第91話 映り込んだ祠
投稿者が死亡したにもかかわらず、編集されて動画投稿がまだ続いていた。葉陽君のことを知っているクラスメイトからすれば、SNSで絶対反応しているだろう。しかし、特にそんな様子は見受けられない。つまり、考えられるのは投稿されていることを知らないのか、自分達が投稿しているからなのか。
「警部。葉陽君のクラスメイトに確認するとすれば、埼玉県警の与野巡査長経由ですか……?」
「佐倉巡査。確かにあの人が結構主導権を握っているような印象でしたけど、あの人は高速道路交通警察隊所属ですよね。僕はどうしても、あのときの捜査会議の印象から、あまり相談したくないんですが……。この事件も主導権を取られそうで……」
「でしたら、山梨県警の韮崎警部にお願いしますか?」
「そうしてください。この前、会いましたし。あと、僕が言った与野巡査長の件は、オフレコで……」
鐃警は、与野巡査長が担当外まで口出しすることを不安視しているようだ。確かに、埼玉県警捜査一課の蒲生警部も困っていた。
悠夏は、韮崎警部に電話するとすぐに繋がった。事情を説明し、
「濱千代 葉陽君のクラスメイトだと思うのですが、誰が動画投稿しているのか、捜査をお願いしたいです」
「分かりました。トンネルの事件もありましたし、持ちつ持たれつで」
「韮崎警部、ありがとうございます」
「最終的には、祠の場所が分かればいいってこと?」
「そうですね。祠の場所によっては、管轄が違いますし……」
「では、その件は、私と東桂警部補と国母巡査で担当しますので。まずは、廣美ちゃんから確認してみようと思います」
*
日没後、連絡待ちをしつつ、大阪府警の会議室で葉陽君の動画を確認しつつ待機していると、韮崎警部から連絡があった。
「確認が出来ました。動画投稿していたのは、葉陽君の親友で赤星 憲吾という男の子でした。憲吾君は、葉陽君と動画を一緒に作っていたそうで、昔から編集を分担していたそうです。1度だけ、動画投稿を代理で行ったことがあり、その際にメールアドレスとパスワードを知ったそうです。葉陽君が亡くなってから1ヶ月後に、ふとログインを試したそうです。そのとき、憲吾君が非公開の動画を発見して、内容を確認したそうですが、そこには最後まで完結させたいという、謂わば遺言のようなものだったそうです。真っ黒の画面で音声しかなく、投稿日時は亡くなる直前でした。クラスメイトもそれを知っていたそうで、主に学校内で話しており、SNSに書くような状況にはならなかったのかと」
悠夏は聞いた内容をメモに書き取り、
「ありがとうございます。それで、例の場所はわかりますか?」
「それが、大阪であることは覚えていても、あまり覚えてないそうです。あの場所を撮影したのは、去年らしく……」
「明日、憲吾君、大阪に来られますか?」
「それなら、すでにそちらへ向かってます。祠の場所について、憲吾君も協力的で」
「こちらに向かっているということは、韮崎警部も同行なんでしょうか?」
「ちょっと別件で、大阪府警の捜査一課に会う必要があるので。今回の件と、持ちつ持たれつ。祠については、上野東京ラインで品川を目指しているところなので、リニアを使っても実際に捜査できるのは明日の早朝からかと」
*
2019年6月16日 日曜日。早朝7時半。大阪府ではあるが、奈良県と京都府の県境近くまで来ていた。細かい話、府と県の境界であるが、一般的に都道府県の境界は県境というので、県境を使う。
最寄りの学研都市線の駅から、25分ほど。近辺にはいくつものゴルフ場があった。悠夏達は、その1つを訪れる。
「山梨県警捜査一課からの報告で、久成さんが利用していたゴルフ場は、京奈阪カントリークラブでした」
悠夏が大阪府警捜査一課に説明しつつ、憲吾君にも実際に見てみて合っているかの確認をする。
「葉陽君と、葉陽君のお父さんと一緒に来たのは、ここで合ってます?」
「ここだけど、祠があるのは敷地外だよ」
「ここちゃうんか。ほな、どこや?」
同行する大阪府警捜査一課は、八尾巡査のみ。弥刀巡査は、祠発見後の作業準備で後ほど合流予定だ。おそらく、合流時は捜査一課や鑑識課など、人数は多いと思われるが。
「ここから30分くらい山の方へ歩いて、トンネルをくぐった先にあった」
舗装されていない山道を進むと、次第に携帯の電波が悪くなり、遂には圏外へと変わった。
「しゃあないなぁ。ちと戻って、本部に1回電話するわ」
大雑把な場所を伝えるために、八尾巡査はGPSの座標を報告し、数分でこちらに戻ってきた。100メートル程の明かりのないトンネルをくぐり、鬱蒼と生い茂る森の中、道から少し離れたところに、ぽつんと祠があった。
「あったけど、なんでこんなとこ来たん?」
「ゴルフ場で飽きたから、ふたりで暇つぶしがてら、撮影してた。ホラー実況とかのオープニングで使えるかなって。動画は、あの一部しか使わなかったけど……」
「なるほど。ところで、八尾巡査」
鐃警が八尾巡査を呼び、気になったことをひとつ。
「ここって、まだ大阪ですか?」
「んー。微妙やな。せや、確か三国境には看板とかあったはずやし、そもそも関係者立ち入り禁止やで」
「だとすれば、まだここは大阪なんですね」
「たぶんな」
そんな曖昧な話をしているなか、悠夏はタブレットのGPSを使い、地図アプリを見ていた。
「電波が届かないか……。これだと正確には分からないですが、大阪みたいですよ」
それを聞いて、八尾巡査は自信ありげ、
「ほらな」
場所を特定したは、大阪府警捜査一課と鑑識に任せ、悠夏と鐃警は、憲吾君を連れて京奈阪カントリークラブのロビーにまで移動した。
「ところで、祠になにかあるんですか? 韮崎さんに聞いても、答えてくれなくて」
「聞かない方が良いですよ」
と鐃警は答えるつもりがないようだ。けれど、本当に見つかればニュースで流れるだろう。悠夏はそれが早まるだけだと思い、
「憲吾君って、刑事ドラマとか見る?」
「親が見てるときに、たまに。それを聞くってことは、事件ですか?」
「祠から戻るときに、刑事さん達とすれ違ったでしょ?」
「多いなって思ったけれど……。スコップ持ってたし、もしかして……、即身仏? この前、再放送のドラマで見た」
「あー。私も多分それ見たかも……。窓際の刑事が活躍するドラマ。あれ、衝撃だったなぁ」
と、ドラマの話に脱線しそうだが、鐃警が
「佐倉巡査。まだ分からないですから、嘘は言わないでくださいね」
「警部。私は何も言ってませんよ。ドラマの話だけで」
To be continued…
第89話で突如割り込んだ話をしましたが、韮崎警部が早くも再登場です。流れ的にそうなりました。
本編には関係ない話なんですが、憲吾君が「スコップ」って表現した件、悠夏は特に何も思わず、鐃警もスルーしました。関西と関東で「スコップ」と「シャベル」って、それぞれ呼び方が違うんですよね。東日本の憲吾君は、大型のものを示す「スコップ」って言ってます。関西だと、大型の方が「シャベル」って言うんですが。
ちなみに、自分は小型も大型も普段「スコップ」って言っていて、「シャベル」ってあんまり言わないですね。「シャベル」って言われると一瞬「ショベルカー」が過る。「シャ」と「ショ」で違うんですけどね。
以上、関係ない話でした。




