第93話 獣人
捜査会議が行われている扉には、会議の名称が書かれているが、流石に”獣人”の文字はない。悠夏と鐃警は、捜査会議の資料を持って、会議室を後にする。捜査会議は、今し方終わり、八尾巡査に同行することになった。向かうは、被害者の勤務先へ。
八尾巡査の運転で、パトカーの後部座席に乗った悠夏と鐃警は改めて事件を整理する。
「被害者は、柴垣 駿稀さん。31歳の男性で、中央区のデザイン会社に勤務。会社概要によると、従業員は5人程度」
「獣人であろうがなかろうが、人間である以上、殺人事件には変わりませんし、捜査はいつも通りですかね」
「佐倉巡査。特課の”いつも通り”が、たまにイレギュラーなこともあるんですが……。どれを基準にしてますか?」
「未経験のアプローチがなければ、いつも通りじゃないですか?」
「うーん。かなぁ?」
鐃警は首を傾げながら、事件資料を捲り、
「事件現場は、京奈阪の山奥。死体遺棄容疑と殺人容疑の2種類が考えられます。周辺に監視カメラは無く、目撃情報も期待できない。被害者が行方不明になったのは、1週間前。遺体に外傷は見られず、今日にも司法解剖が行われ、何らか情報が出てくる模様。……この捜査資料を見ても、分からないことだらけですね。ただ、1個だけ分かったのは、遺体のあった現場付近に、柴垣 夏枝さんの指紋と長髪が見つかったこと。祠の一部から発見された指紋は、新しいそうですね……」
「ですが、私達が現場へ向かったとき、夏枝さんは同行していませんよ? そうなると、夏枝さんは、私達よりも先に現場を訪れてるってことですよね?」
悠夏は捜査会議で不思議に思った。普通に考えて、その場にいた捜査員の全員が、疑問に思っただろう。なぜ相談者が先に現場を訪れていたのか。そして、それを本人は証言していない。
「夏枝さんは、大阪府警に、投稿された動画を提示して、相談に来たわけですから。現場を一度訪れているなら、そのときに通報するなり、場所を直接言えばよかったことですよね?」
2人の会話に、八尾巡査が当時のことについて
「佐倉ちゃん。第一発見者になりとうなくて、わざわざ回りくどいことをする人はおるで。自首しとうない人もな。なんでそないなことするんかは、本人しか分からへんこともあるし」
「あとは、本人も焦って変なことをすることもありますね」
「被疑者の候補がまだない以上、夏枝さんが、現状、一番疑わしいわな」
鐃警と八尾巡査は相談者を一応疑っているが、相談者が犯人であるかどうかは、まだ分からない。しかし、本当に動画を見て相談したのであれば、現場に指紋や髪が発見されるだろうか。もしかすると、早く見つけて欲しくて、相談した可能性もあるし、考えれば考えるほど、情報が少ない今だからこそ、様々なシチュエーションが思いつくだろう。
夏枝さんへの確認は、別の捜査員が担当しており、もしかするとそこで明らかになるかもしれない。
*
デザイン会社は、マンションの一室をオフィスとしているが、実際は社長のお宅であり、基本的にはそれぞれの家で作業しているらしい。会議はWeb会議を中心とし、直に会う場合は、喫茶店やレンタル会議室で行っているそうだ。
社長の中之島さんのお宅へお邪魔すると、9階の2LDKで角部屋だった。今日は、仕事部屋でアプリのロゴ作成をしていたそうだ。一先ず、話はリビングで伺うことに。中之島社長は、珈琲を人数分用意し、被害者に関して知っていることを話し始めた。
「亡くなったことは、刑事さんから聞いたのが初めてでした。柴垣君は、かなり繊細なデザインからデフォルメしたものまで、幅広く描ける人でしたので……」
「中之島さんが、最後に、柴垣さんと会ったのはいつ頃でしょうか?」
事前に、特に希望もしていなかったが、八尾巡査が「佐倉ちゃんに任せるわ」と、聴き取りを一任し、悠夏が聞くことになった。気になったことがあれば、その都度割り込むとのこと。中之島社長は、珈琲を一口飲むと、
「基本的に、うちはWeb会議とメールでやりとりしていて、直接会うのは、最低月1回です。社員によっては、海外にいたり、地方で作業をしていたり、と。ネットが繋がれば、特にどこで作業してもらっても、構わないので。本題の、柴垣君といつ会ったのが最後かについてですが、2週間前に客先とのミーティングを、レンタル会議室で行ったときが最後ですね。先週は、有給を申請してましたし」
「有給ですか?」
「えぇ。連休を作って、旅行にでも行くのかと聞いたら、友人に会うとか。それ以上のことは、特には聞いてないですね」
「そのときの柴垣さんの様子はいかがでしたか? おかしな点とかは?」
「いや、特には。いつも通りって感じだったな」
「そうですか。ちなみに、柴垣さんはどのような人でしたか? 恨まれるようなことは……?」
「真面目で責任感のある、優秀な仕事仲間ですよ。プライベートはどうだか分かりませんが……。客先と揉めることもあまりないですね。揉めたとしても、客先の要求が書面に記載されてないときぐらいですし」
鐃警は割り込むように質問を変えて、
「中之島さんは、柴垣さんの奥さんにお会いになったことはありますか?」
「室谷さんは、元々うちの職場で働いてましたよ。結婚を機に退職して、フリーになりましたけど」
「なるほど、こちらで元々働いていた、と。室谷というのは、夏枝さんの旧姓ですかね。彼女は、中之島さんから見て、どのような方ですか?」
「多くは喋らないイメージかな。質問しても、答えが短いときが多くて、会話が弾まないことはよく……。柴垣さんも最初は苦労していたけど、いつの間にか打ち解けて、親密な間柄になっていたな」
八尾巡査は、咳払いをして、例の件を聞いてみる。
「中之島さんは、柴垣さんの秘密って、ご存じやったんですか?」
「秘密……? 尻尾のことですか?」
尻尾を知っていると言うことは、獣人であることを知っているのだろうか。八尾巡査は頷いて答えると、
「知ったのは、子どもを見たときですね。偶然、子どもの尻尾が見えて、それを言ったら、柴垣君が焦って、耳打ちしたんだ。この件は見なかったことにしてくださいって。詳しいことは、その後聞いたんだが、警察はどこまで知ってるんだ?」
「柴垣さんが獣人であることは知っています。遺体発見時に、それを裏付ける状態でしたから」
鐃警が説明すると、中之島社長は包み隠さずに
「確か、獣人は肩身が狭いと言ってましたね。お子さんは、獣人と人間との間に生まれたことから、人間に近いみたいです。獣人なら、獣と人間、その中間にもなれるそうですが、混血の場合は、ほとんど人間みたいです」
To be continued…
今回、いつもよりもギリギリで、前日どころか当日にも執筆して、なんとか間に合った次第です。危うい。
会話が途中で終わったので、次回はこの会話の続きから。
方言のセリフを文字起こしすると、どこの方言か分からなくなるときがちょくちょく……




