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Period,6-2 噂の収拾方法と実力

 さっきまでの静寂な空間はそこにはなく、唯斗の耳にも他の生徒の声が届くようになっている。騒つく放送室でその視線は一ノ瀬唯斗、一人に集まっていた。


「一ノ瀬さん、休憩挟みますか?」


 江本先輩が背中に手を当てながら、優しく声をかける。しかし、そんなことをしている時間もないだろう。


「大丈夫です。それよりも、放送の方はどうですか?」

「今は、機材トラブルってことで処理してる。けれど、あんまり長くは持たないかもしれないな」

「久保くん、そんな言い方は……」


 少し乱暴な言い方なのかもしれないが、今の唯斗にはむしろその方がありがたかった。


「大丈夫です。嘉之先輩は事実を伝えただけですから」

「ほんとに平気?」

「はい、それより放送を再開してください」

「わ、分かった!!」


 江本先輩はそう言うと、オッケーサインを音響室にいる生徒に送る。


『一ノ瀬くん、行けそう?』


 右耳のイアホンから絢瀬の声が聞こえる。その口調はどこか、唯斗が平気であるという確信を含んでいるような気がした。


「ありがとな、絢瀬。もう大丈夫だ」

『そう』


 唯斗は椅子に座り直すと、今度こそしゃんとマイクに向き合う。そして、軽く数回深呼吸をすると拳を強く握りしめる。


「それでは再開まで……3、2、1!!」


「皆さん、聞こえてますか? どうやら機材トラブルが発生したまま進行してしまっていたようです。というわけで、もう一度最初から始めたいと思います」

「えぇぇっ!! あのリアクションをもう一度しなくてはいけないんですかっ!! ちょっと顎が疲れてきたんですけど!?」

「あはは、江本さんの今日のリアクションは格別でしたからね」

「です……」


 江本先輩と嘉之先輩は、慣れたように自体を収集させる。その演技力は真っ赤な嘘だと分かっている唯斗ですら、機械トラブルが実際に起こったのではないかと思わせてしまうほどだ。


「こほんっ。え〜、それではもう一度。改めてゲストを紹介しようと思います。絢瀬さんの噂によりたった数日で学校中に名前を轟かせた話題の一年生、一ノ瀬唯斗くんですっ!!」

「一ノ瀬唯斗です、こんにちは」

「……うーむ。やっぱり、二回目ということもあってかテンションが最初に比べて若干下がり気味になってますけれど、気を取り直して始めていきましょう!!」


 唯斗のテンションの低さをうまくカバーする、江本先輩。

 今度はしっかりと声を出すことができたので、一安心だろう。


『大丈夫とか言っときながら、声が全然張れてないけど?』


 鼓膜を揺らす、絢瀬の余計な一言。


 いいんだよ、これが俺の出せる全力なんだから。


 そう言いたいのは山々だが放送中ということもあり声も出せないので、指で軽くイアホンを小突く。


「久保くん、久保くん」

「はい、なんでしょう、江本さん」

「ここ数日の間、絢瀬夏希に関しての噂が話題となっていますが、果たしてどうなのでしょうか?」

「いきなりそこに触れますか。まぁ、時間も押してることですしいいでしょう。えっとですね、本日は我々の学校の生徒会メンバーが噂に関して独自に行った調査があるようです。そして、その報告書が届いていますので江本さん、読み上げてもらえますか?」


 手元に用意されていた一枚の印刷物を手に取ると、それを読み始める。いきなり噂の話題に触れていくようだ。果たして、どのように噂を対処するのか。ここからがこの放送の本番といっても過言ではない。


「はいはいっ! ではまず、一つ目の噂。『絢瀬夏希は、入学試験で不正行為を働いた』というものについて見ていきましょう!! えーっと。なになに……、うちの生徒会が入試対策委員会に対し独自に行った聞き込み調査によれば、入試で不正を働くことは非常に困難である、そうです」

「一口に困難と言われましてもね……、一体どのように困難なのですか?」

「まず、本校の入試の際には、替え玉受験防止のために入念な本人チェックが校門前で行われる、ですか。これは記憶に新しい人が多いと思いますが、久保くんはどうですか?」

「もちろん覚えていますよ。入試前だというのに寒い外で待たされた記憶があります。たしか指が悴んでしまってテスト前に購入したホットコーヒーで温めたはずです。あの時はほんと、寒かった……」

「絢瀬さんが替え玉受験をしようとしても、彼女ほどの美少女が替え玉が果たして見つかるのでしょうか? 一ノ瀬さん、どう思います?」

「えっと、見つからないんじゃないですかね」


 いきなり話を振られたので、多少の戸惑いは許してほしい。イアホンの奥から『褒めてるの?』という絢瀬からの冷やかしがあったが無視した。


「まぁ絢瀬さんほどの美少女がゴロゴロ転がっているわけもありませんからね。ということは、替え玉受験をした可能性は消えるということですか?」

「まぁ、そう見るのが妥当でしょうかね」


 このように噂の検証をすることで絢瀬の噂を否定して潰していくらしい。ただ、茉莉会長のいうようにこれをどうやって笑い話に変えていくのか。今のところその前兆はない。


「なるほど。では次を見ましょう」

「次もあるんですか?」

「そうですね。入試の不正内容が掲示板に書かれていなかったので、様々なパターンを検証したようです」

「その熱意は、どこから来たのか……」

「まぁまぁ。次は試験中の関してですね。試験が行われている部屋には各クラスに二人づつ監視役として教師がいるため、テスト中に不正を働くことなど、忍者にしかできない……ってこの文章、誰が書いたんですか!?」

「おそらく、茉莉会長ですね。生徒会内でそういった悪ノリをする人はあの人くらいしか考えられない」

「さすが、弟なだけ言葉に重みがありますね。それで、絢瀬さんは忍者なんですか? どうです、一ノ瀬くん。絢瀬さんは忍者なんですかっ!?」

「いや、そんなわけないですって」

「そ、そんな真顔で答えなくても……ああ、先輩として恥ずかしい……」

「江本さん、恥ずかしがってないで続きをお願いします」

「そ、そうですねっ!! えっと、次に情報管理に関してですが、うちの理事長先生が導入した最先端の情報セキュリティシステムによって、試験内容が漏洩されないようになっている、だそうです。……噛まなくてほっとしました」

「もしも絢瀬さんが日本のハッカーのトップなら可能性はありますが……どうでしょう? 一ノ瀬くん」

「ないですって。いや、でも絢瀬さんなら……」

「そう思わせてしまうのが恐ろしいですが、おそらくはないでしょうね」


 嘉之先輩は唯斗のリアクションに苦笑いをする。


 いわゆる、自虐ネタ。これをそう呼ぶべきなのかは決めかねるが、少なくともこのやり方は有効だ。そもそも、この噂自体が誰かを陥れようとする触れにくい面を持っているため、一歩間違えれば毒薬になりうる。


 そのネタを面白おかしく検証することで、笑い話に変えるというなんとも大胆な作戦。絢瀬夏希忍者説が提唱された時点で、すでにこれはある種の笑い話だ。


「そうですね。ところで久保くん。私、読み上げるのに疲れてしまったので、バトンタッチをお願いします」

「いきなりですね。まぁ、江本さんらしいですけど。……ええ、では続いて、二つ目の噂『絢瀬夏希は援助交際をしている、一ノ瀬唯斗もそのターゲット』という噂に触れていくんですけど」

「えっ、一ノ瀬くんっ……もしかして!?」

「してないですって」

「で、でもぅ……」

「どうやら、これも検証が必要みたいですね。というわけで、うちの会長が絢瀬さんの使用人に行った電話調査による結果を紹介しますね。まず、絢瀬さんの帰宅時間は厳格に決められており、それを過ぎると日本警察の捜索が……」

「なんですかそれはっ!? 超スーパー過保護じゃないですか」


 文章を読み上げている最中の嘉之先輩に江本先輩は軽快なツッコミを入れる。


「家にいる時も数十人単位の警備員が厳重に屋敷を警護しているため、侵入者はおろか外出することも困難だそうです。深夜にコンビニにもいけないんですね」

「なんか可哀想になってきました。私なんて、毎晩毎晩、気づけばコンビニでポテチを……」

「ちょっと、江本さん。話がずれていますよ?」

「そうでした。久保くん、続きをお願いします」

「えっと、つまり綾瀬邸に侵入するのも抜け出すのは、分身の術か代わり身の術が使えないと不可能である……と」

「やっぱり絢瀬さんは忍者なんですか!?」

「あははは。どうやら、絢瀬家の使用人の中に会長と同じユーモアセンスの人がいるようですね……」


 と、そんなこんなで放送は続いていき、気がつけば放送も終盤に差し掛かっていた。その間、特に変わったこともなく、噂潰しと笑いがうまく融合したまま進んでいく。その実力に唯斗は終始圧倒されていた。


「それでは、三つ目。最後の噂です。『絢瀬夏希には裏がある』ですね」


 唯斗は繰り返した作業の如く、イアホンから聞こえる声に集中させる。特に助言が必要な場面があったわけではないが、一人でやるより心強い。終わりも見えて来て、綾瀬も安心したのか穏やかな雰囲気だ。


『もう終わりみたいね。とりあえず、ここを乗り切れば……』


 しかし、その瞬間。イアホンから聞こえてきていた声がぷつりと消えて、絢瀬の声が届かなくなる。真っ先に接続トラブルを疑ったが、すぐにその可能性は否定される。


 なぜなら、耳に入っているはずのイヤホン自体がそこにはなかったからだ。


「一ノ瀬唯斗くん、最後くらいこれは外させてもらうよ」


 前方から伸びる久保先輩の腕。その手には、唯斗のつけてイアホンが握られていた。久保先輩はマイクをオフにしてそう告げると、柔らかな笑みを浮かべる。


「えっと……?」


 嘉之先輩の突然の行為にどうしていいのか戸惑う、江本先輩。


「続けましょう、江本さん。三つ目の噂に関してです」

「は、はい!! とはいっても、これに関してはさっきの二つと違って証拠も何もありませんので、ぶっちゃけ最近親しげにしている一ノ瀬くんにお尋ねしますっ!! 絢瀬さんには裏があるんですか?」

「なっ……」


 イアホンが外されたこの状態で訊かれた、三つ目の噂の真偽。そこに絢瀬の監視はない。いや、そもそも吐こうと思えば、いつだって嘘が吐ける状態ではあった。そして、絢瀬夏希に裏があるのは、嘘でもなんでもないただの事実だ。


『ねぇ一ノ瀬くん。このことを誰かに言ったら、あなたの学園生活がどうなるか想像できるよね?』


 絢瀬夏希の裏。それは、高嶺の花モードではない絢瀬夏希のことを指しているのだろう。しかし、掲示板の噂にそもそも根拠などない。純度100%の嘘だ。けれど、ここで唯斗がもしこの噂を認めたら絢瀬はどうなる。


 何かを知っていると言わんばかりに唯斗を見つめる、嘉之先輩。


「さぁ、本当のことを教えてください。一ノ瀬唯斗くん」


 乾いた笑みを浮かべる彼の視線は唯斗を捉えて離さなかった。

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