第95話 県境近くで発生した事件
鐃警と悠夏は、京奈阪を目指すパトカーの中で、事件を簡単に整理する。まだ一部の裏取りができておらず、推測による補完もある。
「最新の捜査報告から考えると、事件現場にいたのは、被害者と犯人、そして犯行後にその場所を訪れた目撃者」
「被害者は現場で何者かに殺害されて、祠の近くに埋められた。犯人が誰かを埋めているのを目撃した、柴垣 夏枝さんは、立ち去った後に祠の付近を調べるが、何も持っていない状態で、かつ1人では何も出来ないため、その場を後にした。犯人が獣人であることは目撃したため、警察に相談する前に、夫の駿稀さんに相談しようとしたが、帰ってこなかった。それもそのはず。被害者は駿稀さんだったから」
「夫どころか、息子の欣一君も帰ってこず、2人を心配して、事件に巻き込まれたのではないかと思い、ふと欣一君のパソコンを調べた。しかし、事件に関する情報は何も無かった。しかし、ネットの履歴かブックマークなどから、欣一君がよく見ていた動画サイトを開き、一番目につくところ、おすすめ動画に、葉陽君の動画があった。それにカーソルを合わせると、動画の一部が再生され、そこに祠が映り込んでいた。実際に動画を再生すると、オープニングとして、祠の映像が使用されていた。夏枝さんは、この動画をもって、警察に相談することにした」
「最新の彼女の証言によると、一連の行動は、誰も相談できず、パニックになっていたと。どうすればいいか、一向に分からなかった、と泣き崩れながら、そう話したそうです。現在は落ち着きを取り戻し、目撃した犯人に関して特徴を証言」
「一課の、別の捜査員が監視カメラを片っ端から調べて、気になる人物を発見。駿稀さんの訪れた場所に、まるでストーカーのようにいた、と」
「その人物が、真帆薬品工業の大阪営業所に勤める伴野 耕という男性で、年齢は25歳」
鐃警と悠夏が後部座席で確認するなか、運転手の八尾巡査のもとに電話がかかる。交通量が少ない道のため、パトカーを路肩に寄せて、電話に出る。3分ほどで会話を終えると、
「伴野について、分かったそうや。佐倉ちゃんに情報を送るらしいから、届いたら読み上げてくれん?」
「分かりました」
悠夏は、承諾してタブレットを操作し、メールを確認する。すると、メールが一件届いた。PDFが添付されており、ダウンロードして開く。1ページ目は、伴野の略歴や運転免許証の情報、戸籍などが記載された資料だった。2ページ目には、捜査員が書いたであろう資料があった。悠夏は2ページ目以降を、新情報と大事なところを中心に、掻い摘まんで読み上げる。
「伴野さんは、大阪営業所に勤めて3年。独身で、あまり飲み会などの、人が集まる場所には同席しないそうです。欠勤はないですが、有給を全て病欠による理由で使用しているそうです。ポスター作成には関わっておらず、仕事を通しての被害者との繋がりはゼロ。戸籍の情報によると、本籍が被害者の近所であり、プライベートでの接点は考えられる。次に、夏枝さんに伴野さんの写真を見せて確認したところ、現場で目撃した人物に似ている、と。さらに、夏枝さんは、伴野という名前を知っていたようです。直接会ったことがないため、同一人物かは分からないと。どこで名前を聞いたのか、捜査員が質問したところ、駿稀さんから聞いたかもしれない、と」
「それがホンマなら、接点は大アリやな」
悠夏は4ページ目に移動すると、手が止まった。隣に座る鐃警は心配そうに
「どうしました?」
「それが……、伴野さんの、本籍住所の建物で、数時間前に奈良県警へ通報があったそうです。通報内容は、”家の窓を見て、男性が死んでいる”と」
「ええっ?! ……佐倉ちゃん、それ詳しく」
「奈良県警によると、大阪府枚方市京奈阪に隣接する、奈良県生駒市阪良78番地の一軒家で、男性の遺体を発見。第一発見者は、犬の散歩中で、偶然、遺体が窓から見えたそうです。索条痕から、死因は絞殺と考えられ、首元には吉川線があったため、他殺と考え、20分ほど前に捜査本部を設置したそうです」
吉川線とは、被害者が紐や犯人の腕を解こうと藻掻き、その抵抗の際に、自分の首元を引っ掻いた傷である。この吉川線の有無が、自殺か他殺かの判断材料の1つである。
「こちらの詳細は、追って送られてくるそうです」
「そうなると、大阪府警と奈良県警で、合同捜査本部か共同捜査本部ですかね。そうなると、指示系統が変わるかもしれないですね」
鐃警の言いたいことは、このままパトカーで走っても、京奈阪ないしは阪良に着く前に、上からの指示があるかもしれない。一旦、指示を仰ぐべきではないかと、遠回しに八尾巡査に言ったのだ。伝わったかどうかは分からないが。
ちなみに、合同捜査本部と共同捜査本部によって、指揮系統が異なる。合同捜査本部は指示系統を一元化し、共同捜査本部は一元化しない。
「上からの指示を待っとってもしゃあない。どうせ指示されるとしても、1時間後とかやろ。それまでには着くはずや。奈良まで飛ばすで」
*
奈良県生駒市阪良78番地。阪良は、もともと阪良村として存在していたが、平成の大合併で生駒市に吸収合併した。周囲は山であり、一軒一軒がかなり離れている。
悠夏たちが到着したときには、鑑識作業が終わっており、奈良県警の警官に事情を説明した。
「なんで? 佐倉ちゃんたちはオッケーなのに、なんであたしだけ駄目なん?」
八尾巡査が訴えるが、奈良県警の高山巡査は
「大阪府警の方は、管轄外ですよね? まだ共同捜査本部が設置中のため、規制線より中はご遠慮ください」
「じゃあ、なんで?」
と、規制線の中にいる悠夏と鐃警を指差すと、高山巡査は
「本庁の方ですので……」
「それ贔屓ちゃうん?」
「いえ、許可が下りてますので」
高山巡査と八尾巡査が揉めている中、悠夏は申し訳なさそうに現場となった部屋へ。悠夏と鐃警は、倉知副総監経由で奈良県警に話を通していた。ただ、大阪府警の八尾巡査は、残念ながら共同捜査本部の設置前で、許可が無いため入れない。
遺体はすでに搬出済みで、遺体のあった場所は、チョーク・アウトラインで記されている。それによると、床に倒れ込んでいたようだ。被害者の周囲を象る、チョーク・アウトラインは、ここ最近使用する機会が減っている。理由は、現場保存のため。ここではその方法が使用されていた。
奈良県警の菜畑警部が悠夏たちを見て、
「話のあった、警視庁の方ですかね?」
「はい。特課の佐倉 悠夏です。こちらが、警部の」
「鐃警です」
「話には聞いてましたが、こちらがロボット警部ですか。私は奈良県警の菜畑 富雄です。早速ですが、ご案内します」
現場は、1階のダイニング。少し腐乱臭がする。悠夏は、ハンカチで口元を押さえる。それと、少し寒い。
「死亡推定は、12時間以内。ただ、部屋は冷房が設定されており、畳の一部が濡れていることから、氷が置かれていた可能性があります」
「ということは、もしかすると殺害されたのは、もっと前かもしれないってことですか?」
「かもしれない。としか……。詳しいことは検死待ちです」
「亡くなったのは、伴野さんで間違いないんでしょうか?」
「免許証と遺書がありましたので」
「遺書?」
「えぇ。ただ、本人によるものか、犯人の偽装かは、筆跡鑑定待ちです」
「遺書が見つかったのは、20分ほど前でしょうか」
「遺書にはどのようなことが?」
「それが、解読待ちですね……」
「解読?」
悠夏と鐃警は、話が分からず、首を傾げた。
「封筒には、日本語で遺書と記載されていましたが、内容はどの言語でもなかったので……」
益々、分からない。日本語や英語、中国語でもないということだろうか。
「大阪府警と特課もご存じかと思いますが、被害者は獣人で」
「ちょっと待ってください。それは、知らないですよ」
叫んだのは鐃警だったが、悠夏も声には出さなかったが、似たように叫びそうだった。
つまり、京奈阪の事件は、獣人同士の殺人事件ということだろうか。
To be continued…
管轄が違う上に、ずかずかと現場荒らされても困りますし、許可は得ないと入れないですよね。
大阪京都奈良の漢字を組み合わせて、京奈阪と阪良という架空の地名を舞台に物語が展開しております。じゃあ、次は都かな?
もう95話だよな。あと何話かかるかな。ひとつ考えているのは、この話のあとに1話完結を書いて、長編に入ろうかと思ってます。長編の1話目か2話目が第100話になれば、と。




