Period,3-2 校舎裏の掃除中で
校舎裏。唯斗たちB班の清掃場所だ。
生徒の出入りは少なく、雑草が繁茂しているが窓からゴミを捨てる奴がいるのだろう。お菓子のゴミやらがやたらと散乱している。
「2セットずつしかないのか」
ゴミ袋と掃除用のトングが2本ずつ。生徒会から貸し出された掃除用具だ。しかしここにいるのは4人なので、どちらも数が足りていない。
「それなら二つのチームに分かれればいいじゃん」
「おっ、確かに。冴えてるな、杠葉さん」
「うん。そうしようか」
「っていうか早く始めない? さっさと、終わらせて帰りたいんだけど」
杠葉がスマホをいじりながら、興味がなさそうに提案する。残りの二人も、それに納得しているようだ。みんなの視線が唯斗に集まる。
「ああ、俺も問題ない。それでいいんじゃないか?」
おそらくは、男子ペアになるだろう。戸野塚とはほとんど話したことはないが、これもいい機会だ。そう思ってのことだったが、
「ん。だったら私、————この人と組むから」
「はぁっ……!?」
杠葉が唯斗を指をさしながら、理解不能なことを口走ったことに、戸野塚が素っ頓狂な声をあげる。女子同士。絢瀬と組みたいということなら、分からなくもないがなぜ唯斗なのだろうか。
「いや、俺はいいけど。杠葉はいいのか?」
「ああもう、いいって言ってんじゃん」
「お、おう……っておい、ちょっと待てよ」
杠葉はそう言い残すと、絢瀬たちを置き去りにするように立ち去った。唯斗も用具一式を持って彼女のことを追う。どうやら絢瀬とペアを組むことになった戸野塚も、状況が理解できていないようで完全に置いてきぼりだ。
まぁ、そんな俺も戸惑いは隠せていないが。
ただ、序盤でハプニングというかトラブルというか。そんな予想だにしない出来事はあったものの、それでも順調に清掃活動は進んだ。
「にしても、まさかこんなにゴミがあるなんてな。ゴミならちゃんとゴミ箱に捨てろってんだ!」
お菓子のゴミ袋を持ち上げながら戸野塚が説教じみた口調で叫ぶ。
「戸野塚くん、ビニール袋もらってきたよ」
「あ、ありがとう……絢瀬さん」
「うんん、気にしないで。ペアなんだから」
戸野塚と絢瀬が二人で話している様子を横目に、唯斗も落ちていた缶をトングで掴む。夏前で涼しいとはいえ、制服は冬物で体感的にはかなり暑い。
「杠葉。ゴミ袋を広げてくれ」
「はぁ、マジ汚いんだけど。はい」
見るからにやる気のなさそうな態度を示す杠葉。しかし、掃除には意外と協力的だから不思議だ。早く帰りたいと言っていたし、何か事情があるのだろう。
「なぁ、杠葉。一つ訊いていいか」
「……なによ」
「絢瀬とペアじゃなくてよかったのか?」
あんたには関係ないでしょ、なんて言われて終わりだろうがそれでも一応は気になるので訊くことにした。
「別に。私の勝手でしょ?」
…………やっぱりか。
「いや、まぁそうなんだけど。女子でペアを組んだほうが会話も弾むもんだろ」
「それ偏見。同性の方が気まずいことなんて、いっぱいあるんだから」
そうかもしれないな。戸野塚と二人で話せと言われても、最初の数分は沈黙が続きそうだ。
「なら、杠葉も絢瀬さんと気まずいのか?」
「そんなわけじゃないけど……って、なんでそんなこと聞くわけ?」
「ただの好奇心だ。お前があそこで俺を選んだ意味がわからない。絢瀬さんとはクラスメイトなんだから、そっちの方が交流も深められるだろ」
唯斗の返答に少し頭を悩ませる、杠葉。
「絢瀬さんと組みたくなかったわけじゃない。ただ、あの戸野……なんとかとペアになりたくなかっただけ。いくら絢瀬さんが可愛いからって、鼻の下を伸ばして、本当男子って気持ちが悪い」
「戸野塚な。それで、俺も男子だから」
「あんたは、人畜無害そうだから平気。他人に対して興味なさそうだし」
「……褒め言葉として受け取っておく」
他人に対して興味がなさそうというのは引っかかるが、それも一つの主観的な意見なので参考になる。
ただ、だからこそ絢瀬と組む流れが自然なのではないだろうか。もしかしたら、彼女たちには別の接点があるのかもしれない。
「なに? 私の顔をじろじろ見て。もしかして、惚れちゃった? 流石に勘弁してよね。私、彼氏いるから」
「さいですか」
「……え、なにその薄いリアクション」
これほど可愛いのだ。彼氏がいない方が不自然というもの。そんな発言に妙に納得しつつ、唯斗は作業を続けた。作業中の会話で気づいたことだが、杠葉は、乱暴な物言いの裏側にしっかりとした考えを持っているということだ。爪も切り揃えられていて、気配りもできていた。見た目以上に繊細なのかもしれない。
*
「とりあえず終わりでいいかな?」
「ああ。そうだな」
一通りゴミを片付け終えた唯斗たちは、用具を整理するために集まっていた。目の前には、ゴミの詰まったビニール袋と掃除具一式が並ぶ。
「あれ? 戸野塚はどうした?」
「あ、えっとね……」
綾瀬はどこか戸惑いの表情を見せながら、木陰の方へと視線を向ける。そこには、幸せオーラを放つ人間サイズの物陰が……、
「戸野塚。お前だったか」
大体なにがあったかは、戸野塚のその癒され尽くした表情から察しがつく。死因は間違いなく絢瀬だ。唯斗は、そっと手を合わせてご冥福をお祈りした。
「ん、終わったことだし、もう帰っていいよね。それじゃあ」
「ああ、お疲れ」
どこか急ぐ様子を見せながら、杠葉が正門の方角へ歩いて行ってしまう。さっき話に出た彼氏とデートでもあるのだろうか、なんて邪推するが気にしたところで仕方がない。
忘れていたが、倒れている戸野塚を除けば、今は絢瀬と唯斗の二人きり。唯斗にとっては、少し気まずい状況だ。
「とりあえず、諸々を運ばないか?」
「うん、そうだね」
「俺がゴミ袋を持つから、絢瀬さんはトングを頼む。場所は確かグラウンドだったよな?」
「うん、茉莉会長が一箇所に集めるって言ってたよ」
外面だけはどうにか取り繕っているが、内面では終始動揺していた。
『絢瀬夏希の本性を知る君が、私の事情に介入するのはどうして?』
屋上での発言を思い出す。昨日のあの問いかけにはどういう意図があったのだろうか。まるで絢瀬夏希の本性を知る者は本来の彼女に興味を持つはずがないと、そう言っているように聞こえる。
唯斗は袋を手に握ると絢瀬に合わせて歩き始めた。
「やっぱり、一ノ瀬くんって頼りになるね」
「そんなことはないよ」
絢瀬は百点満点の笑みを浮かべながら、唯斗の顔を覗き込む。高嶺の花としての彼女だ。
「一ノ瀬くん、どこか難しい顔してるけど、大丈夫?」
「そう、見えたか?」
「うん」
じっと見つめて心配そうな表情を浮かべる、絢瀬。唯斗は話題を変えるために、さっき疑問に思ったことを訊くことにした。
「そういえば、絢瀬と杠葉は接点があるのか?」
「杠葉さん? えっと……」
絢瀬はどこか複雑な表情で口籠る。
「彼女とは一緒の中学校だったよ。でも、クラスも違ったから、あんまり話す機会はなかったかな。でもごめんね。あんまり詳しいことは、私からは……」
そして、慎重に言葉を選びながら口を開く。
「いや、大丈夫だ。誰にでも、話せないことの一つや二つあるだろ」
狙ったつもりはないが、なんともピンポイントな発言をしてしまう。すると、絢瀬はそっと視線を落として、大きく一呼吸する。そして、小さく呟いた。
「ねぇ、今日の絢瀬夏希はどうだった?」