから今日はちょっと……」

「終わるまで待ってることもできるけど」

「……ダメだよ、私がそれは申し訳ないから」

「そうか、なら先に帰らせてもらうな」

「うん、また明日ね」


 唯斗の持ちうる全ての人脈に当たってみたがどれも空振りに終わる。最終的にはぼっちで下校することを決めたわけだが、一人で帰るのは入学以来初めてのことかもしれない。


 下駄箱で靴を履き替えて傘を手に持つと軒先から空を見上げる。教室でも確認したが空はどんよりとしていて小雨が降っていた。唯斗は傘をさすと少し早足で駅へと歩き始める。


 君ヶ咲学園から駅は七分弱くらいの道のりで、その途中には商店街や住宅街、公園などがある。なんの変哲もない通学路だ。だが、今日は坂道を下って商店街を抜けた先にある公園の木の下で蹲る人影を視界に捉えた。


 身に纏う制服はうちの学校のもので間違いない。だが、顔や風貌は傘をさしているため確認できなかった。普段なら無視をしていただろうが、唯斗にはその生徒に心当たりがあった。


「……テディベアのキーホルダー」


 彼女の鞄のポケットからはみ出していたのはクマのキーホルダー。それは唯斗が数日前に探すのを手伝ったものと合致していた。市販品のため断定するための根拠としては不足するがこの状況を無視して帰るのも後味が悪い。 


「こんなところで何してんだ?」

「ひッ!? ……って、一ノ瀬唯斗……」

「やっぱり杠葉だったか」


 公園の木陰で蹲っていた少女は唯斗の予想通り杠葉香琳だった。喫驚の声を上げて立ち上がると唯斗のことを睨みつけた。


 彼女とは以前に絢瀬の犯人探しをしていたが、そこからの接触はない。たまに食堂でギャル友達とご飯を食べるところは目撃していたが。


「なんであんたがここにいるわけ?」

「いや、駅はこっちなんだが」

「あ、それもそっか」

「お前こそこんなところで何してるんだ?」

「家がこっちなの。だけどその帰りにちょっと気になるものを見つけたから」


 杠葉は元いた位置から一歩下がると、唯斗の視線をある一点に誘導する。そこには張り紙付きの段ボールが置かれておりその中には子犬が入っていた。犬が濡れないための措置として傘も一緒だ。


「一応訊くが杠葉が捨てたわけじゃ……」

「そんなわけないでしょ。私が見つけたのに、どうして私が犯人なのよ」

「冗談だ」


 段ボールにはご丁寧に『拾ってください』と書かれた紙が貼られていた。つまり捨て犬で間違いないだろう。どういう事情であれ、飼えなくなった人間がここに捨てたことになる。


「ねぇ、一ノ瀬唯斗。あんたの家ってペット飼えたりだったりする?」

「いや無理だ」

「即答って……もしかしてアパートなの? 管理人が騒音に厳しくてペットを飼うだけで退去させられるくらい」

「いいや、そんなこともないけど」

「まぁいいや、あんたが飼えないっていうならそれはそれで」


 鞄を背負い直して再び腰を落とすと、杠葉は仔犬の頭を優しく撫でる。


「もしかして、杠葉が飼うのか?」

「そうするしかないでしょ、家はここから近いし。それとも、雨が降ってるのにこれ以上ここに放っておくってこと?」

「いや、確かにこれは見逃せないけど」


 このまま放置して帰るのかと思ったが、やはり杠葉はどこか優しい。絢瀬の件もそうだが、正義感があるのだろうか。


「あ、でもお母さんが許してくれるかな?」

「それは状況を説明すれば折れてくれるんじゃないか?」

「……そうよね、それにちょうど運んでくれそうな人も見つかったし」


 運んでくれそうな人とは唯斗のことを指している……としか考えられないが。


「傘には私が入れてあげるから、あんたは段ボールを運んでもらえる?」

「…………仕方ないな」


 唯斗は自分の傘を畳むとそれを杠葉に預けて段ボールを抱える。見た目ほど重くはないが、それでも杠葉に運ばせるには忍びない。乗り掛かった船という言葉もある。ここまで来たなら杠葉の家に運ぶくらいはするべきだろう。


「ん、それじゃあ早く入って?」

「……おう」


 それと忘れていたが、この状態は相合傘というやつだ。実際に試してみるとその距離の近さに多少なりとも動揺する。杠葉の傘の方が広かったためそこにお邪魔させてもらってる状態だ。


「そんな遠いと、犬が濡れるでしょ」


 念のためと距離を置く唯斗を見かねてか、杠葉がため息まじりに指摘する。


「わかった、少しそっち寄るぞ」

「うん」


 唯斗は一呼吸おくと、これも仔犬を安全に送り届けるための役目だと気を引き締め直す。ちなみに、杠葉の隣はほんの少し甘い香りがした。

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