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Period,2-3 驟雨。時々、美少女

 果たして彼らと絢瀬の間にどれほどの違いがあるのだろうか、そんなことを考えていた。どうして絢瀬は、完璧にこだわっているのか。おそらく、絢瀬のことを深く知るにはここが重要な鍵になってくる。


「雨が降りそう。多分、もう少ししたら」

「え、雨って、なんの話だ?」


 絢瀬の発言に唯斗もつられて空を見上げる。ただ、多少の黒雲が空にかかっているだけで雨が降りそうな気配はしない。いや、春の天気は変わりやすいというから、勘なんてあてになるものではないが。


「気圧の変化とかに敏感なのか?」

「分からない。けど幼い頃から雨が降る前は、その前兆を感じ取れるだけ」

「なんじゃそりゃ。なんか特殊能力みたいだな」


 一葉落ちて天下の秋を知るというやつだろうか。


「…………ねぇ、一ノ瀬くん」


 唯斗の何気ない反応に絢瀬が怪訝な表情を浮かべたときだ。誰かが階段を乱暴に踏み鳴らしながら、屋上に近づいてくる気配を感じた。絢瀬と一緒にいられるのを見られるのはマズいと思ったが、彼女は隠れる様子を微塵もみせない。


「おい、隠れなくていいのか?」

「必要ない。この足音に……ちょっと、心当たりがあるから」


 苦笑いを浮かべる、絢瀬。そして、小さくこほんっと咳をする。そうやっている間にも足音はさらに近づいて、


「あっ、やっと見つけたっ!! えぇと、なーちゃんと……男の子!!?」


 そんな威勢のいい吃驚(きっきょう)と共に現れたのは、鎖骨下辺りまで伸びた髪をサイドで結っている、天真爛漫という表現がふさわしいような女子生徒だ。


「んーと、なーちゃんの彼氏さん? 私もしかしてお邪魔な感じ?」

「ち、違いますって。ね? 一ノ瀬くん」


 ぽかん、と頭に疑問符を浮かべるその子に、気さくな返事をする絢瀬。その切り替えの速さに思わず動揺してしまった。そんな唯斗を軽く小突いて、話を合わせろと指図する。


「お、おう」

「ふぅん、なんだかすごーく怪しい。だって屋上で二人きり……これはなんだか事件の香りがしますなぁ」

「もぅ、揶揄わないでくださいよ」


 絢瀬の眉根を寄せながら、それを軽く否定する。ただ、そこには嫌味は一切含まれておらず、その場の空気が壊れることもない。あくまで、茶を濁すだけだ。


「あはは……ごめんごめん、ちょっとイジっただけ。そっちにいるのは、なーちゃんの同級生?」

「一ノ瀬唯斗です。朝枝ゆな先輩ですよね、生徒会の」

「え、私のこと知ってるの?」

「宮野ってやつが生徒会にいると思うんですけど、あいつがたまに先輩の話を。それと、何度か教室に朝枝先輩が来ていたので、顔と名前くらいは覚えました」

「そうだったんだ。ごめんね、私の方は気づいてなくて。一ノ瀬唯斗くんだから、あだ名はゆーくんだね」


 朝枝ゆな。うちの学校のちょっとした有名人だ。君ヶ咲学園生徒会書記を務めている二年生。その端正な顔立ちは然る事ながら、勉学でも優秀な成績らしい。

 絢瀬と朝枝の仲は、四月の初旬から美少女二人組として話題になった。


 ……って、うちの学校。いろいろ噂が絶えなさすぎだ。


「ところで、ゆな先輩。私を探してたようですけど、どうしましたか?」

「あっ、えっとね……」


 朝枝は絢瀬の隣へ近づいて、細々と耳打ちをする。しかし、その声はしっかりと近くにいる唯斗の耳にまで届いている。


茉莉(まつり)会長がなーちゃんと話したいって言ってるよ?」


 わざわざ、会長と言ったんだ。現生徒会長の久保茉莉のことで間違いない。ただ、これ以上この場に留まっていても、接点のない話。邪魔になるだけだ。


 唯斗は落ちた鞄を肩にかけると、二人の方を向き直す。


「それじゃあ、絢瀬さん。色々取り込んでるみたいだから、俺は先に帰るぞ」

「そうだね、一ノ瀬くん。先に帰った方がいいかも。じゃあね」

「朝枝先輩も、失礼します」

「うん! バイバイ、ゆーくん。また今度」


 満面の笑みで手を振る朝枝先輩を横目に唯斗は屋上から退散する。


 ……また今度か。


 朝枝先輩と話す機会なんて、そうあるもんじゃない。しかしそう言われると、どこか期待してしまうのが男心というやつだ。


 唯斗が階段を降りて昇降口を抜ける頃には、絢瀬の雨予報が的中したのか、空模様がだんだんと怪しくなってきていた。といっても、傘を持っているわけでもない唯斗がとれる選択肢など、せいぜい駅まで早歩きで向かうことくらいだが。


「……まずい。本格的に降ってきた」


 驟雨。雨の勢いが急激に増すが短時間で去っていく局地的大雨。さすがに、これ以上濡れるとまずいと思い、近くにあった屋根のある店の門前に避難する。


「えっ、唯斗くん?」


 あまりの驚きに、つい声が漏れてしまったといった具合の声だ。唯斗もそれにつられて視線を向ける。そして、刹那。あることに気づいた。


「帷子、か……」


 いつもなら遼太郎と一緒に帰っているので、帰り道に帷子と会うのは珍しい。唯斗は傘がわりにしていた、手持ち鞄につく水滴を手で払うと、それを肩に背負い直して、


「ご馳走様です」


 そっと祈りを捧げていた。帷子は制服のブレザーを脱いでいて、彼女の下着が若干、透けていた。黒い下着。それもかなり大胆というか、布の面積が少なめで、男子高校生には少し刺激の強い、けれど、いろいろと堪らないものがある、そんな下着だ。


「……えっと、どうして天に向かって祈ってるの?」

「おっと」


 外された第一ボタン。髪の毛をハンカチで拭くときに、ちらりと覗いて見える純白のうなじ。そして、雨に濡れた髪も相俟って、息を飲むような絶景がそこにはあった。


「帷子も家は駅の方向なのか?」

「うん、そうだよ。唯斗くんもそうだよね」

「そうだけど、よく知ってるな」

「……そ、そうかな? たまに電車で見かけるよ。話しかけようか迷うんだけど、迷惑かなって」

「迷惑って、そんなわけないだろ。むしろ、帷子みたいな子に話しかけられるだけで、普通に嬉しいから」


 帷子はどこか戸惑いをみせ、視線を泳がせる。だが、唯斗の方が動揺しているのは、もはや疑いようもない。特に、帷子の方を見て話せばいいのかどうかを熟考している。あまり見過ぎると、段々と視線が一点に集中してしまうのですぐにバレる。生理現象なので、仕方がないが。


 唯斗は苦悩の末、空を見上げることにした。雲の隙間から多少の明るみが感じられるものの、しばらくは止みそうにない空模様。


 このままずっと雨が降っていればいいのに。ただ、そうも言ってられない。


「あのさ、帷子」

「あのね、唯斗くん」

「「……っ」」


 話しかけるタイミングが合ったことで、余計気まずくなってしまう。


「唯斗くんからでいいよ」

「お、おう。それでこれは提案なんだが、もし帷子さえよければ、近くのコンビニで傘でも買ってこようか? 雨がずっと続いたら困るだろうし」

「……困るって?」

「だってほら、帷子。雨に濡れてるだろ? 風邪でも引いたら俺が困る」


 唯斗がそう告げると、帷子は頬を緩ませてそれを隠すように手で口元を隠す。


「…………やっぱり優しいね、唯斗くんは」

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