Period,6-4 絢瀬夏希:友達
「お疲れ様でーす」
放送が終わると音響ルームの方から来た数名の生徒から激励の言葉をもらう。
しかし、そう悠長に構えるわけにもいかない。生徒達は素早く、片付けを終えると鍵を閉め食堂へと歩き始めた。放送委員は昼食を食べる時間が十分に取れないため、急ぐ気持ちもわかる。
「一ノ瀬唯斗くん、少しだけ来てもらってもいいですか?」
江本先輩に誘われて、唯斗もその一団に混ざり放送室を後にしようとしたが、嘉之先輩によって止められた。
「あっ、二人で密談? ねぇねぇ、なに話すの?」
「大した話じゃないですよ」
「ふぅん? ま、いいけど。授業始まるから急いでね」
江本先輩はそう言うと、他の委員のところへと駆け寄っていく。嘉之先輩の話はおそらくはさっきの件についてだろう。唯斗も承諾する。
「少し場所を変えましょうか」
そこから二人は先輩の提案で、自動販売機のあるちょっとした休憩スペースへと足を進めた。口にはしていないが、喉を枯らしていることへの配慮だろう。
「ジュースにしますか?」
自販機にお金を入れた嘉之先輩が、笑顔で尋ねた。
「水でお願いします……」
ボタンを押すと、がらん、という音を立てながら水入りの容器が落ちる。嘉之先輩はそれを取り出すと、絢瀬から渡されたイアホンとともに手渡した。
「それとこれを。先ほどは手荒なことをしてしまって、すみません」
「いえ、大丈夫です」
「こっちにも色々と事情がありましてね……」
嘉之先輩はどこか遠くを見つめるように視線を外した。
「もしかして、茉莉会長の命令ですか?」
「そうだけど、よくわかったね」
「ただの勘です」
嘉之先輩は壁に寄りかかりながら、頭をコツンとつけて天井を見上げる。その手には先輩が購入したブラックの缶コーヒーが握られていた。
「まったく、姉さんにはまいったもんだよ」
口調が急に砕けた感じになってその豹変ぶりに違和感を覚えた。
「ああ。ごめんごめん、こっちが素だよ。あの口調はあくまでもゲストに接する時であって、今は君を一人の生徒として話しているからね」
「そうですか」
嘉之先輩はきょとんとした唯斗にすぐに気づき、フォローを入れる。自販機のこともそうだが、気遣いや洞察力に長けている。
「ところで、今日の放送。君にとって有意義だったかい?」
「どうでしょう」
曖昧な返事で誤魔化すものの、唯斗には少しだけ心当たりがあった。
「実際、僕もあの意味がわかってないんだよね。あれも、会長の指示だからさ」
「なにを考えているか分からない人ですからね」
放送中にちらりと見せたあの冷たい表情に比べ、今の嘉之先輩は落ち着いていてとても打ち解けやすい雰囲気がある。演技派だ。
「一つだけ、茉莉会長にお願いを頼めますか?」
「いいよ。なんて伝えればいい?」
「そうですね……」
あえて考える仕草をしながら数秒ほどの間を置く、唯斗。これはある種の賭けみたいなものだが、それでもする価値はあると判断した。
「あの日、校舎裏で撮影された証拠の動画」
校舎裏と動画。
そのワードがてた途端、嘉之先輩のまゆがピクリと反応するのが分かった。
「茉莉会長には、それを削除してほしいと伝えてください。脅迫用で使うのであればもう必要なくなったので、とも」
嘉之先輩は顎に手を当ててしばらく考えると、顔を上げて答える。
「……うむ、なるほど。分かったよ。伝えておく」
「そうですか。ありがとうございます」
「噂の件。あなたにも、迷惑をかけましたからね」
なんとも奥ゆかしい微笑みを浮かべる嘉之先輩。唯斗はC組でお昼を済ませることを伝えて、その場から離れた。
唯斗が教室までの道程で、絢瀬からのメッセージが来ていることに気がつく。
『放課後。屋上。来て』
名詞と動詞だけで構成された淡白なメールに思わず苦笑いが溢れる。実に絢瀬らしい文章だと思った。
*
そして、放課後。
唯斗は絢瀬から呼び出しを受けて、屋上で待ち合わせをしていた。立ち入り禁止だが、これで二度目。罪悪感は……あまりない。
扉を開けてあたりを見渡してみても、絢瀬の姿は見えない。唯斗はフェンスに凭れ掛かると流れる雲に視線を委ねた。
放送室以後も、あの不可解な感覚は続いていた。これまでの唯斗ならたとえ二度目であろうと屋上に立ち入るのは躊躇した。しかし、今日はそれを感じることもなかった。
一ノ瀬唯斗を信じて。
まるで自分という人間が生まれ変わったような体感があった。足元から冷たく這い上がるなにかが唯斗の心臓を優しく握る。
「なに黄昏てんの、一ノ瀬くん」
背後からの罵倒が唯斗の鼓膜を揺らす。振り返るとそこには長い金髪の美少女が唯斗を訝しげな目で見つめている。この前とは立ち位置が逆だ。
「絢瀬、どうして呼び出したんだ? もしかして、反省会か?」
「違う。訊きたいことがあっただけ」
淡白な返事を返す絢瀬だが、その言葉にいつものキレが感じられない。
「あの時、どうして私の本性を明かさなかったの?」
なんとなく、聞かれそうな気がしていたので予め用意していた答えを伝えることにした。
「理由は二つある。一つ目に、あの場でもし俺が絢瀬の本性を暴露したとして、多分誰も信じてくれないはずだ」
「けど、私に対しての仕返しにはなる。少しでも絢瀬ブランドを汚すことだってできたかもしれない」
「そんなことに興味はねぇよ」
やはり絢瀬は自分が完璧であることにこだわっている。絢瀬からしたらそれを邪魔する人間は敵に見えるのだろう。
「それともう一つ。絢瀬、屋上でお前が訊いた謎の質問を覚えているか?」
「……まぁ」
『一ノ瀬くんがどうして、そこまで私に干渉するのか理解ができない。
絢瀬夏希の本性を知る君が、私の事情に介入するのはどうして?』
数日前、この場所で答えを出すことの出来なかった質問。しかし今ならその理由がわかる。食堂で宮野が指摘した唯斗が絢瀬のことを真剣に考えているという事実。その理由は考えるまでもなく簡単で、身近なところにあった。校舎裏の清掃中、似たようなことを訊かれた時に杠葉に返したものと同じだ。
「……絢瀬。俺はお前に興味がある」
「っ……」
そう、好奇心。あの時、唯斗は絢瀬のことを知りたいと思っていた。しかし、それを最初から分かっていたはずなのに絢瀬を例外視していた。表絢瀬と裏絢瀬。そのギャップに囚われていて、最も単純な事実に気付いてやれなかった。
唯斗の言葉に絢瀬にしては珍しく、喫驚するような声をあげる。
「……ふざけないで」
「本音だ。ずっと考えていた。この学校にいる他の生徒と絢瀬夏希の違いはなんだろうって。けど、そこに違いなんてなかった」
唯斗は絢瀬の方に向き直ると、言葉を続ける。
「お前がどうして、そこまで完璧にこだわっているのかは分からない。けど、表向きを取り繕っていようと、やっぱり絢瀬は絢瀬だと思う。だからこそ俺はあの時、お前のことを知りたいと思った」
それは以前、返すことの出来なかった唯斗の答え。
「だからさ、絢瀬。俺から一つ提案がある」
「…………なに?」
突然の発言に胡乱な視線で返す、絢瀬。
公園で話した時から、気付いていた唯斗の本心。
それを今、伝えることにした。
唯斗は絢瀬の瞳をしっかりと捉えると、右手を絢瀬に突き出す。
「こういうの普通はお願いするもんじゃないんだけど、俺と友達にならないか?」
「……っ」
「俺は絢瀬夏希の本性を知っている。だけど、お前とだっていい友達になれるってそう思ってる。それが俺がお前に関わる理由だ」
絢瀬を取り囲む女子は、絢瀬のことをアクセサリー程度にしか思っていない。たとえ、彼女たちがそう思っていなくとも絢瀬はそう感じている。だからこそ、この言葉は絢瀬がずっと求めていたもの。
それはここ数日の絢瀬を見ていれば、唯斗でも気づく。
「お前、泣いて……」
その時、絢瀬の左目から涙がスッと零れ落ちるのがわかった。
「そんな、わけない……」
「でも」
「うっさい」
強がってみせる絢瀬だったが、その声もどこか霞んでいて。
絢瀬は唯斗に背を向けると空を見上げて、数秒間くらい考え込む。
そして、
「わかった。————友達になってあげる」
絢瀬はくるりと振り向くと唯斗の差し出す手を握った。
「はい、これでいい?」
「ああ」
ぶっきらぼうに告げる絢瀬だが、そこに最初の頃のような刺はない。
絢瀬の瞳も唯斗を見つめている。
夕陽に照らされて、綺麗に潤む絢瀬の瞳。
心なしかこれまでの表情よりも軽く絢瀬本来の表情を見れたような気がした。
「……ところで『友達になってあげる』ってのは、上から目線がすぎると思うんだが」
「いいでしょ。目線だけじゃなくて立場も上だから、一般生徒の一ノ瀬くん」
「それは否めないが、友達になったら対等じゃないのか?」
「そ、それは…………うん、わかった。対等ね」
「なぜそこで、不服そうな顔をする……」
唯斗は確かに絢瀬という人物に興味があって、少なからず好意を抱いている。それは宮野のように話しやすく、自分と似たものも感じているからで。だからこそ、こいつとはいい友達になれる予感があった。それは伝えた通り。本心だ。
けれど、
けれどそれか————それ以上に俺は、
この提案が少しでも彼女の救いになればいいと思っていた。
次回、第一章最終話です。
『Period,6-5 Epilogue. 暗躍①』
明日公開できればいいと考えていますが、
もしかすると明後日になるかもしれないです。
今後とも、よろしくお願いします。
速水雄二




