境界線迫る
JRの遅延情報に、『鹿と衝突か?』と最初に思う――そんな地域に住んでいる。
とはいえ、鹿との遭遇に慣れている訳ではない。
ある日、仕事から帰ってきた私は一頭のエゾシカに気づいた。
半分以上開けていた車のドアを閉めて、再び座り直す。
「どうした?」
と、運転席の夫が聞く。
「いや、Sさんちの前に鹿がいるんだけど」
「鹿? ああ本当だ。結構デカいな」
デカいし、立派な角があるし、めっちゃこっちを見てる。
「何してる。早く降りろ」
「ええっ! こっちに来たらどうするのさ! 今、目が合ってるんだけど」
「大丈夫だって。サッと家に入れば」
いやいやいや。
50メートルくらいしかないんですけど!
ウサイン・ボルトなら、5秒かからないで来るんですけど!
「私は降りんぞ」
私が偉そうにふんぞり返ると、鹿も何か感じるところがあったのか、フィッと顔をそらすとすぐ側の雑木林に入って行った。
「あれ⁉ まだいる」
角鹿の跡を追うように、牝鹿が建物の陰から雑木林へと走っていった。そして、さらにもう一頭。
ずいぶんいたな!
もともと北海道は野生動物と人間の、生活の境界線がとても近い。
町から一歩踏み出せば原野か森林――という所も多く、緩衝地帯がないのだ。
今日も、近所の犬か?というくらい堂々と、キタキツネが家の前を歩いていった。
そして回ってきた回覧板には――なになに?
「熊、出たって」
回覧板を見ながら、夫に教えてあげた。
ここでいう熊とはヒグマである。
体長2メートル強。
金太郎も相撲を取る気にならないであろう、日本に生息する最大の陸棲哺乳類だ。
「熊? どこで?」
「町内で。えーと……端っこの方だね。土建屋さんの重機置き場あるじゃん。そこの防犯カメラに映ってたって」
「それ、いつの話?」
「5日くらい前だね。時間は夜の9時頃」
今、まさに夜の9時頃。
「俺、いま外に出るとこなんだけど」
「大丈夫だって。サッと家に入れば」
因みにヒグマの移動速度は、時速60キロメートルと言われている。
50メートル走に換算すると、3秒ほどか。
ウサイン・ボルトより速かった。
運動音痴です。高校の時の50メートル走テストは“11秒”でした。