第96話 まとまりのない本棚
第二の被害者かつ、第一の事件の被疑者でもある、伴野 耕が遺体で発見された。状況的に絞殺であり、他殺と考えられる。
殺人のあったダイニングには、遺書が置かれていた。管轄の奈良県警捜査一課所属、菜畑警部は冷蔵庫の下を指差し
「遺書が見つかったのは、この冷蔵庫の下でした。何かの拍子で、この下に滑り込んだのか、それともわざとここに置いていたのかは、現段階では分かりません」
遺書と書かれた封筒の中身は、日本語で書かれておらず、獣人たちが使用する言語で書かれていた。翻訳や筆跡鑑定には時間を要するそうだ。
建物内にいる警官は、指紋を付けないように、全員が白い手袋を付けている。当然ながら悠夏も白い手袋を付けている。鐃警はと言うと、ロボットなので必要ないが、形式通りに白い手袋を付けている。
ダイニングを見渡すが、悠夏のアンテナに引っ掛かるようなものはなく、廊下から別の部屋へと移動する。書斎と思われる部屋があり、壁一面が本棚となり、様々な書物がぎっちりと詰まっている。百科辞典や歴史に関する書物があれば、ノンフィクションやエッセイのようなもの、雑誌や漫画など、多岐のジャンルに渡る本があった。ただ、気になったのはその並べ方である。シリーズものでも、離れた位置にある。
「上下巻がこんなに離れてる……」
シリーズで横並びになっている本がないか探すと、意外と見つからない。作品や筆者の五十音順、出版社、発行日なども考えたが、あまりにもランダムに並んでいる。
「まるで、普段は読んでないみたい……」
端から順番に本の背を見ていき、3分ほど経ったとき
「あれ? ここだけ順番だ」
月刊雑誌の1月号と2月号が、そこだけ順番に並んでいた。
「”月刊 噂の表裏”。1998年1月号。それと98年2月号」
両方を本棚から取り出すと、表紙を見て驚いた。あおり文として、1月号には”驚愕!人間ならざる者とは?!”。2月号には”追跡!獣の耳をした人間達とは?!”。察するに、獣人のことではないだろうか。
ご丁寧に、該当ページに付箋までしてある。調べたところ、”月刊 噂の表裏”は、2002年に廃刊になっており、出版社はすでに倒産していた。
悠夏は、付箋の着いたページをゆっくりと開く。モノクロの誌面には、顔を隠した写真と記事やあおり文と、ゴシップ誌でよくある構図になっていた。”関西の山奥に住む獣人を激写”と書かれており、写真には尻尾と獣の耳のある女性と思しき人物が写っている。顔は黒丸で分からないように隠しているが、知っている人から見れば、服装や体格から特定できそうだ。
1月号は初出情報のようで、2月号は続報らしい。2月号の記事を読んでいると、雑誌から1枚の紙が舞い落ちた。A6サイズぐらいの紙を拾い上げると、1枚のはがきだった。
「年賀状……」
裏には、新年の挨拶と、干支が描かれている。
「ヘビってことは……」
2019年の今年は、亥年。イノシシから遡ると、2013年と2001年が巳年だ。ひっくり返すと、切手に西暦が書かれていた。2001年。18年前の年賀状と言うことになる。この雑誌が発行されてから、3年後。
表の住所だが、宛先は奈良県生駒市阪良78番地。つまり、ここの住所だ。差出人の住所と名前は
「京都府京田辺市者邑96番地4号。伴野 敏晴」
おそらく、父親か祖父だろうか。悠夏はタブレットを取り出し、捜査資料から被害者の家族構成を確認する。どうやら、祖父のようだ。すでに他界しており、京都の家についてはどこにも記載が無い。
「佐倉巡査、何かありましたか?」
他の部屋を調べていた鐃警は、収穫がなかったようで、こちらへ来たようだ。
「警部。伴野さんの実家が、京都にあるみたいです」
悠夏は、年賀状と雑誌を鐃警に見せ
「この雑誌に挟まってました」
「これ、どの辺りですか?」
「隣接する街みたいですよ。山を越える必要がありますけど……」
「近いのなら、行ってみますか?」
菜畑警部に情報を共有し、悠夏たちは八尾巡査の運転で、者邑を目指す。阪良からは、山を迂回するため、隣町でも20分ほどかかった。
目的の住所には、広い敷地に、木造の築100年は優に超えていそうな建物と、白と黒のなまこ壁が特徴の蔵があった。かつでは日本庭園のような綺麗な庭であったような面影を残しつつも、荒れ果てている。
悠夏がインターホンを押すが、
「返事がないですね」
「敷地内も手入れされていないみたいで、かなり雑草も生い茂って、まるで空き家みたいですが……」
「京都府警に問い合わせたところ、この土地は被害者の伴野さんが現在も所有しているみたいです」
「来たのはいいですが、令状がないと入れないですね」
「警部。分かっていて、どうしてここに?」
「いや、偶然入れないかなって」
捜索差押許可令状がなければ、入れない。それを知っているから、八尾巡査はパトカーで待機している。
「とりあえず、一周回ってみます」
敷地内には入らず、外周を回る。特にこれといって収穫も無く、もとの位置に戻ってくると、青年と少年が門の前で話している。青年は、20代の男性で、少年は小学生だろうか。
離れた位置で、2人のことを見ていると、敷地内の中へ。
「警部」
「まさかの、敷地内に入る理由が……」
急いで、門へ。2人はどんどん奥へ。悠夏は、倉知副総監へ”トーカー・メッセージ”で、報告する。すると、既読表示のあと、返信がすぐにあり
「警部。副総監の許可、出ました」
「佐倉巡査、了解です。では、特課の特別権限で、不法侵入容疑者確保のため、お邪魔します」
「別に、特別権限ではないですけど……」
あくまでも、上司に確認して、”それは調べた方がいいな”と返事をもらっただけだ。
敷地内に入り、2人を呼び止める。
「すみません。警視庁特課です」
鐃警が声をかけ、悠夏が形式的に警察手帳を見せて、すぐにしまう。すると、青年は口元に人差し指を近づけ、
「この子の友達が、この家に監禁されている可能性がある。犯人がいないとは言い切れない」
だから、あまり大声を出さないでくれ、ということだろう。所有者が亡くなっていることは、未公表のため、悠夏と鐃警は言わずにいた。それに、単独犯ではない可能性や全く別の人物が関与している可能性もある。しばらくすれば、倉知副総監経由で連絡の入った京都府警が到着する。最寄りからの現着は40分らしいが。
青年は、少年に対して
「場所は分かるか?」
「うん。欣一君の匂いが、あっちからする」
母屋を指差した。それを聞いた悠夏と鐃警は目配せし、悠夏が情報を”トーカー・メッセージ”に流す。
「他に誰かいるか?」
「残り香はあるけど、欣一君だけだと思う……」
この2人のやりとりを見て、悠夏はふと思う。青年に対して、どこかで見たような面影を感じる。そう、心当たりのがあるのは、ある探偵だ。
To be continued…
残った”都”を分割して、者邑という架空の地名を生成。さて、悠夏が面影を感じた人物とは……。
次回は、毎年恒例の12月1日更新です。通常の12月3日も更新予定です。
物語の途中ですが、アフターストーリーを挟みます。探偵については、次々回。




