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Period,3-1 降って湧いたイベント

 その翌日。水曜日のHR前のこと。

 昨日、あれほどの雨が降ったというのに、その日は快晴で雲ひとつなかった。


「そういえば、まだ帷子さんはまだ来ていないのかい?」

「……ああ、ほんとだ。珍しいな」

「こりゃ、困ったな……」

「どうかしたか?」

「いや、こっちの話だ。けれどもしかしたら、唯斗にも迷惑をかけることになるかもしれない」

「おいおい……」


 遼太郎が登校してくると、いつもとは違うことに気がついて尋ねる。昨日あんなことがあったからもしかしてと思い、唯斗はスマホを取り出す。やることは当然、帷子に連絡することだ。


『帷子、体調は大丈夫か?』


 メッセージを送信すると、すぐに既読がついて返信がくる。


『やっぱり、風邪ひいちゃった……』


 唯斗は、あの時すぐにでも傘とタオルを買いに行くべきだったと、軽い自責の念に駆られた。帷子は決して体が強い方ではないので、仕方がないといえば仕方ない。


『体が弱いんだから、無理するなよ。誰もいないなら何か買っていこうか?』

『いいよ、そんな気を使わないで』

『病人が気を使うんじゃありません。どうせ、帰り道なんだから』

『……えっと。それなら、冷えピタと桃缶が欲しい、です』

『了解。放課後買って、見舞いに行くのでどうか安静に』

『うん、ありがと』


 唯斗はやり取りを終えると直様(すぐさま)、いじっていたスマホを鞄に隠す。遼太郎に気づかれるといろいろと詮索されると思っての行動だったが、どうやら遅かったらしい。


「あれ? 唯斗、いつの間に帷子さんと連絡先を交換したんだ?」


 新しい享楽を見つけたような遼太郎の目。ニコッと微笑みながらも帷子と連絡をしていたことはしっかり見逃さない。こうなったらお手上げだ。


「昨日、ちょっとな……」


 唯斗はこのあと滅茶苦茶、昨日の出来事を深掘りされた。

 向こうからは根掘り葉掘り聞かれるが、あっちはアニオタなのでこういった浮ついた話題がない。いや、告白話ならあるが、逆にありすぎて————それを聞くのも耳が痛い。


 つまりどう転んでも唯斗の不利は変わらない、非対称戦争というわけだ。


      *


 その日の放課後、遼太郎が生徒会の教室へ向かってしまったので一人で帰ろうと教室を出ようとすると、担任の山岸に呼び止めらた。


 どうやら、今日は生徒会が企画する校内清掃があるらしく、各クラスの美化委員と学級委員が駆り出されることになったらしい。

 それで、休んでいる帷子の代役が必要になったわけだ。


「なるほど、遼太郎が言っていた迷惑ってこれのことだったんですね」

「すまんな、帷子が休むとは思ってなくて」


 申し訳なさそうに頭を毟る、山岸。


「えっと、それでどこ行けば良いんでしたっけ?」

「体育館だ。もうそろそろ集合時間になるので、すぐに移動してくれ。説明はあっちであると思うから、帷子が休んだことだけ伝えてくれれば大丈夫だ」


 唯斗は「分かりました」と言い残して、C組の教室を後にする。


『すまん。美化活動に参加させられて、そっちに向かうのが遅れそうだ』

『全然大丈夫だよ。任せちゃって、ごめんね』


 目的地は体育館。道中、唯斗がメッセージを送ると、相変わらずすぐに返信が来る。必要ないとは思ったが、念のため帷子に遅れる旨は伝えることにした。


 体育館に着くと、三十人ばかりが集められていた。その中にはうちのクラスの美化委員であるクラスメイト④もいて、何やら楽しげに会話をしている。そいつの名前は覚えていないが、顔くらいなら知っていた。


 あれ、俺。孤立してね……?


 ふと気がつくと、唯斗が話せるやつが周りに一人もいなかった。


「静粛に。知っているとは思うが、生徒会長の久保茉莉だ。本日は、各クラスの美化委員と委員長に集まってもらった。まずは、皆の集合とそのことに謝意を」


 することもないので、壁沿いでスマホをいじりながら時間を潰していると、壇上の茉莉会長が労いの言葉をかける。


「まずは、このスライドを見てくれ。グループ分けと清掃場所が記されている。君たちにはこれから割り当てられたチームに分かれてもらう。時間は有限なので手早く頼む。チームを組み次第、各自で活動にあたってくれ。詳細は各々のスマホに既に送っている。用具やゴミ袋はグラウンドにまとめてあるので、各自で取るように。以上だ」


 茉莉会長はそれを伝え終えると、ステージ脇に姿を消す。おそらく宮野や朝枝先輩もいるだろう。それにしても、なんという手際の良さだ。


「えっと、グループは……Bか」


 スクリーンに映し出されている表は、かなり詳細なグループ分けがされていた。さらに驚いたのは、グループごとに集まる位置まで指定されていたことだ。A~Iまでの九グループが体育館を九等分する形で示されている。


 体育館の中だけで集まるといっても、顔や名前が知らない以上は集合に時間がかかる。それを見越してのことだろう。一年生は全てで6クラスあるのだが、見た限り2クラス2人の計4人体制で一つの区域を掃除するらしい。

 唯斗はスクリーンの中から『帷子』という文字を見つけた。


 おそらく、そこにいけばいいのだろう。


「とりあえず、移動するか」


 指定された体育館の入り口からかなり離れたステージ袖前に行くと、そこには先ほど見かけたクラスメイト④がいた。どうやら、同じグループらしい。


「おっ、一ノ瀬。よろしくな。帷子の代理だろ? お前も大変だな」

「ああ。よろしく、えっと……万次郎くんだっけ?」

「智紀だよっ!! 戸野塚智紀(とのづかともき)っ。どこをどう間違えたらそうなったの? それに、もう五月だよ? 俺たちクラスメイトだよね?」


 戸野塚と名乗る男は、なんとも粋のいいツッコミを入れる。


「すまん冗談だって。戸野塚だろ? 美化委員の……うん」

「情報それだけっ!? ここにいる時点で明らかになることだよね、それ」


 戸野塚智紀。派手な金髪で、ネクタイを緩めて前ボタンを外している。制服を着崩しているところや、話してみた感じからするにその印象はなんとも揚々とした感じだ。


「それで、あとの二人は……」

「え、無視……!?」

「ねぇ。あんたたち、ちょっと静かにしてくれない? あーぁ、なんでわざわざこんな放課後にこんなことさせられないといけないの? まじ、最悪」


 そんな乱暴な口調で、二人の会話に割って入ってきたのは、薄紅(うすくれない)色の髪をハーフアップにしてとめている女子生徒。スカート丈もかなり短く明からさまに触るな危険オーラがすごいが、可愛さだけならそこらの女子から群を抜いている。


「君もこのグループか?」

「知らない。名前のあるところに来ただけだから。で、あんたたち誰?」


 なるほど。これは少しクセのあるメンツかもしれない。


「俺は一ノ瀬唯斗。Cクラスだ」

「そして、俺は……」

「戸野塚でしょ、さっき聞いたわ。私はBクラスの杠葉香琳(ゆずりはかりん)。とりあえず、今日はよろしく」

「……おう。よろしく」

「ねぇ、君たち俺への扱いひどくない?」


 杠葉が律儀にも挨拶をしてきたので、少し気の抜けた返事をしてしまう。しかし、彼女を頭数に入れても三人。あともう一人いるはずだ。


「えっと、Bグループってここだよね?」

「ああ、そうだよ……ってあ、あ、絢瀬さん!? も、もしかして絢瀬さんもこのグループなんですか?」

「うん、戸野塚くん……だよね。グループのところで名前見たんだけど、あってるかな?」

「は、はい。……あってます」

「よろしくね。あと、敬語は使わないでほしいな」

「……わ、わかりま……分かった」


 ああ、殺しにかかってる、この人。


 恥ずかしさのあまり俯いて顔を隠す、戸野塚。誰だって、絢瀬夏希ほどの美少女に話しかけられればあれくらいは動揺するはずだ。


「絢瀬夏希……」


 ふと、杠葉の方に視線をやると、いじっていたスマホから意識を外して絢瀬のことを凝視していた。彼女の名前を、ぼそっと口に出しているがおそらく無意識だろう。


 その時、絢瀬さんがこちらに向き直り視線がぶつかった。しかし、彼女は明るい表情を崩さない。顎に手を当てて名探偵のようなポーズを取る。


「それで、もう一人はCクラスの帷子さんのはずだけど……一ノ瀬くんが代わりに来たってことでいいのかな?」

「ああ。帷子が休みだから、その代理でな」

「そうなんだ、それは心配だね」


 絢瀬は憂慮するように口元に力を入れる。


「それにしても、グループのメンバーが話しやすい一ノ瀬くんでよかったなぁ」

「……っ」


 すれ違いざまに鈍器で殴られたような、そんな衝撃。

 えへへ、と無邪気な笑みを浮かべる絢瀬に思わず口元が綻びそうになる。彼女がどんな心境なのかは分からないが、唯斗は少なくとも緊張していた。

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