悪役令嬢にされた私とシェフになった先生
中2の夏休み明けに登校拒否になった。
いじめられる理由は容姿や性格において難があるのだろう。小学生の頃からブス・デブの悪口にはずっと耐えていたが、体育の後の給食で『くっせぇな』の男子の一言で切れた。気づいたら牛乳瓶で殴っていた。
ママが会社を早退して怪我をさせたことへの謝罪と共に、日頃の悪口に対する抗議もしてくれた。でも学校はいじめの存在を認めてくれず、暴力はいけないの一点張りだった。
翌朝「学校に行きたくない」と呟くと、仕方ないわねという顔で認めてくれた。以来、学校には行っていない。その代わりに、近所の学習塾に通うことになった。
『トトロみたいな先生だよ』と言って紹介された担当の先生は、30代くらいの体格のいいオッサンだった。腕まくりをしてワイシャツの胸ポケットにボールペンを10本以上突きさしている。
正直、トトロは腹まわりだけだと思った。
「数学好き?」
が第一声だった。すかさず嫌いと答える私。
「だろ、俺もなんだよ!」と言って胸から青いボールペンを取り出して、私のノートの表紙にでっかく“数が楽しい”と書いた。
「こっちの数楽の方がいいよなぁ」と私の目を見ながら笑いかけてきた。
案の定、変な先生ではあったが、絶対に怒らない先生でもあった。何より目を見ながら話してくれるのが嬉しかった。習い始めてからちょうど半年。私は、急に数学以外の話をしたいと思った。
「そうか。大変だったな」としばらく沈黙の後、私の肩に手を置いて
「よし、俺がお前の代わりに復讐してやる」
「は?」
「牛乳瓶じゃなくて、今度はナイフとかフォークにするか?」
「え、いや、それはダメだと思う」
「いいんだよ、俺は怒ってるんだ!」
胸ポケットから赤いボールペンを取り出して私のノートに何やら書き始めた。
「でも、人を傷つけるのは絶対ダメだって」
手のひらに殴った感触がよみがえる。
「人はな、紙の上では神になれるんだぜ」
先生が図形の問題を解く時の台詞を言いながらノートを手渡してきた。
美人悪徳令嬢のアスカが下僕シェフとなった先生をこき使いながらクラスメートに復讐をする物語 第一話と書かれていた。
「なんで悪徳なの?」
「お前、怒ったら無口になるタイプだろ。悪徳令嬢なら威勢よく啖呵切って思ってること全部言えるじゃん。ざけんじゃねぇ、って」
「じゃあなんでシェフ?」
「食いしん坊だからな」
「先生馬鹿でしょ」 と笑った。
本当はトトロ先生にしがみついて泣きたかった。