Period,5-2 メトロノーム少女と一つの可能性
帰りのHRを終えると、珍しく杠葉さんがせかせかと教室を出て行ってしまった。教室のドア付近にちらりと一ノ瀬くんも見えた気がする。昨日の掃除の時といい、二人でなにをやってるんだか。
『絢瀬。少しだけ話があるんだが、今日の放課後に図書室に来てくれないか?』
少し前に一ノ瀬くんから送られてきた淡白なメールを眺めながら、ほんの十数分前のことを思い浮かべていた。
呼び出し。絢瀬夏希に関連した噂に関して、相談でもあるのだろうか。もう関わらないで欲しいと言われるかもしれない。それなら別にいいけど。
どこかぼんやりと携帯を眺めていると、隣に人の気配を感じてスマホの電源を落とす。
「ねぇ、絢瀬さん。今のもしかして彼氏?」
クラスメイトの……名前はたしか、友香さんだったはず。
「いいよね〜、絢瀬さんくらい可愛かったら彼氏作り放題でしょ?」
「全然そんなことないから、彼氏なんて生まれてからできたことないよ」
いつも通り柔らかな微笑みを浮かべながら、それを否定する。
「えっ、嘘っ!! 意外〜! 絢瀬さんなら、てっきり彼氏作り放題かと思った」
「うんうん、わかる。絢瀬さん顔は可愛いし、頭もいいし、スタイルも抜群だから、どんな男も一撃で仕留めちゃう感じ?」
上辺だけの会話。もう慣れたけど、この人たちは私を見てない。絢瀬夏希という存在だけを自分の価値を高めるアクセサリーだと思っている。いや、事実は異なっていても私はそう感じている。
特段、普通よりも秀でている人と友達というだけでこの世界ではステータスになりうる。社長令嬢、美人、秀才。絢瀬夏希という存在は、その恩恵を受けられる対象に誂え向きだ。
「ねぇ、そういえば援助交際ってマジなの?」
「えっ、それ聞いちゃう? ちょ、マズくない?」
「だって気になるんだもん。ね、教えてよー」
この人達は、どうしてここまでデリカシーの欠片もないのだろうか。
「援助交際ってなんだっけ。ごめんね、ちょっと分かんない」
「ほらっ、絢瀬さんがそんなことするはずないから」
「ごめん!! 結構デリケートのないこと聞いちゃって。やっぱりうちのクラスの女神だわ」
女神、天使、高嶺の花。中学に上がった頃あたりからやたらと聞くようになったその響き。そのせいなのか、今の私には友達と呼べる人は到底いない。クラスメイトなのに未だ『さん』付けの関係。ただ、すべてがもう慣れた。
ここで無理やり会話を切り上げて図書室に向かってもいいが、絢瀬夏希としてそれはあまり推奨できない。ここは私の代わりにあの子を向わせよう。
夏希は心の中で、そう決めるとスマホを取り出して早々とメッセージを送る。
*
生徒会室をでた唯斗は、絢瀬に明日の放送委員会の件についての相談メールを送ると、もう一件———久保先輩に関してのメールを開く。二年生は選択科目があるため、おそらく今は授業中だ。手間がかかるが電話は使えない。
『久保先輩、こんにちは。昼の放送に関してですが、先ほどの話を受けようと思います。明日はよろしくお願いします』
業務用のメールというわけでも無いので、特にこだわる必要も無く入力した。
「邪道な解決案か」
茉莉先輩のことはあまりよく知らないが、そんなことをするような人にも思えない。それに、生徒のことを第一に考えると噂されているにも関わらず、あんな切り捨て方をするのだろうか。
『あんたに私の気持ちなんてわかるわけない!! 大切な人が奪われた私の気持ちなんて、わかるわけ……』
校舎裏で美桜と呼ばれていた生徒の叫び声が残響のように聞こえる。
茉莉先輩は彼女たちを抑えることで噂の収集を図るつもりだ。しかしもし、別のやり方で解決させる方法があったとしたら。
もう一度手元のメールに目を落とす。本来ならここで終わればいいのだが、唯斗は一つの考えを巡らせて更に文章を追加することにした。
「まぁ、こんなもんか」
唯斗はそれを送信すると、少しだけ過剰にため息をつく。
変なことに巻き込まれたもんだな……。
唯斗はそんなことを考えながら、鞄を取るためにC組の教室に戻った。絢瀬との待ち合わせは図書室なので、さらにここから移動しなければならない。
「なんだ、まだいたのか」
教室の前まで行くと、見慣れたシルエットを視界の端に捉えた。髪を括ってあげている特徴的な女子、杠葉だ。
「まぁ、あんなに言われちゃったけど諦めるつもりはないから」
「根気強いな」
「まぁね。あと……」
どこかもじもじとした感じで、右手の指を左手に隠す。
「今日の昼休みの時。あの時は助かった」
「助かった? いつの話だ」
「だから、私が取り乱した時に止めてくれたし、二年生を追い払ってくれたから。その、ありがと」
それだけ告げると杠葉はそのまま鞄を肩にかけて昇降口への階段へ向かう。
「おい。まさかそれを伝えるためにわざわざここで待ってたのか?」
「そうだけど、悪い?」
「……お前、やっぱり変に真面目だよな」
「そう、かもね」
杠葉はそう言い残すと今度こそ昇降口に歩き出す。彼女の姿が見えなくなるまで唯斗は眺めたのち、次は図書室へと足を向ける。絢瀬との待ち合わせ場所だ。窓からは夕焼けに染まる校庭を一望することができ、その場ならではの落ち着いた空気感が漂っている。
「あなたが一ノ瀬唯斗……? 夏希様から平凡な顔立ちって聞いたけど」
唯斗は羅列された無数の本のタイトルだけを眺めながら、時間を潰していると背後から聴き慣れない声がした。
「平凡って。まぁ、間違ってないから何も言えないけど……えっと、君は?」
背丈は唯斗より少しだけ低い。明るい銀髪が涼しげな瞳にかかっていて、その隙間から雪のように白い肌が露出している。可愛いと美しいの中間くらいの顔だ。
「私は氷室神楽。絢瀬家で従者として働いています。以後お見知り置きを」
スカートを軽く摘み上げると、右足をもう片方の足の後ろに持っていき軽いお辞儀をする。とても洗礼された動きだ。その物珍しさに感激する。
「えっと、つまりはメイドってことか?」
「まぁ、俗世間でいえばそんなところ。夏希様はクラスメイトと話しているので、代わりに私がきた」
仕事柄かメトロノームのような単調なテンポで吐き出される言葉。無愛想な感じを隠そうともしない。
「それで、そっちは夏希様にどんな用事があるの?」
「明日の昼に放送委員会の方で絢瀬夏希についての話をすることになった」
「……そういうこと」
「状況は理解できるのか?」
「まぁ。夏希様も以前にお世話になったから」
以前というのは、入学当初に話題となった絢瀬と朝枝先輩がゲストで呼ばれた時のことを指しているのだろう。そこから絢瀬の話題が広まり学校中に知れ渡った、伝説の放送だ。
「それで俺は、どうすればいい?」
「この件は私だけでは決めかねる。とりあえずは明日まで待って、詳しいことは夏希様から追って連絡する」
「わかった」
ちゅるりん、という着信の音とともにポケットのスマホがぶるぶると震えた。
「メール?」
「ああ、ちょっといいか?」
唯斗は一言断りを入れると、メールのアプリを開き内容を確認する。
『久保嘉之です。明日のお昼の放送の件に関しまして、承諾いただき大変嬉しく思います。四限目が終わり次第、放送室に来ていただきたいと考えています。放送は昼休みが始まってからすぐを予定していますので、遅れる際は前もって連絡をください。それと、あなたから提示された条件に関してなのですが……』
「久保先輩?」
唯斗の隣からひょっこりとスマホの画面を覗き込む、氷室。
スマホを閉じると、氷室のほうに向き直る。
「ああ、明日のことに関してだ」
「条件って……?」
「いや、あまり関係のないことだから気にしなくて大丈夫だ」
「そう? ならいいけど」
少しだけ訝しげな視線を向けるも興味のなくしたのか、すぐに外れて本棚へと移っていた。
「氷室は本が好きなのか?」
「別に」
試しに、氷室が見つめていた本を取り出してタイトルを手に取る。
レアスキル『家事万能』を入手した俺が『誰もが知ってるアイドル』の執事として世界の覇権を握ります、~第四巻~
タイトルを読み上げることも憚られるようなライトノベル。
「あはは……」
あからさまなタイトルに可愛いキャラの表紙イラストに思わず笑いが溢れる。
同じ執事としてどこか惹きつけるものがあったのだろうか。
「じゃあ、そろそろ帰る」
「おう、俺は少しだけここに残ってるよ」
「わかった、最後に一つ。家に帰ったら、メールだけは確認して。明日のことについて話し合うかもしれないから」
そう告げる氷室を図書室から見送る。そして軽く背伸びをすると、唯斗はさっき読みきれなかった久保先輩からの連絡メールを確認した。
「なるほどな」
新しく得た情報———それは端島美桜という噂を流した本人の詳細だ。唯斗はそれもとにそこからしばらくの間、自分の考えが正しいかを熟慮する。そして、スマホを再びしまうと上階———二年生の教室に向かう。
これもある一つの可能性を確かめるためだ。




