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腹を割って話そう~転生悪役令嬢とヒロインはお茶会しました~

なろう投稿2作目です!

よろしくお願いいたします!

「水曜どうでしょう」がわからない人には一部意味不明な文脈がありますのでご注意ください。

「フリーデ・バンドー伯爵令嬢!あなたを、リナ・ガルサミン男爵令嬢を虐めなかった罪により、告発します!」


 突然、ビッシィ!と指差しポーズを決めたピンク髪の女子が叫んだ。


「……は?何て?」


 名指しされたフリーデ・バンドー伯爵令嬢は、ぽかんとしながら聞き返す。


「あなたが学校休んでばっかりで私を虐めないから、攻略がいつまで経っても進まないんです!ちゃんと虐めてくださいよ!悪役令嬢でしょ?!」


 なおも叫ぶのは、リナ・ガルサミン男爵令嬢ご本人。


 珍奇な乱入者により、すっかり対応が後手にまわっている使用人を尻目に、フリーデはガタリと椅子から立ち上がってフラフラと歩み寄りながら、言った。


「……あなたも、前世の記憶があるの……?」


「え?」


 今度はリナがぽかんとする番だった。


 令嬢たちの間を、ヒュウと春風が通りすぎる。

 麗らかな春の昼下がり、バンドー伯爵邸のテラス席にて、ふたりの異世界転生令嬢が邂逅した。



 ◇◇◇◇◇

 

「腹を割って話そう」


 場所を邸内の私室に移し、侍女にお茶と茶菓子を用意させてから人払いして、ふたりはティーテーブルを挟んで向かいあった。


『リナ・ガルサミン男爵令嬢。元平民で下町暮らしの母子家庭育ち。母親が亡くなったあと父が男爵だとわかり、引き取られて学校に通いだしたテンプレヒロイン。ピンク髪琥珀の瞳。16歳。貴族学校1年』


『フリーデ・バンドー伯爵令嬢。伯爵家一人娘。第2王子の婚約者。我が儘で傲慢。義弟を虐待した過去あり。平民が大嫌い。6人の攻略対象のうち、第2王子ルートと伯爵令息ルートでヒロインに立ちはだかる悪役令嬢。黒髪青目。18歳。貴族学校3年』


「……以上、記憶に間違いはない?」


 フリーデはペンをテーブルに置いた。

 ふたりはノートに書き出した情報をお互いに確認して、頷き合った。


「……まさか私以外にもこの『グラ白』の世界に転生した人がいたなんてね……」


 リナは遠慮なく紅茶を啜りながら言う。


『グラ白』こと『グランシャリエの白薔薇』は、前世で少し流行ったソシャゲだ。


 中世ファンタジー設定のグランシャリエ王国の魔法学園が舞台で、第2王子、宰相の息子、騎士団長の息子、伯爵令息、神官長の息子、実は隣国の王族だった厩係が攻略できる。

 乙女ゲーム風RPGだったため、育成やら装備のガチャやら、攻略にそれなりに手間がかかるタイプだ。


「ちなみに前世の死因は?私はアラサー社畜→風呂でうっかり爆睡からの溺死コース」


 フリーデが聞くと、リナが頭を押さえながら答えた。


「私は、レポート作成で二徹後の翌朝にアパートの外階段でふらつく→転落して頭強打。大学2年の春先でした」


 ふたりは何とも言えないぬるい笑みを浮かべた。

 どっちもろくな死に方してねえ。


「記憶がよみがえったのはいつ?私は12歳の時、第2王子と婚約が決まって、義弟が引き取られるって聞いた時にフラッシュバックしたわ」


「私は男爵家に引き取られた日に、馬車のステップで滑って頭強打して思い出しました」


 リナさん頭強打イベント多すぎね?と一瞬心配してしまうフリーデだった。


「で、なんでフリーデさんは学校にろくに通わず、私を虐めないんですか?やっぱり破滅回避?」


 リナがお茶菓子のクッキーをぱくつきながら聞く。

 フリーデはゆっくり首を横に振った。


「もちろん破滅回避が第一だったんだけど……実は私、やりすぎてしまってね……」


 深刻そうに言うフリーデの手は、少し震えていた。



 ◇◇◇◇◇


「お誕生日おめでとうフリーデ!パパとママからのサプライズプレゼントは、なんと!カッコいい王子様との婚約と、かわいい弟だよ~☆あっ、弟は養子だよ!今年10歳☆」


 その日はフリーデの12歳の誕生日だった。親バカな両親は、娘が喜ぶだろうとニコニコ顔で告げてきた。


(死亡フラグと死亡フラグがタッグを組んでやってきたァァ((((;゜Д゜))))


 しかし、当のフリーデは、前世の記憶がよみがえったのと死亡フラグのダブルパンチにノックアウトされ、バースデーケーキという白いマットに顔からダウンして意識を失った。


 翌日、フリーデはベッドの中で目覚めた時に、この世界が『グラ白』だと確信して、それから絶望した。


 だって自分は悪役令嬢。


 義弟である伯爵令息ルートでは、義弟の火炎魔法でこんがり焼かれて終了。

 第2王子ルートでは、極寒の修道院に送られて凍死。


 他のルートはそれぞれに悪役令嬢ポジがいるので関係ないが、熱いか冷たいかどちらをお好みですか?的な最後は迎えたくなかった。


 死にたくないでござる!前世も長生きできなかったのに、今世まで若くして死にたくないでござる!


 そんな風にフリーデがベッドで悶絶しているうちにメイドがやってきて、問答無用で彼女の支度を整えた。

 連れ出された朝の食卓には、どこかで見たような色合いの少年がおり、フリーデを見るなり慌てて椅子から立ち上がって、ピシッと頭を下げた。


「お初にお目にかかります、フリーデさま!僕はヴィッツと申します!昨日から、バンドー本家の一員として迎えられました!」


 ヴィッツ・バンドー、10歳。薄茶髪青目。タレ目。魔力が高く、バンドー本家所有の「炎の魔法剣」の適性があったため、フリーデが嫁に出た後の跡目として、分家から引き取られた。

 本当は昨日の誕生日の席で紹介されるはずが、フリーデが倒れてしまったので、今日が初顔合わせとなった。


(ゲームのフリーデは、ヴィッツの母親が平民同然の騎士爵出身だからって、めちゃくちゃ虐めたんだよなあ)


「パパとママはこれからお仕事だからね、ふたりで仲良く遊ぶんだよ☆」


 朝食後、パパはお城へお仕事へ、ママは社交のための音楽会に出かけてしまった。

 残された子供ふたりは、とりあえずとばかりに庭の散策に出された。気まずい空気が流れる。


 フリーデはこんがり死亡フラグを避けるために、『グラ白』のヴィッツルートを必死に思い出した。


 フリーデに虐められ、貴族の女性不信になっていたヴィッツは、ヒロインという元平民の少女に心を開くも、またもやフリーデに妨害される。

 ヒロインが光魔法に目覚めて聖女と認定された時、嫉妬と怒りでヒロイン殺害を企てた姉を、秘密裏に火炎魔法でこんがりと殺した。

 そのあとは特に罪悪感に悩む様子もなく、ふつうにヒロインと結婚してめでたしめでたし。


 ちなみに第2王子ルートは、ヒロインを虐めた咎で、卒業パーティーで断罪されるお馴染みのアレだ。


(どちらもごめん被りたい。ならば答えはひとつ!)


「……ねえヴィッツ。あなた、うちで保管してる炎の魔法剣の適正があるから、パパが引き取ったのよね?」


 なるべく笑顔で話しかけると、義弟はびくびくしながらはい、と答えた。


「わたし、ヴィッツが炎の魔法剣使ってるとこ、見たいなあ……?」


 邸内権力がはるか上の義姉にそう言われて、気弱な義弟が断れるはずがなかった。



 ◇◇◇◇◇


「……その時はね、炎の魔法剣使える義弟すごい!ステキ!て持ち上げて義弟との仲を円滑にして、かつ、自分のヘマでちょびっと痕が残る火傷をして、こんな傷物では王子様の婚約者にふさわしくありませんわあ!てやるつもりだったの……」


 フリーデは右手でこめかみを抑える。

 紅茶を2杯、お茶菓子を皿半分いただいたリナは、眉をしかめた。


「……やりすぎちゃったんですか?」


 リナの言葉に、フリーデは頷く。


「やりすぎちゃった……ていうか、分家の義弟に適正があるなら、本家の私にも適正があると予想すべきだったのよ……」


 炎の魔法剣はバンドー家の血族の中で、適正があるものが手にした時のみ、炎を纏う。

 剣は騎士のためのものであり、また制御が難しいがゆえ、これまで女性が触れることは禁じられてきた。


 しかし、必死に断る義弟から無理やり剣を奪い取った結果、適正があったフリーデは剣を暴走させ、自分も義弟も剣の保管庫も、こんがりと焼いてしまった。


 剣の制御訓練を受け始めており、かつ火炎耐性のある義弟のおかげで、被害は最小限に食い止められたが、フリーデは全身に火傷を負った。

 義弟もまた、剣を鎮めるために魔力を使い果たし、一時は命の危機に陥った。


 伯爵家は剣の監督不行き届けを恥じ、社交や王宮勤めを差し止め、しばらく領地に引きこもった。フリーデとヴィッツの療養のためでもある。


 バンドー伯爵領には、火傷に効く温泉が湧く良い療養地があった。

「もと社畜としては夢のような療養タイムだった」とフリーデは言うが、あちこち火傷した上に婚約話は流れ、首や顔には化粧でギリギリ誤魔化せるレベルの赤い痕が残っている。令嬢としてのダメージは計り知れない。


「事の始まりは私だったから、ヴィッツは咎められなかったわ。半年で回復して、今は元気に学校に通ってる」


 もちろん炎の魔法剣は、邸の敷地内ではなく、領地の人気のない山奥に厳重に管理の上、保管されることになった。


「私は火傷がある程度よくなるまで、3年かかったの。なんとか入学には間に合ったけど、体力が足りなくて毎日は通えなくてさあ。月の半分だけ学校に通って、あとは自宅学習なんだわ」


 気づけば菓子皿とティーポットは空っぽになっていた。人払いをしたので、お茶のおかわりはリナの手酌だった。あれ?私、クッキー1枚とお茶を一杯しか飲んでないんだけどな?とフリーデは思う。


「……お話はわかりました。フリーデさんは火傷の後遺症のせいであまり学校に来られず、第2王子と婚約もしていないので、私を虐める理由がない、というわけですね」


 リナは、いわゆるゲンドウポーズでテーブルに肘をつき、ぐぬぬ、と唸りながら悔しそうに言った。マナー違反も甚だしいが、ツッコむメイドはドアの向こうだ。


「……チィィっ、第2王子のガードが固くて、切り込み口が見つからないんだよなあッ……ゲームだと我が儘伯爵令嬢がエッグい虐めカマしてくるから付け入る隙があったんだけど、これじゃ無理ぽいなぁ……ああ、私の逆ハー計画がッ……!」


 ゲッフゥと甘い菓子臭のゲップをしながらリナは言う。

 あまりの行儀の悪さに、フリーデは呆れた。


「逆ハー狙うなら、ひとんちの茶菓子完食して、盛大にゲップしてちゃダメでしょ……そういえば、第2王子の今の婚約者って誰だっけ?」


 社交に出ないフリーデは情報に疎い。

 リナは素早く答える。


「ミューラー・オリガトル公爵令嬢です。ゲームではモブだったキャラですね。お人好しで、他人が困ってるとすぐ助けに入っちゃうドジっ娘です。美人というよりかわいいタイプです。付け入る隙がないです」


 ……なんかそっちの方がヒロインぽくないか?と思ったが、口には出さないフリーデだった。


 ちなみに、『グランシャリエの白薔薇』のメインストーリーは、パッとしない第1王子が劣等感から闇落ちして、王国を揺るがす大事件を起こし、覚醒した聖女ヒロインと攻略対象が協力してすべて解決、大団円になるという内容だ。

 どのルートを選んでも、第2王子であるエルガー・ド・グランシャリエが王太子になる。その時、妃としてオリガトル公爵令嬢が立つなら、身分的に申し分ない。


「ていうか、なんでゲームでは伯爵令嬢が婚約者だったんだろう?」


「アレっす、第2王子なんで将来的には臣下に降り、断絶した侯爵家を再興して当主に据える予定だったんです。格下の嫁なら言うこと聞かせやすいし、ついでに炎の魔法剣の血筋がほしいな~というのが王家の魂胆です」


「なるほどゲスい」


 ここでフリーデは侍女を呼び、お茶とお菓子のおかわりを頼んだ。菓子皿いっぱいのクッキーとミントハーブティーが追加された。


 再び人払いをしたあと、さっそくチョコチップクッキーを手に取るリナを見ながら、フリーデは尋ねる。


「ところで、リナさんはこれからどうすんの?まだ逆ハー狙い継続する予定?」


「いやいやいやいやぁ、それですけどねぇ……」


 リナはゴリゴリとチョコチップを咀嚼しながら答えた。


「なんかねぇ……やっぱりソシャゲみたいにうまくいかないんですよぉ……ヴィッツ様は明るいふつうの紳士になってるし、第2王子に隙はないし、他の人もガチでふつうの人で……あの高位貴族様の輪の中に、たかが男爵令嬢の私が『ヒロインでーす☆』て乗り込んで行くのはちょっとねぇ……」


 こいつ、ちょくちょく水曜どうでしょうしゃべり入れてくるなとフリーデは思った。

 リナはミントティーを啜りながらため息をついて、話を続ける。


「攻略用の課金アイテムガチャもないですしねぇ……フリーデさんが転生してなかったら、私、毎日吐くほど虐められてたはずなんですよぉ……そしたら攻略対象の誰かがかばってくれて、シナリオ進むのになーと思って、思わず今日突撃しちゃったんです。まだ療養中なのに、お騒がせしてすいませんでした」


 リナはぺこりと頭を下げた。

 いわゆる非常識系ヒロインかと思ってたけど、わりとまともな思考の持ち主だった。シナリオ通りに虐めなさいよ!と格上の令嬢の自宅にアタックかけるあたりは別として。


「いやいやいやいやいやぁ、構いませんよぉ、おかげでこうして転生者同士で話ができたわけだからねぇ。まあ私もねぇ……悪役令嬢どころか、毎日身体中あちこちギシギシ言ってるポンコツ令嬢になっちゃったし、学校の卒業資格取れたら領地に戻って、温泉宿でもやりながら余生を送ろうかと」


 あっ、しゃべり方つられちゃった。伝染性が高いな。

 フリーデも香り高いミントティーに口を付ける。


「温泉宿いいっスね!ぜひ私も協力させてください!……あー、私もおとなしく厩係でも狙うかなあー、でも厩係の悪役令嬢ってレシステンシアちゃん(4歳牝馬)なんだよなあー、レース1位にならないとフラグ立たない……勝てるかな私……」


 ゴトンとテーブルに頭を打ち付けて、リナが愚痴った。

 リナさん頭は気をつけた方が、と気にしながら、フリーデはゲーム内容を思い出す。


「ああ……そういえば厩係ルートってそうだったね……」


 正体は隣国の王子であるアラディーン・マラコスタムは、最初は厩係としてゲームに登場する。いわゆる隠しキャラである。2周目以降、他の全ての攻略対象の好感度が低い状態で、厩での出会いイベントを果たせば、ルート解放されるのだ。

 シナリオは、アラディーンが担当している6歳牡馬にニンジンをあげるところから始まり、牡馬を調教して育成、その後行われるレースで、アラディーン自身が乗るレシステンシアを下して1位になれば、正体を明かされて隣国へ誘われるという内容。

 ……うん、なんか違うゲーム混ざってる気もするけど、まあいいか。


「あ、そうだ。フリーデさんも転生者なら、アレもらってないですか?転生チート!」


 がばりと起き上がってリナが聞いた。

 転生者のテンプレとして、何らかのボーナススキルが与えられるパターンがある。例に漏れず、ふたりにもボーナススキルが備わっていた。


「私は逆ハー狙いだったんで、『超・隠密』"ディープ・ハイドアンドシーク"のスキルを持ってます。どんな場所でも乗り込み放題っす!」


 リナは胸を張って言い放った。

 それでこのバンドー家の警備をくぐりぬけて入り込めたらしい。ヒロインらしからぬ不穏な技だな。


「うん、もちろん私もスキル持っているよ。……これを見せるのは、リナさんが初めてだね……」


 フリーデはふふふと不敵に笑った。

 右手を上、左手を下にして合わせ、すうっと深く息を吸う。


「ご覧なさい。これぞ我がボーナススキル、『便利な箱』"アトラクションボックス"の能力よ……!」


 急にキャラが変わった感のフリーデが手を開くと、青白い光がバチバチと放たれた。


「こっ、これは……!」


 リナはあまりの事態に驚愕した。

 ……驚愕して、


「ゆっ……雪見だいふく!雪見だいふくだあァァ!!」


 思わず大声で叫んでしまった。

 何事かとメイドが入室してきたが、何でもないと言って出ていってもらう。


「すっげぇえ……フリーデさん、いやフリーデ様、ありがとうございます、アイスの溶け具合も最高っす……!」


 涙を流しながら雪見だいふくを食らうリナに、フリーデは満足げにうなずいた。


「前世でね……お風呂上がりに美味しく食べられるように冷凍庫から出してあって……そのままだったものだから」


 フリーデのボーナススキルは、前世の死の間際の強い思いが影響したようだった。

 憂いのこもった眼差しで明後日の方向を見つめる。


「ちなみに1日1個しか出せないわ。しかも、今は体力的にアイスなんて冷たいもの食べたら、上から下から大変なことになるので、ずっと封印してたのよ……」


 久しぶりに発動したわね、とフリーデはハンカチで額の汗を拭った。その間にリナは雪見だいふくを完食した。


「ごちそうさまでした!……うーん、1日1個か……1度にたくさん出せれば、フリーデ様が将来始める温泉宿の目玉になったのに、惜しいですね……!」


 似たようなものが作れればいいが、残念ながらこの世界にアイスと餅はなかった。氷魔法はあるけど瞬間的に凍らせるタイプなので、料理には使えない。


「……しかし、ボーナススキルがこれだけとなると、闇落ちした第1王子の魔の手から王国を救うのは厳しそうですね……」


 少し真剣な顔で、リナは言った。

 フリーデもうなずいた。


「そうだね……侵入スキルと雪見だいふくだけじゃ、ちょっと難しいね……」


『グラ白』では、学校祭後に、王宮で暮らす第1王子が行方不明になったと大騒ぎになる。

 第1王子メンデルは、第2王子エルガーの3つ上の21歳で、本来なら学校卒業と同時に立太子されるはずだった。しかし、それが延期されたのは、ひとえにエルガーが優秀過ぎたからだ。

 王宮では、ふたりの学校での功績を比べて、より優れている方を王太子として立たせるという話になった。エルガーが指揮する学校祭が歴代最高の大成功をおさめたあと、メンデルは王宮から姿を消した。この時点で、メンデルの立太子の芽は潰えたのだ。


「……で、封印されてた悪魔を復活させて、クリスマスにヒロインが攻略対象といい感じになった時に、この王国はこれで終わりだぁー!とか高笑いしながら、全身黒づくめのキレキレ衣裳でパーティー会場に乱入してくるんですよね……」


 リナは眉をしかめながら言う。


「それまでにあった脅迫状事件や行事の妨害工作も、第1王子が黒幕だったんだよね……脅迫状の差出人も『黒衣の堕天使』になってて……表には黒い羽根のマークがついていた……」


 フリーデはため息をついた。


「「……メンヘラ中2病めんどくさい……」」


 その時、ふたりのつぶやきは見事にハモった。


 ちなみにこの最初の襲撃で、ヒロインは光魔法に目覚め、聖女に認定される。

 このあとはエンディングまでルート固定となり、卒業式までに第1王子に取り憑いた悪魔を倒して正気に戻して、卒業パーティーで大団円だ。

 厩係ルート以外の悪役令嬢は、パーティーで断罪されるか、会場以外で相応の扱いを受け、姿を消す。


「厩係ルートで、ピンチに陥った隣国王子を庇ってレシステンシアが犠牲になった時は、泣いたね……」


 フリーデは目蓋を抑えた。

 ほんとに何でそういうとこだけ力入れてんだこのゲーム。


「ウウッ、レシステンシアちゃん……やっぱり可哀想だから、厩係ルートも狙うのやめます……」


 リナもテーブルに突っ伏して嘆いた。

 厩係ルートを選ばなければ、隣国王子はクリスマス前に「やたら顔のいい単なる厩係」として愛馬と共に国に帰るので、事件に捲き込まれることもない。


「でも、ヒロインのリナさんが誰かを選んで聖女に覚醒しないと、第1王子を止められないよね……?」


 こうなってくると、フリーデは全くメインシナリオに関われなかった。今さら無理に学校に行ってリナを虐めても、無理が祟り、翌日には熱を出して3日寝込むのが関の山だ。


「そうなんですよね……でもよく考えたら、レシステンシアちゃんみたいに、それぞれの攻略対象には婚約者がいるんだよなぁ……聖女って担ぎ上げられるのも、あとのこと考えたら面倒そうだし……」


 リナはテーブルに頭を乗せたまま、クッキーをごりごり食べていた。すでに皿の2/3を食い尽くしている。こいつの腹はどうなっているのか。


 そのままうーんとふたりで首をひねっていると、やがてリナが何か思い付いたようで、頭を上げた。


「……フリーデ様、私、ひとつ考えがあるんですけど」


 髪の毛にクッキーの食べかすがたくさん付いている。確かに、こんな聖女は嫌だな。


「なに?今のうちに、王宮ごと第1王子を炎の魔法剣でこんがり焼いとくとか?」


 フリーデがシレッと言うと、「さすが悪役令嬢は考えがエグいな」とリナは少し引いた。


「いや、そういう、やられる前にやる思考じゃなくてですね、もう少し穏便なやつで」


 リナはピッと人差し指を立てる。


「この案が駄目だったら、私、単品で闇落ち王子とタイマン張ってみますね!光魔法で」


 悪役令嬢よりよっぽど穏便じゃない前置きをしてから、リナはヒロインらしい作戦?を話した。


「なるほど……それが成功すれば、誰も傷付かずに済むわね」


 ふたりはその後、作戦についてお互いに案を出し合って、ある程度話をまとめてから、頷き合った。


「じゃあフリーデ様、また後で」


「うん。リナさん、また後で」


 再会を約束してから別れを告げると、リナはボーナススキルを発動し、音もなく姿を消した。


 ……こうして、転生悪役令嬢と転生ヒロインは、お茶会を終えたのだった。


「…お、お嬢様、先ほどの方は…?」


 入室を許可されて、メイド達が室内に踏み込んだ時には、不審な来客の姿はどこにもなかった。

 それなりに厳重な警備のバンドー家にやすやすと侵入し、音もなく掻き消えたリナは、メイドからすれば幽霊か何かのようだったろう。幽霊は菓子皿とティーポットを2回も空にしないが。


「彼女はね、この世界を穏便に守ろうとしている、心優しきヒロインよ。そして私は、彼女を支える気高き悪役令嬢なの」


 フリーデは冗談めかして言ってみたが、メイドに「お前は何を言ってるんだ」的な顔をされるだけで終わった。



 ◇◇◇◇◇


「……ああ~『ユキミダイフク』美味しい~~(´∀`)」


 銀髪に緑の瞳の男は、もちゃもちゃと雪見だいふくを咀嚼した。


「そりゃ良かったっスね」


 男の向かいの席に腰掛けたピンク髪の少女は、ボリボリと王宮名物のたまごサブレを食べている。


 そこはグランシャリエ王宮内、北に位置する噴水に面した庭のガゼボだった。初夏ながらすでに日中の気温は高めで推移しており、アイスの美味しい季節である。


「ああー、もうなくなってしまった……おかわり!おかわりを要求するッ!」


 空になった小皿を前に、男は嘆いた。


「ダメですよメンデル王子殿下。フリーデ様の『雪見だいふく』は1日1個限定ですって、何回言わせるんですかー」


 ピンク髪の少女……リナは、濃厚なサブレ臭のするゲップを吐いた。


 グランシャリエ王国第1王子、メンデル・ド・グランシャリエは、苦渋に満ちた顔でリナを見る。


「くっ、『ユキミダイフク』のためならば、いかなる望みでも叶えるというのに……!かくなる上は、バンドー伯爵令嬢を王宮に召して、量産体制を」


「だからフリーデ様は体弱いから勤まりませんてば。明日のぶんの雪見だいふくを王宮のシェフに預けるとかなんなりして、同じようなものを作れるように研究してもらえばいいのでは?」


「ヤダー!『ユキミダイフク』はぜんぶ私が食べるんだー!」


 メンデルはダダをこねた。

 リナはため息をつき、「ハタチ過ぎた男のヤダーとか聞きたくなかったな……」とドン引きした。

 銀髪と緑の瞳は、王族のトレードマークである。同じような色をしていても、エルガー第2王子の兄とは思えないほど、キャラがかけ離れていた。


(ゲームでは存在を匂わせるだけで、あまり会話とかなかったからなあ)


 サブレをまるで飲み物のように吸い込みながら、リナはここに至るまでの経緯に思いを馳せた。



 リナとメンデルが出会ったのは、転生令嬢同士のお茶会の後……今から1ヶ月ほど前のことだった。


 この頃、メンデルは学園に放った密偵から来る定期報告書にやきもきしていた。

 成績、主催した行事の成功率、まわりからの評価……どれをとっても、自分は弟に負けっぱなしだった。

 状況を好転させようと仕掛けた裏工作も、全て失敗。

 このままでは第2王子が立太子されてしまう。

 ――まだだ、秋の学校祭、ここで弟を大失敗させれば……!

 メンデルは焦りと嫉妬に歪む顔を隠しもせず、執務室から自室に戻った。


「……っ、何者だ?!」


 そこには人影があった。

 全身黒づくめの特殊な衣裳……冬でもないのに首から長い黒のスカーフをなびかせた、少女らしきシルエット。

 目のまわりを覆う黒いマスク、たおやかな体を包む光沢のあるタイトな生地のドレスに、ピンクブロンドの髪がたなびく。


「お静かに。わたくしは光の女神ブリギトより、あなた様をお救いすべく遣わされしもの。あなた様の味方です」


「光の女神ブリギト、だと……?」


 おののくメンデルに対して、薄暗がりの中でも輝くように見える琥珀色の持ち主の少女は、落ち着き払って話を続けた。


「わたくしは光であり、影。あなた様の中の闇に導かれ、光の護法剣をその原始の海に突き立て魂の座と静寂なる扉に連なる生命の樹の法則により刻まれし赤の証文大天使と堕天使の嘆きの片翼の断片が降り注ぎ果ての海空に至りし時もたらされる福音と共に天翔ける三ツ星の盟約と地の果ての獣王の秘密を抱えし者です(早口)」


「な……なん……だと……!」


 ほぼノンブレスの台詞に圧倒されたのか、メンデルは後退った。


「さあ、光と影の王子よ。この聖餐をお召しください」


 そして少女は、小さな箱を取り出し、中から皿に乗ったとあるものをメンデルに向かって差し出した。

 それは丸く白く、一口大ほどの……。


(……ていうかよくあの流れで雪見だいふく食べたな、この王子……遅く来た中2病は重いというけど、ここまでとは……)


 リナは心の中で呟いた。

 ちなみにあの中2病構文はフリーデ発案である。もちろん深い意味はない。

 フリーデ自身もボーナススキル発動する時になんかそれっぽく言ってたし、こいつらはたぶん根っ子に同じ病を抱えている。それも不治の。


 ちなみにリナの正体は早々にバレた。

 恐ろしい話だが、王子は最初、リナのことを本当に女神の遣いだと信じたそうだ。中2病構文にリナが耐えきれなくなって「やってらんねえっスよぉ!」とキレて仰け反った時、壁に頭を強打して気絶したことで、化けの皮は剥がれた。ついでに転生云々以外の身の上のことなども全て話した。

 しかし、メンデルはすでに雪見だいふくにメロメロにされていたので、あまり問題にしなかったという。凄いな雪見だいふく、お前がヒロインだ。


「……私は味方がいなかった。毎日毎日弟と比べられて、ひたすら駄王子、駄兄貴と陰口を叩かれて、夜会や議会では遠巻きにされ、針の筵だったのだ」


 紅茶を片手に、メンデルはポソポソと語った。

 第1王子なのに、彼に婚約者はいない。過去にふたりいたが、ひとりめは弟王子が歴代トップで学校に入学した時に、ふたりめは立太子が流れた時に、向こうから婚約解消して去って行った。側近候補も似たような経緯でいなくなり、今は下級貴族の太鼓持ちが数人いる程度。

 ……スポイルぶりがパない。

 この状況を逆転するには、弟の足を思い切り引っ張るか、……悪魔に身を売るしか方法はなかったのかもしれない。


「なぜ同じ父と母の間に生まれ、これ程差がついたのか……子供の頃からよく悩んだものだ。悔しくて焦って失敗して、その度にどんどん人が離れていってな……」


 メンデルは深緑の色の瞳で、リナを見つめる。


「誰かとこんな風に話したのは久しぶりだ。ここでお茶をするのも、ずっと1人だったからな」


 そう言って遠い目をする彼は、第2王子には劣るものの、なかなかの美形だった。


 ……リナは内心でうーんと唸る。

 彼女は今、毎日学校帰りにフリーデから受け取った雪見だいふくを第1王子に届けて、少し話をして帰る日々を送っていた。

 攻略対象にちょっかいを出すのは、とうに諦めている。

 そんなリナの前に、ちょっと年が離れていて中2病が痛々しいものの、それなりのイケメン王族が現れた。しかもフリー。そして、この状況ならば。


「ところでリナ嬢。私も王族のはしくれだ。受けた恩は必ず返す。『ユキミダイフク』の礼をしたい。私にできることは何でもしよう。君とバンドー伯爵令嬢、ふたりの望みは何だ?」


 姿勢を正してリナを真正面から見据えるメンデルは、さすが王族といった威厳を放っている。

 リナは密かに息を吸い込み、気合いを入れる。

 そしてとびきりの笑顔を見せて、言った。


「メンデル・ド・グランシャリエ王子殿下。よろしければ、ウチの男爵家に婿入りしませんか?!」


「は?」


 メンデルの目が限界まで見開かれた。



 ……リナとフリーデが、あの日お茶会で話し合ったのは、何よりもまず、第1王子の闇落ちを防ぐことだった。

 彼が闇落ちしなければ、悪魔による事件は起こらない。王都が壊滅的な被害に陥ることも、リナが聖女として覚醒することもない。『グラ白』の第1王子は、禁断の悪魔の封印を解いたことと、王都破壊の罪で、廃嫡ののち処刑される。誰も彼を庇うことのない、孤独な死だった。

 そんなメンデルを救うためにはどうしたらいいか?


「ねえフリーデ様。私、第1王子を攻略してみよう思うんです。婚約者もいないし。そんで、闇落ちしないように誘導してみます」


 あの日、そう作戦を告げたリナに、フリーデは最初は反対した。確かにリナのボーナススキルをもってすれば、王宮に引きこもっている第1王子の元まで侵入できるだろう。だが、不法侵入で捕まってしまえば、攻略どころではない。そもそも『グラ白』本編で攻略対象になっていないキャラを、落とすことができるかどうか。


「いやいやいやいやぁ。私、せっかくヒロインに転生したんですよぉ?このまま誰も攻略しないまま終わるなんて、もったいないじゃないですかぁ。見せつけてやりますよぉ、私のヒロイン(ちから)を!」


 勇ましく握り拳を作りながらリナは言った。うん、シリアスな時にその口調はやめれ。


「……わかったわ。じゃあ私も協力する。ふたりで作戦を練りましょう。まず雪見だいふくを携帯できる保冷箱を作って……」


 そう言ってフリーデが出してきたのがあの衣裳と茶番――作戦名『おい、雪見だいふく食わねえか』だったわけだが、アレこそ失敗したら国家反逆罪で一族全員吊るし首だったと思う。まあ、うまくいったからいいか。



 そして今、メンデルは突然のリナからの告白(?)に、かなり混乱していた。


「……ちょっと待ってくれ。なんで急にそんな話になるのだ……?」


 思わず右手で額をおさえて言う。

 リナは怯むことなく話を続けた。


「あ、やっぱり男爵家じゃ地位が低すぎますか?でもウチはそのレベルだと裕福な方なんです。王族ほどの贅沢は無理ですけど、衣食住に不自由はさせません!」


「違う、そういうことじゃなくて……」


「それに私、学校を卒業したら、フリーデ様が領地で始める予定の温泉宿の経営にいっちょかみしてるんです!どうですか、一緒に一発当てませんか!あと私、フリーデ様の友達なんで、今まで通り雪見だいふくの横流しもできますよ!いかがですか王子殿下、このお話、なかなかお買い得では?!」


「だからちょっと待ってくれと言ってるだろ……!」


 メンデルは、完全にリナの勢いに負けていた。

 リナは腐ってもヒロインだった。姿形も声も、一般よりはかなり優れている。『グラ白』では聖女というステータスが付くので更にグレードアップするのだが、このままでもじゅうぶん魅力的であった。……ただ、プレゼンの仕方がちょっとアレなだけで。たぶん、普通のゲームヒロインは、攻略対象を落とすのに、こんなこと言わない。


「……結婚の話なら、妃にしろと言われるのかと思っていたら……男爵に婿入り?この私が?」


 メンデルは高鳴る動悸を何とかおさえて、静かに問うた。


「……ひとつ聞いていいか?君は……君たちは、なぜ私に接近したのだ?貴重なスキルを使ってまで……王族に取り入るためではないのか?あるいは、第2王子との繋ぎを取ろうとしているのでは?」


 リナはきょとんとしてから答えた。


「は?第2王子?ないですないです、今となってはどうでもいいんで、近寄りたくもないですわ」


「え?」


 今度はメンデルがきょとんとした。

 彼のまわりで、弟をそんなふうに言う人間は皆無だったからだ。


「そんなことより、私は今、第1王子殿下とお話してるんです。ガルサミン男爵家への婿入りの話、受けますか?受けませんか?」


「……あり得ないだろう!!」


 メンデルが激昂してテーブルを叩いた。

 ――あ、これは失敗したかな、とリナは思った。

 ヒロインパワー全開で落としにかかったつもりだったが、まだ出会って1ヶ月、たいしてイベントもこなしていない。もう少し時間をかけて、もっと好感度上げてから話せば良かったかなーなどとリナが考えていると。


「第2王子が……弟がどうでもいいだと?そんなわけないだろう!みんなあいつを優先してきたのだぞ!父上も母上も、家臣も……ララベルも、ミューラーもだ!」


 メンデルは顔を真っ赤にして叫んだ。

 それはリナに対する怒りではなかった。自分から離れて、弟にすり寄っていったものたち、そして弟本人への憤りだった。


(ララベルは第1王子の最初の婚約者のタウゼン侯爵令嬢、ミューラーは……現第2王子婚約者の、オリガトル公爵令嬢か)


 リナは学校の噂話で得た知識でメンデルの言葉を補完した。


「私は、いわば弟の劣化版だ。私なんか、誰も見向きもしない……最初はみんな訳知り顔で近付いてきても、結局、私を1人にするのだ……」


 瞬間的な怒りの後は、やるせなさが勝ったようだ。メンデルは浮かせた腰を椅子に落ち着けて、がくりと項垂れた。さっきまでユキミダイフク!と騒いでいたのに、同一人物とは思えないほどの萎びっぷり。


(……こりゃ、相当コンプレックス拗らせてんなあ)


 リナは一度深呼吸した。心の中で、高まれ!私のヒロイン(ちから)!と気合いを入れる。

 それから、ゆっくりと語りかけた。


「メンデル王子殿下。私が、最初にあなたに会った時に言った言葉を、覚えてますか?」


 メンデルは顔を上げた。


「私はあなたを救いに来た、あなたの味方です、と言ったんですよ」


「……リナ嬢……」


 かすれた声で名を呼ぶ王子に、リナはふっと微笑んだ。


「まあ確かに、荒唐無稽な話です。お気持ちもわかります。私の提案は、とっとと弟殿下に勝ちを譲って、田舎に引っ込めと言ってるようなもんですしね。だけど……断言しますが、あなたはこのまま王宮で引きこもっていても、何にもいいことありませんよ?」


 リナは最初の不法侵入以降、第1王子からの呼び出しで王宮に招かれている、という立場だった。最初こそ警戒されて身辺調査が入ったが、彼女がしがない男爵令嬢で、後ろ楯もなにもないとわかると、急に官吏の態度が変わった。リナはそれを「ナメられた」と認識している。

 第1王子に得体の知れない菓子を差し出しても、詮索されない。王族以外の人間と王子が庭にいるのに、警護どころかメイドの1人も控えていない。――取るに足らない男爵令嬢と第1王子に何が起きても「どうでもいい」と思っている――そんな王宮の態度に対して、リナは憤慨した。


「……メンデル王子殿下。うちは確かにしがない男爵家ですが、領地には山も湖もあって、そりゃ景観のいいところなんです。山の幸も豊富です。少なくとも、こんなずっと陰で薄ら笑いしてる連中ばかりの王宮よりはマシな所です。保証します」


「……」


 動揺しているのか、メンデルの目線は忙しく彷徨っていた。

 リナは言葉を続ける。


「いきなり婿養子の話が受け入れられないなら、友達からでも構いません。とりあえず一度、うちの領地に来ませんか?我がガルサミン男爵家一同を上げて歓待いたします。来月から学校も夏季休暇に入りますし、フリーデ様も領地にお招きしてるんです。一緒に行きませんか?」


 メンデルはようやくリナに視線を定める。

 リナはほほえみを絶やさなかった。

 そのまま十数秒の沈黙があって、やがてメンデルが口を開く。


「……君たちは……君は、なぜそこまで私にしてくれるんだ?」


 リナは目を見開く。


「なぜ、と言われましても」


『あなたが闇落ちして王都ぶっ壊さないようにするためですよ』というのが本音だが、今それを言っても彼には響かないだろう。


「あなたがいい人だからですよ。覚えてないと思いますが、私がデビュタントで王宮の舞踏会に行った時、平民出の私は生粋の貴族連中に総スカン食らったんです。あなただけですよ、そんな私に『婦人用トイレならあっちだぞ』て声かけてくれたのは」


 今思えば、第1王子本人もぼっちでポツンだったから、似たような状態のリナが目についただけだったろう。だが、慣れない舞踏会でまわりに避けられていた彼女にとっては、それは天の助けだった。


「おかげさまで私は最悪の事態を免れました。あれから私はパーティー前には必ずトイレに行くようになったし、会場入りする前にトイレの位置を確認するようになったんです。ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げられて、メンデルは「あ、ああ……?」と曖昧な返事をした。まるで色気のない話が出て来て、戸惑っているようだ。


「それと……ここ1ヶ月くらい毎日会って話してみて、やっぱりあなたはとてもいい人だってわかりました。……そんなあなたを、こんなとこに置いておくの嫌だなーて思ったんですよ。あなたはもっと環境のいいとこで、のんびり暮らした方が楽しいと思うんです」


 リナの言葉に、メンデルは黙った。

 (はかりごと)の影を探すように、険しい目でリナの顔を見つめる。しばらくそうしていたが、やがて諦めたのか、スッと表情から険がなくなった。


「……本当に、そう思ってくれるのか?」


 消え入るような声でメンデルは言った。

 リナは頷きながら答える。


「もちろんです。ちなみに湖では釣りもできます。釣り糸垂らしてボーっとするのも乙なもんですよ」


「そうか……」


 メンデルは体から力を抜いた。思えば、ずっと力を入れていたのかもしれない。


「……ありがとう。婿入りの話はもう少し考えさせてほしいが、ガルサミン領へのお招きはお受けしたいと思う。日程が決まったら教えてくれ」


 遠慮がちに言うメンデルに、リナはガタッと椅子から立ち上がって答えた。


「了解しました!メンデル王子殿下、こちらこそよろしくお願いします!最高の夏休みにしましょう!!」


 リナは手を伸ばしてメンデルの手を取り、ブンブンと上下に降った。これは普通の令嬢なら絶対しないし、王子に対して不敬もいいところの行動だったが、最初は目を白黒させていたメンデルも、そのうち「まあいいか」と許容した。絆されたと言うべきか。

 彼のはにかむような笑顔を見た時、リナの脳内に、『グラ白』の好感度大幅アップのエフェクト音が鳴り響いた。


 ――やりましたよ、フリーデ様!一歩前進です!!


 今はこの場にいないもうひとりの転生令嬢に、リナは心の中で報告した。



 ◇◇◇◇◇


「良かった、リナさんはうまくいったみたいね」


 フリーデはリナからの手紙を読み終え、封筒に入れてテーブルに置いた。初夏の風がさあっと吹く。初めてリナと出会ったバンドー家のテラス席から見える庭は、春の花から夏の花へと盛りが移りつつあった。


「お嬢様、本当に夏季休暇はガルサミン領地に行かれるのですか?」


 手紙の差出人を見て、メイドは眉をひそめる。

 使用人たちは誰にも気付かれず不法侵入したリナに対して、いまだに不信感を持っていた。


「休暇の最初の1週間だけね。それ以上は私の体の負担になるってお医者様も言ってたし。あとはバンドー領地で冷泉に浸かってのんびりするわ」


 フリーデは薬湯を飲みながら言った。相変わらず苦い。しかめっ面をしているフリーデの横から手が伸びて、手紙をひょいっと掴み上げた。


「まあ確かに、ガルサミン領地は風光明媚な所と聞きますからね。姉上のお体もここのところ調子がいいようだし、たまには別の土地で過ごされるのも、気分転換にいいんじゃないですか」


「ヴィッツ、帰っていたのですか?」


 フリーデの側に、薄茶色の髪に青い瞳をした少年が立っていた。ヴィッツ・バンドー。フリーデの義弟である。今年で16歳になる。リナと同じく貴族学校の1年だ。

 体調を気遣って週に2、3日しか学校に通えない義姉と違い、毎日通って生徒会役員もしている彼は、だいたい帰りが遅い。


「ただいま戻りました、義姉上(あねうえ)。今日は生徒会長が王宮に招致されたので、僕らも早めに解散したんです」


 穏やかに笑う彼は『グラ白』でも人気の攻略対象だけあり、なかなかのイケメンだった。手に取った手紙を近くに控えるメイドに渡し、フリーデの自室の手紙保管箱に入れるように指示する。空いたスペースに当然のように座って、別のメイドに茶を催促した。その振る舞いは次期伯爵家当主として申し分ない優雅さだった。


(先触れもなくやって来て同席の了解も取らず座るあたり、親しき仲にも礼儀ありをぶっちぎってるけどな)


 フリーデはニコニコと自分を眺めている義弟に冷ややかな目を向けた。


「……何か用があるのですか、ヴィッツ。わたくしはこのお薬をいただいたら、すぐに自室に戻りましてよ」


 薬湯を啜りながら、フリーデは聞いた。対外的な令嬢喋りは板についたものだったが、リナに会ってからは少しむず痒い。


「はい、義姉上。ガルサミン領には僕も同行しますので、あちらから了承をいただきました。楽しみですね、夏季休暇」


「……は?」


 フリーデは硬直した。なんだこいつ、今なんつった?


「……なぜわたくしのお友達の領地に遊びに行くのに、あなたが付いてくるのですか?」


 なんとか冷静さを保ってフリーデは尋ねた。

 ヴィッツはきょとんとした顔で義姉を見る。


「まさか、義姉上を溺愛されているお義父様やお義母様が、あなたを1人で他領に行かせるとお思いですか?ご安心ください、僕は幼年騎士学校で訓練しておりますので、義姉上の護衛として同行するだけですよ。お邪魔はいたしません」


 誰もが素晴らしいと称賛する晴れやかな笑顔でヴィッツは言った。しかし、フリーデの眉間には皺が寄った。


(……こいつ、私の監視をする気だ……)


 6年前、フリーデは己の不注意で魔法剣による事故を起こした。あれ以来、両親はフリーデの動向に常に神経を尖らせている。最近はそれにヴィッツも加わっていた。背景に両親がいるなら、フリーデが断ることはできない。


「……わかりました。わたくしからもリナさんに申し伝えておきます。では」


 フリーデは急いで薬湯を飲み干し、席を立った。うぇぇ、苦ぁ。


「義姉上」


 ヴィッツが呼び止める。無視するわけにも行かず、フリーデは苦さに眉をしかめながら振り返った。


「なんでしょう?」


「ガルサミン領には、第1王子殿下もいらっしゃるようですが……こうなった経緯を、聞かせてはもらえないのでしょうか?」


 ヴィッツは人好きのする笑顔を浮かべてながら聞く。

 少し考えて、ここはとりあえずとぼけることにしたフリーデは、ツンと顔を反らして答えた。


「さあ?尊いお方が何をお考えになっているかなんて、見当も付きませんわ。わたくしはやっとできたお友達のお招きに応じる、ただそれだけですもの」


 そう言って踵を返そうとするフリーデに、ヴィッツは低い声で刺すように言った。


「義姉上……まさか王子妃を狙っているわけじゃないですよね?!義姉上は、僕が学校を卒業して爵位を継いだら僕のお嫁さんになるんですからね!!忘れないでください!!」


「……あなた、まだそんなことを」


 フリーデはうんざりとした顔で義弟を見た。確かに同じ一族と言っても、フリーデとヴィッツはかなり血が離れているので、結婚は問題ない。……問題ないが、フリーデにその気はなかった。


「何度も言っておりますが、わたくしはこんな体なので結婚はいたしません。領地の温泉を生かしていい感じのリゾートホテルを作り、そこで自立して暮らします。あなたはとっとと同年代の婚約者を見つけなさい」


「義姉上がいるのに他に婚約者なんて、不実な真似はできません!」


 ビシッと言い返された。……『グラ白』だとトラウマ抱えたヤンデレ敬語枠だったのに、何か別のものを育ててしまったな……とフリーデはめまいがした。


「……第1王子殿下をお招きしたのはリナさんですわ。わたくしは友人の恋を応援するだけです。あなたも一緒にガルサミン領地に来るのでしたら、お二人の邪魔をしてはいけませんよ」


 面倒になったフリーデは、適当に今回のあらましを伝えた。ヴィッツは目をぱちくりさせている。「男爵令嬢が王子殿下を……?身分が違い過ぎるのでは?」などと彼がぶつぶつ言っているうちに、フリーデはとっととその場を去ることにした。ちょうどメイドがティーセットを持ってテラス席に来るのが見えたので、自分の分を部屋に運ぶよう頼む。


「義姉上!お茶の1杯くらいご一緒に」


「風で体が冷えました。おひとりでどうぞ」


 フリーデは今度こそ振り返ることなく、そそくさと自室に引き上げた。


(ああもう、なんでこうなっちゃったかなあ。仲のいい姉弟になるつもりだったのに……)


 事故から3年経って、フリーデがいくらか回復した頃、愛娘の行く末を案じた両親が、娘に領地の一部を相続させて女地主として暮らせるよう手配を始めた。そこに幼年騎士学校から戻ってきたヴィッツが「義姉上は僕のお嫁さんになればいいじゃないですかあ!」とぶち上げたのだ。

 フリーデは脳内で「いくないじゃないですかあ!」と悲鳴を上げた。せっかく第2王子の凍死ルートを避けたのに、義弟のこんがりルートが浮き彫りになるとは。

 あれ以来、フリーデは義弟に敬語&塩対応で接している。ヒロインのリナが義弟を狙うことがないと知った後も、苦手意識は消えなかった。そもそも、何でたいして接点のない義姉に拘るのかもよくわからない。騎士学校が男子校だったのがいけなかったのかもしれない。今の共学の貴族学校で、順当なお相手を見付けてほしいと願うばかりだった。


「どうぞ、お嬢様」


「ありがとう」


 自室にて、侍女の入れてくれたお茶を飲んで、フリーデはやっと一息ついた。蜂蜜を入れたハーブティーが、口に残った薬湯の苦味をかき消してくれる。


(このまま全部うまく行けば、禁断の悪魔は復活しない。リナさんが聖女として担ぎ出されることもない。私はこんがりも凍死エンドも迎えない。王都は破壊されず、王国は平和なまま。……なら、私のするべきことはひとつ!)


 テーブルにノートとペンを置いて、フリーデは思い浮かべた……前世の記憶を。そうだ、思い出せ、社畜時代だったあの日々を。その先に浮かぶ温泉郷(ユートピア)を……そう、温泉だ!岩盤浴だ!打たせ湯だ!ジャグジーだ!蒸かし饅頭だ!湯上がりのコーヒー牛乳、フルーツ牛乳、瓶コーラを思い出せ!!キンキンのビールを!浴衣で寝そべる畳の心地好さを!!

 フリーデは思いの丈をノートに綴った。彼女の前世はしがないITドカタで、今世に生かせることはあまりないけど、この温泉に対するアツい情念(パトス)だけは誰にも奪えなかった。これを元に、領地に最高の温泉宿を作るのだ!


「俺たちゃなんだソルジャーかぁ?!」


「フリーデ様、いつまで起きてらっしゃるんですか?!夜に急にわけのわからないことを叫ぶのもおやめください!」


 その日、フリーデは侍女にどやされるまで理想の温泉宿資料を作るのに夢中になり、夜更かしをしたせいで、翌日偏頭痛で寝込んだ。

 ※閃輝暗点(せんきあんてん)からの頭痛はシャレにならないので、皆さん夜更かしはやめましょうね!


 夏季休暇まで1ヶ月を切っている。

 転生悪役令嬢と転生ヒロインは、来たる夏に向けて期待に満ち溢れ、素敵な夏休みにするために、その後もお茶会を続けるのであった。



 ◇◇◇◇◇


「ガルサミン男爵令嬢が、第1王子殿下に?」


 上位貴族のみ出入りを許された王宮のサロン内、豪奢なティーテーブルの前で、令嬢が呟いた。

 ミューラー・オリガトル公爵令嬢。薄い金髪に黄緑の瞳。10人中8人が『可愛い』と評価するであろう容姿(残り2人の評価は『普通』)。貴族学校3年で、生徒会書記。第2王子の現婚約者だ。

 メイドに扮した密偵は報告をしたあと、速やかに姿を消した。ミューラーは苛立たしげに息を吐く。


「……"ヒロイン"め、どういうつもりかしら?"攻略対象"でもないのに、あんなポンコツ王子にアピールするなんて……」


 彼女の独り言を聞く者はいなかった。

 やがて先触れのメイドがやってきて、待ち人の来訪が告げられる。ミューラーは先ほどまでの渋面から打って変わった喜色満面の笑みを浮かべ、立ち上がった。


「やあ、ミューラー」


「お待ちしておりましたわ、エルガー様!」


 ミューラーは優雅なカーテシーで、この国の第2王子、エルガー・ド・グランシャリエを出迎えた。

 見事な銀髪に深い緑色の瞳。容姿は恐ろしいほど整っており、スラリとした長身で、全ての身のこなしに優雅さが漂う。絵に描いたような完璧な王子だ。

 ふたりは常套句の挨拶を交わしたあと、着席してお茶会を始めた。


 ――はぁ、やっぱりエルガー様は素敵!頑張って前の婚約者を蹴落として良かったぁ!モブキャラ転生なんて最初はガッカリしたけど、公爵家に生まれたのはラッキーだったわね!


 にこにこと愛らしい笑みをエルガーに向け、ミューラーはご満悦だ。

 彼女には前世の記憶があった。この世界が前世でハマっていたソシャゲ『グランシャリエの白薔薇』だと気付いた時には、すでに第1王子の婚約者として立てられていたが、立太子が流れた時に、全力で権力を駆使して第2王子の婚約者にスライドした。王家に次ぐと言われるオリガトル公爵家だからこそなし得た荒業だった。


 ――モブ転生からの王太子妃、そして王妃!流行りの異世界転生王道ラブストーリーいただきました!ヒロインなんかに絶対に負けないんだからねっ!(ハァト)


 今のミューラーに怖いものはない。

 強いていうなら『グラ白』正ヒロインのリナの存在が気になっていたが、悪役令嬢であるバンドー伯爵令嬢が不慮の事故でリタイアした今、ヒロインをいじめるキャラがいないため、攻略対象ときっかけを作ることができていない。あげく、攻略対象でもない第1王子と接触を図っているという。バグか、厩係以外の隠しルートが展開しているのかはわからないが、第2王子に関わって来ないならそれでいい。


 ――まあ、どうなっても私には関係のないことだわ。


 何にせよ、復活した禁断の悪魔を倒すのは、聖女に覚醒したヒロインだ。闇落ちした王子が王都を破壊しても、ミューラーにはどうでもいいことだった。

『グラ白』の全てのエンディングでは、モブである彼女が「無傷だった我が領地を基礎として、王国の復興を目指しましょう」とヒロインに語るシーンがある。破壊された王都の代わりにオリガトル領地が国の中心になるのだ。ミューラー自身も領地もゲームシナリオで安泰が保証されている。何の不安もない。


 ――ふふっ、オリガトル領の教会で、花嫁衣裳を着て『白薔薇』を受け取る日が楽しみだわ……!

 

『グラ白』での結婚式では、花嫁は伴侶から白薔薇の花束か、それを模した装飾品を送られる。タイトルの白薔薇はここから取られていて、キャッチコピーも「貴女は誰の白薔薇を受け取りますか?」だった。ミューラーはゲームのシナリオ通りならば来年の初夏、白薔薇の香る季節に華々しく王太子の妃として結婚できる。

『グラ白』のヒロインより、ずっとずっと美しい衣裳を用意してみせる。白薔薇も最高級、この国の全ての国民に祝福される中、誓いのキスを交わす。

 その日を夢見て、ミューラーの愛らしい顔は、柔らかく蕩けた。


(……いい気なものだな)


 完璧な理想の王子の仮面の下で、エルガーは唾棄した。

 目の前の阿呆で考えの浅い地味な女に、彼はひとかけらも情を持ち合わせていなかった。彼女が猫を被っていることは一目でわかったが、この「お人好しでドジっ子」の上っ面に学校の令息は大半が騙されている。その手腕と身分に免じて側に置いているが、エルガーの目的は別にあった。


 ――禁断の悪魔について。


 そもそもこの世界は魔法で栄えていたはずだが、今や片鱗しか残っていない。

 バンドー伯爵家に伝わる炎の魔法剣、サイツァー伯爵家に伝わる氷の杖など、その血筋の者しか扱えない遺物はあるが、王家にはなにひとつそういった確たるものがなかった。まれに血筋を選ばない『聖女』という光魔法の使い手が出現することもあるが、遺伝しないので王家に取り入れても意味がない。

 グランシャリエ王家は証が欲しかった。神に選ばれたという、王族の証が。

 唯一残っているのが、王宮の北の尖塔の地下に封印されている『禁断の悪魔』だ。王都創建に関わるとされているが、真の名前も由来も伝わっていない。復活させるには決まった術式と王族の贄が必要で、制御できねば王都は破壊されるという。


 ――贄はもう決まっている――。


 エルガーは兄のことを思い浮かべた。ひとつひとつ丹念に希望と尊厳を打ち砕かれてきた兄。彼の絶望は、悪魔への良い呼び水となるだろう。

 あとは、悪魔を封印できるという『聖女』がいればいいのだが、見つからなくても王都が崩壊するだけだ。その時はオリガトル領に遷都すればいい。そのためだけの婚約者だ。多くの平民が命や住居を失うだろうが、王国の礎となれることを誇るべきだろう。


 ――『禁断の悪魔』さえ得ることができれば、王家は『証』を手に入れることができる――


 エルガーはとりとめのないミューラーの話に適当に相づちを打ちながら、内心で黒い笑みを浮かべた。自分こそが悪魔を従えるべく生まれた選ばれし人間だと信じて。



 ◇◇◇◇◇


 1ヶ月後、ガルサミン領地では。


「決めた。私、いや俺は王籍抜けて男爵家に婿入りします!一生魚釣りと昆虫採集と虫相撲をします!洞窟の探検もします!」


「フリーデ様ぁ!私、なんか光魔法に目覚めちゃったみたいなんですけど、第1王子攻略できちゃったからもういらないッスよね、ポイしていいスかね?」


「待って!ポイは良くない!照明に使いましょう!あと、私のボーナススキルであずきバーが出せるようになりました!」


「(あ、義姉上……ていうか、全般的に何が起きてんだこれ……)」


 風光明媚な男爵領にて、4人の若者と領民により、その年の夏を独り占めするような素晴らしい冒険が繰り広げられたという。

(ヴィッツは心労でちょっと痩せました。)


「くそっ、どうしてこうなった?!」


 その頃、王宮の一室で罵声が響いたが、完璧がゆえに孤独を極めている第2王子のそれを聞く者は、誰もいなかった。


 果たして、禁断の悪魔は復活するのか。

 第1王子とリナの結婚はうまくいくのか。

 フリーデの温泉宿は成功するのか。


 全ての結末は夏季休暇明けの学校祭、およびクリスマスパーティーイベントに託された。


 しかし、この転生悪役令嬢と転生ヒロインがいる限り、王都の未来は明るいものになりそうだ。


 2人の令嬢のお茶会は、夏季休暇が終わってもずっと続いたのだった。




 〈完〉




最後までお付き合いいただきましてありがとうございました!

思ったより難産&長くなってしまったので連載にしたかったのですが、仕組みがよくわからなかったので短編で上げました……二万文字のSSって短編かなあ……長くてすいません……!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 牝馬レシステンシアに悶えました。 [一言] 一生○○して、 釣してダブルなら行進して、 洞窟で「○○でヒゲ生えてたらだめなのかよ」とボヤく王子が現れる…?と想像しながら楽しく読ませていただ…
[一言] 面白い!ずっとわちゃわちゃしてて欲しいけど、第2王子とその婚約者はどうなるのか気になります。 読後、大好きだ!って気持ちになりました。応援してます。
[良い点] 3人のわちゃわちゃした感じ、嫌いじゃない。 第2王子の野望は、聖剣あずきカリバーが(歯ごと)打ち砕いてくれると信じてる(*・ω・)
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