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Period,4-4 接触と接触

 女子生徒達もまさか人が来るとは思わなかったのだろう。その声色からは、動揺も窺える。ただ相手が一人とわかると、二年生の表情にも余裕が生まれたようで、杠葉が近づいてきても特に焦る様子もない。


「ふざけないでっ!!」


 バチン、と。杠葉が放つ平手打ちの乾いた音が校舎裏に響いた。


「ちょっ、なにこいつ!?」


 それを見ていた二人は、不意の出来事に動揺を隠せていない。杠葉はそこから間髪を入れずに美桜と呼ばれていた生徒の襟元を掴むと、背後にあった壁に押し付ける。


「痛った……」


 はたかれた頬に軽く手を当てて小さくつつめく、美桜。遠くからでも頬がじんわりと赤みを増すのがわかった。

 こうなったら、唯斗も出ていくしかない。この状態で放置しておくと、状況が悪化するだけだ。それに、ずっと隠れていても杠葉の言っていた『もしもの時』に彼女を助けることも難しい。


「まったく、突然飛び出すな」

「一ノ瀬唯斗、あんたまで出てこなくてもよかったのに」


 できるだけ自然な流れになるよう、歩調に注意を払いながら姿を晒す。唯斗が声をかけると杠葉は掴んでいた手の力を少しだけ緩めたが、それも刹那ほどの時間で先ほどよりも強い力で再び美桜を壁に押し付けた。


「えっ、一ノ瀬って」

「なんでこいつがここに……」


 杠葉がその名前を呼ぶと、美桜を除く女子生徒たちのリアクションは段々と戸惑いに変わり始める。それも当然のこと、一ノ瀬唯斗の名前を利用して絢瀬夏希を失墜させようとしたわけで、相手側からしたら絢瀬の次に警戒するべき対象だ。

 だがそんなことをお構いなしに、場に割り込むと杠葉の腕を抑える。


「止めるつもり?」

「よく考えろ。こんなところで喧嘩しても、問題が解決するわけじゃない。むしろ悪化させることにもつながるかもしれないだろ。それに……」


 こいつらが犯人だってことを証明するなにかがあるわけでもないしな、と耳打ちする。唯斗の言葉に杠葉はかなり不服そうな顔を見せたが、すぐに納得したようだ。「わかった」と小さく答えて掴んでいた襟から手を離す。

 だが、問題が解決したわけじゃない。俺が一ノ瀬唯斗であるということがバレている時点で、相当警戒されているはずだ。さっきまでの会話が聞かれた可能性を示唆するわけで、そう易々と返すわけもない。


「少しだけ乱暴なことになるかもしれないが我慢してくれ」

「えっ、どういう……」


 唯斗は小さくそう言うと、あえてその場を退場することを決め掴んでいた杠葉の腕を引いてそのまま歩き出す。そんな様子をうつろな目で見つめる、美桜。しかしそれは、だんだんと別の感情に変貌していく。悲しみと怒り、嫉妬。そして、次の瞬間に美桜はスマホを宙に掲げるとそれを杠葉へと振り下ろしていた。


「えっ……」


 杠葉は直前でそれに気付き、喫驚のあまり声を漏らす。だが、それを回避するには至らないので、唯斗は掴んでいた杠葉の腕を力強く引き寄せた。これにより美桜の強襲は空振りに終わる。


「あんたに私の気持ちなんてわかるわけない!! 大切な人が奪われた私の気持ちなんて、わかるわけ……」


 美桜が声を枯らすように怒鳴りつける。だが、強気な口調とは裏腹に頭を抑えて、今にも泣き出しそうな雰囲気があった。いつも通りの杠葉ならここは強気で言い返すと考えたが、反撃されたことで放心しているようだ。


 唯斗は外部からの衝撃によって杠葉の意識を戻すため、杠葉の背中をポンと叩いた。しっかりしろ、と。


「っ……、わかってるわよ」


 杠葉も意図を汲み取ったようで唯斗のことを軽く睨んだのち、いつものように腕を組む。


「へぇ? それで、絢瀬夏希を陥れようとしたわけね」

「それの……それのなにが悪いの。私だって必死で……」

「別に、悪いとは言ってないけど? もしかして、自分のしたことを悪かったと思ってるの?」

「っ……」

「ちょっと、その辺にしなよ。美桜がかわいそうだよ」


 実に上手いやり方。相手の意見を頭ごなしに否定するわけではなく、まるで探偵のように真実を吐き出させる。それでいて、相手の脆弱な部分。そこを狙って考え方の自滅を促している。


「かわいそう、ね。あんた達だって優しさの押し売りをしてるだけじゃないの? さっきから『美桜が、美桜が』って言ってるけど、それが彼女のためになってないことに気付いてない?」

「ど、どういう意味よ?」

「あんた達、友達なんでしょ。だったら間違ったことをしたら止めてあげるべきだって言ってるの。なのに、絢瀬さんを一緒になって陥れることで傷を癒そうとして、そっちの方がかっこ悪いし、美桜って子にかわいそうよ」

「それは……」


 饒舌に口を動かしながらも、頭でしっかりと考えて発言している。だがこれ以上、相手の事情に首を挟むと、絢瀬ではなく杠葉が狙われることにもなりかねない。


「なぁ、杠葉。もうそろそろ、いいだろ」

「……そう、まだ言い足りないんだけど?」


 唯斗は杠葉と女子生徒達の会話に割って入る。


「杠葉……?」


 その時、女子生徒の一人がそう呟いた。


「ってもしかして、そっちの一年。西崎中学の杠葉香琳なの?」

「そ、そうだけど……なに?」


 杠葉の母校の名前が話に出たところで、眉根がぴくりと動く。


「へぇ、そうだったんだ」


 するとその生徒は、杠葉の名前を聞くや否や先ほどまでの狼狽が嘘のように小さく笑った。


「穂香、その子と知り合いなの?」


 派手な茶髪のストレートヘアの生徒は穂香というらしい。もう一人の黒髪ショートの女子が穂香に尋ねる。


「うん、同じ中学。杠葉香琳。うちの中学ではかなり有名だったよ。だって、ずっと虐められてたもんね」

「っ……」


 杠葉の肩がピクリと弾む。唇を噛み締めて、黙り込んだ。


「急に静かになったけど、自分のこととなるとなにも言えなくなっちゃうの?」

「べ、別に、そんなんじゃ……」

「え。なに、聞こえないんだけど。そういえば、トイレでお弁当を食べてたんだっけ、あれ、校舎裏? どっちでもいいけど」

「ち、ちがっ……」

「今の学校では上手くやってるようだけど、あんたの過去を学校中にばら撒いちゃおうかな。そうしたら、周りにいるやつはどう思うか」

「やめ……て」


 杠葉の声色は明らかに弱々しいものへと変わっていて、唯斗の制服の裾をギュッと握っている。明らかにさっきの反撃だろう。


「もういいだろ、これ以上の会話は無駄だ。俺たちだって、お前たちがしたことを学校側に告発することだってできるんだ」


 杠葉にこれ以上のことを期待するのは無理だと思い、唯斗も止めに入る。


「なに、その言い方。マジでムカつくんだけど。美桜も何か言ってやれば?」

「そうだよ。さっきから、なんで言い返さないの? ずっと静かだけど」

「美桜? ねぇ、聞いてる?」


 二人の言葉に対して、美桜は下唇を噛み締めながら黙りこくっていた。


「……もういい、そいつの言う通り、これ以上は時間の無駄だし。いくよ。穂香、陽子」

「でも、このまま放って置いたら……」

「いいよ、別に。というか、あんたたちも言い過ぎだから。私のためを思うなら、ここはもう引いて。……私だって、間違ったことをしたことくらいわかってる」


 美桜の言葉に穂香と陽子は戸惑いを見せる。


「……わかった、美桜がそういうなら」


 そして、三人がその場から去るといつもの空間を取り戻したかのように静寂が訪れた。


「……っ……ぁ」

「杠葉、大丈夫か?」


 唯斗はしばらく呆気に取られていたが、杠葉の震えた声が鼓膜を震わして我に返る。杠葉はどこか怯えるように地面を見つめながら、肘を握り締めていた。


「おい、杠葉」

「っ……!?」


 あまりにも異常な反応なので、心配して杠葉の肩に軽く触れるとそれを払い除けられる。


「…………ごめん。ちょっと、考え事してて。あいつらのことよね」


 杠葉はまだ犯人探しのことを考えているようだが、この状態ではそんな場合でもない。


「少しだけ、考える時間が欲しい。色々と、心の整理をつけたいから。今日の放課後にB組の教室に来て。それまでにはなんとかするから、とりあえずそこで話しましょ……」

「ああ、わかった」


 唯斗は校舎の壁に寄りかかると、上履きの踵で軽く壁を小突く。


「杠葉、先に教室に戻っていてくれないか。一人で戻れるか?」

「…………うん、別にいいけど、どうして?」

「俺と歩いていると、変に注目を浴びるかもしれないからな。それは杠葉のためにはならない」

「わかった。じゃあ先に戻ってる」


 杠葉は不可解そうな顔を浮かべながらも納得したようで、そのまま校舎内へと姿を消す。


 もし杠葉が過去にいじめられた経験があるというのなら、今の状態の杠葉を一人にするのはかなり危険だ。さっきの様子からも精神的に不安定なのは言うまでもない。だけど、これもまた仕方のない措置であった。


「さてと……」


 することもないので、スマホをいじりながら適当に時間を潰していると、唯斗の前に一人の学生が現れた。ピキッとと着こなした学ランとその胸ポケットからは白いハンカチから圧倒的な優等生感を醸し出している君ヶ咲学園の二年生だ。


「初めまして、私は2年B組の久保嘉之です。あなたに一つ伺いたいことがありまして、一ノ瀬唯斗くんを探していました」

「探していた、ね」

「そう警戒しないでください。別に何か悪いことをしようとしているわけではありません。話というのは、絢瀬さんの件に関してです」


 久保嘉之。この学校では、知らぬ人の方が少ない二年生の一人。おそらく朝枝先輩の次に有名な二年生といってもいい。


 嘉之先輩は静かに微笑むと、言葉を続ける。


「一ノ瀬唯斗くん、明日の昼ごろに予定されている『お昼の放送』にゲストとして参加してくれませんか?」

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