Period,1-0 一ノ瀬唯斗:独白
人には、幾つの人格が存在するだろうか。
俺の —— 一ノ瀬唯斗の物語が語られる前に少し考えてもらいたい。おそらくこの問いに対して、大抵の人が一つと答えるだろう。当たり前だ。人格が二つ存在するのなら、それは二重人格に分類され、あまりに非凡で、明らかに普通じゃない。しかし、これならどうだろう。
人は、友達や教師、両親を前に幾つの自分を使い分けているだろうか。
こうなってくると話は変わる。大半の人間は、自らを一つのものとして捉えていて、だれに対しても一人の自分をみせていると考えている。だが実際、そんなことはない。
相手の立場、性格、見た目などに合わせてそれを器用に変化させて社会に順応しているのではないか。少なくとも俺はそう考えている。
一ノ瀬唯斗。私立君ヶ咲学園一年生。頭の出来の良さは親譲りか、決して悪い方ではなかった。二百人ほどが在籍していた中学では、学年で三十位以内をキープしていたのだから、むしろ、いいのではないだろうか。
ただそれも、偏差値60の君ヶ咲学園内でみれば、平均以下くらい。標準的な体型で運動能力は低くないが、スポーツの神様に嫌われているようで、体育の成績はいつも低かった。全体としては平均よりも少しばかり優れているものの、それ以外に変わった個性があるわけではない。家庭環境が荒れたこともなく、友達も数十人ほどいる。
そんな、人物。多少ステータスが平均以上でも、全国の男子高校生で見れば、その数は万を超える。つまり、平凡だ。そんな平凡な俺ですら、いくつもの自分を持っている。家族、友人、教師、可愛い女の子に対してもそうだ。
社会で言えば、仕事の上司、同僚、部下なんかが挙げられる。彼らを前にしたときに私たちは平等に接することができるだろうか。上司にはヘコヘコと媚び諂わず、同僚のだれに対しても一人の自分をふるまい、部下にもカッコいい自分を演じようとせずに生きていられるか。否。おおよそ大半がこれに該当しているはずだ。
好きな人を例にするとわかりやすい。意中の相手を目の前にして、人は自分のことを少しでもよく見せようと背伸びをする。極めて普通な生理的反応だ。つまり、その人のことを『好きか』『嫌いか』で振る舞いは変化する。
別々の自分を偽り、それを気づかずにいる。気にすることもない当たり前な
変化だからだ。だからこそいちいち考えたりはしない。しかし心のどこかでは、本当の自分を受け入れて欲しい。本来あるべき自分を認めて欲しい。
そんな考えが人間の根底に存在することも紛れもなく事実だ。
人間にはそれぞれ『したいこと』や『やりたいこと』があり、そういった自分の求める自分を曝け出したいと考えている。ただそれ以上に恐れる。本当の自分が『拒絶』されてしまうことを。
認められたいと願うから、
認めたくないと思うから、
あるべき姿で振る舞わなければならないから、
本当の自分を知って欲しくないから、
偽った自分を演じているわけである。
突飛な話に聞こえるかもしれないが、だれもが一度は経験のある普通なことだ。だからこそこれから語られるのは普通の御話だ。
単なる青春ラブコメ。自分自身を偽っている二面性のあるヒロインたちと——
———— 一ノ瀬唯斗の物語である。