第94話 混血
悠夏と鐃警は、大阪府警の八尾巡査とともに、被害者が勤めいていたデザイン会社の中之島社長から話を聞いていた。そのなかで、子どもの話になった。
「確か、柴垣君の子どもは、まだ小学生かな。いつだかの、飲みの席で会ったのが最後だな。いつも帽子やフードを被っているから、尻尾に関して知った後に聞いたら、耳を隠すためと言っていた」
「耳? ですか?」
「そう。混血だから、柴垣君は獣人に変身が出来るけど、お子さんはそれができないらしく……」
どうやら、被害者は犬と人間の両方に変身できるが、人間と獣人の混血となった子どもは、それができないらしい。未熟で出来ないのか、そういう特性なのかは分からないが。
「中之島社長は、他の獣人はご存じなんですか?」
「いや……。ただ、実家は奈良と京都の県境に近いって言ってたから……」
その証言を聞いた悠夏たちは、ひとつの可能性を考える。ただ、それなら、尚のこと、なぜ依頼者である夏枝さんは言わないのだろうか。犯人も獣人である可能性が出てきた。実家とは、もしかすると、獣人の仲間が住んでいる地域ではないだろうか。遺体発見現場の京奈阪は、すでに大阪と京都、奈良の県境である。さらに、柴垣さんの息子さんの話は、ここまで捜査上で聞いておらず、現在の所在は?
八尾巡査は、スリープ状態のスマホをポケットから取り出し、画面は中之島社長の方へ見せずに、
「ちょっと、すみません。電話があって。外でさせてもらいます」
と、玄関の方へ。ここまでの報告と、被害者の子どもに関しての情報を確認するのだろう。悠夏は、話を続け
「中之島社長は、獣人を見て驚きとかは?」
「んー。特には。仮装とかコスプレかな、ってぐらいで。尻尾に関しても、可愛い尻尾ですねって、特に何も考えずに発言したぐらいですし。仕事柄、獣と人間のハーフのキャラくらい、よくデザインしますし。ソーシャルゲームとかのキャラで」
「なるほど。ロゴとかキャラとか、手広く製作されてるんですね」
「いや、あれこれ好き嫌いしてると、偏った絵しか描けなくなるし、何より商売ですから。ただ、社長になってからは、製作の時間が少し減って、急を要するような重い作業はできなくなりましたが……」
中之島社長の言う”重い作業”とは、時間がかかって作業量の多いデザインのことである。話がデザイン中心に脱線しつつ、八尾巡査が戻ってくるまでは、特に事件に関するような情報はなかった。八尾巡査は戻ってくるなり、会話を遮って、1枚の写真が表示されたスマホを机の上に置き
「この男性に、見覚えは?」
写真は防犯カメラの切り抜きのようだ。電柱にもたれかかり、ポケットに両手を突っ込んだ、25歳ぐらいの男が映っている。帽子を被っているが、顔ははっきりと見える。
「うーん。見たような、見てないような……」
中之島社長は、両腕を組んで思い出そうと考え込み、
「あ。2週間前に、客先で見た気がします」
「どこの会社か、覚えとります?」
「……見間違えかもしれませんが、真帆薬品工業の大阪営業所で見かけたかもしれないです」
「真帆薬品工業って、大手の製薬会社じゃないですか」
国内のトップ10に入るであろう製薬会社のひとつである。中之島さんによると、向こうの営業の方から声が掛かったらしい。ホームページと見た後、問い合わせがあったそうだ。依頼は、ポスターのデザイン作成。
「最後は、残念ながらおじゃんになったんですがね……。この前の信州工場のいざこざがあって……」
いざこざ。信州工場で少額ながら、補助金不正受給事件があり、5月に公安と捜査二課が検挙していた。それがイメージダウンとなり、ポスター作成はイベントごと白紙になったそうだ。
*
戻りのパトカーの中では、写真の男性についての話となった。鐃警はバックミラー越しに、
「八尾巡査が、電話の後に見せた写真の男性って、何者ですか?」
「あぁ、あれはな。こっちで掴んだ情報なんやけど、最近の被害者が行ったっちゅう場所に、よくおった人物で、どう考えても偶然ではなさげやったから」
「身元に関する情報は?」
「まだ、なんにも」
捜査を始めたばっかりで、情報は少なそうだ。では話を変えて、悠夏は、新たな証言がないかと聞く。
「八尾さん。夏枝さんの証言は、今日どうでしたか?」
「それなんやけど」
と、話始めようとした途端、電話が鳴る。
「電話か。ちょっと、そこのコンビニに寄るで」
八尾巡査は、車をコンビニの駐車場に正面のまま素早く止めて、電話に出る。
電話の最中、悠夏と鐃警はコンビニの方を見る。今は、おにぎりが90円のキャンペーン期間中らしい。人気アニメのグッズが当たるクジの開催期間中のようで、ポスターが貼ってある。
「あっ、”鬼里”のクジしてる……」
悠夏が呟くと、鐃警は
「知ってるアニメですか?」
「この前の同窓会で会った人が、製作進行をやってまして」
「お仕事ですか。どんなアニメなんですか?」
「今放映中で、原作はジャンデーって言ってましたね。内容としては、山奥で兄妹が過ごしていたある日、鬼が現れて、妹が鬼に変貌。鬼となった妹が、襲撃した鬼を倒すも、人間に戻れない状態に。実は、腹違いの兄妹で、妹は鬼と人間の混血だったんですが、襲撃してきた鬼の血を受けて、バランスが崩れ、鬼の力が強くなったそうです」
「主人公は兄で、妹を救う話ですか?」
「一見、そんな気がしたんですが、2話で兄が瀕死に陥り、妹が兄を救うために、兄を鬼にする話です」
「えっ、鬼になるんですか……?」
「私も、最初は見てびっくりしましたよ。結局、鬼に一度なってしまった以上、人間社会で生きるのは困難と考えて、自ら鬼への道を進むわけですね。兄妹を知る者は、警察に頼んでも混血を理由に殺されるおそれがあるから、相談できずに彼らだけで兄妹を探しに行くわけです」
「ちょっと、気になりますね……その作品」
鬼里の話で盛り上がっていると、八尾巡査の電話が終わり
「新しい情報やで。息子の欣一君が行方不明らしい。誘拐の線もあるで」
八尾巡査は、バックミラーで後ろを確認し、車をバックさせてコンビニの駐車場から出る。大阪府警ではなく、来た道を戻るように出ると、
「あれ? 戻るんじゃないんですか?」
「このまま、京奈阪に急行する。うちらが聞いた、混血の話を夏枝さんにしたら、色々と喋ったそうや。夏枝さんは、犯人を目撃しとる。ただ、埋められていたのが自分の夫だとは知らんかったみたいや。獣人の誰かが被害に遭っていたところを見て、自分で掘り返せへんから、駿稀さんに相談しようとしたけど、いつまで経っても帰ってこん。息子も。何かに巻き込まれてないかと不安になって、欣一君のパソコンを調べたらしい。メールやら履歴やら。ただ、そんな事件性のあるようなことは見つからず」
「あの動画にはどうやって?」
「欣一君が、葉陽君の動画をよく見ていたみたいで、パソコンを起動してブラウザを立ち上げたときに、おすすめとして一番最初に表示されたそうや。こればっかりは、偶然かもしれん」
おすすめとして表示された理由は、最新の動画だったから。しかし、それだけでは再生しなかった可能性が高い。
「動画サイトって、マウスカーソルを合わせると少しだけ動画の映像が流れるやろ? そこで例の祠のシーンが含まれとって、知ったわけやな。こんなん、流石に言われんと分からんやん」
To be continued…
鬼里。第64話から登場した劇中作品で、モデルは言わずもがなですね……。登場人物は、人間として生きるのではなく、鬼として生きることを選択する話のようですが。
今回、真帆薬品工業という会社名が登場しましたが、製薬会社が登場するのは2社目ですね。1社目は、第56話の保志野製薬でした。そこしか登場してないですが。
さて、そろそろ、漠然としてる動画サイトの名称を考えようか。ただ、いい名前が思いつかないんだよね……。




