第87話 工事中のプール
上野教頭によると、プールの工事は大きく2つ。1つは、老朽化した水道管の更新工事。もう1つは、プールサイドの道路側にあるフェンスを、視界を遮る壁に変更し、一部分に屋根を設ける。壁は、新野警部が言っていた事件のことがあり、工事している。屋根については、一部分だが影を作るためだ。ゆくゆくは、室内プールのようにしたいらしいが、工期と予算の関係で、少しずつできればと話していた。
今週末の配管工事に向け、タンクや水道管内などの水を抜いているらしい。そのため、プールサイドの近くにあるマンホールの蓋は開いていた。
更衣室はコンクリートの外壁で、工事期間中は仕切りを取り外している。今は更衣室というよりも、工事現場のプレハブ小屋みたいだ。
被疑者の阿木神 壊緒はここで身を潜め、共犯の木野村 蔡と、黒川 岳こと加賀沢 蒼羅の処分について話をしていた。そこへ、嗅ぎつけた増永 郷美が現れた。増永は、「ふたりを警察に通報する」と叫んだが、阿木神がナイフを振るい、右太ももあたりにかすり傷を負った。黒川君は、阿木神たちによって眠らされており、起きる様子はない。
「郷美。お前は死にたくなければ、黙って見てろ」
「まさか……校内で死人を出す気?」
増永は、本気にしていない。そこまで事態を重く見ていなかった。ただ、阿木神はナイフを黒川の方へ向ける。
「ちょっと……、本気?」
増永の頬に汗が流れる。隣にいる木野村の方を見て
「ちょっと、見てないで止めなさいよ」
「どうして?」
木野村は冷徹な目をして、そう答えた。阿木神の犯罪を許すというのか。増永は、後ずさりする。阿木神の持つナイフが黒川君の肌へと近づく。
「ちょっと、キミ。ここは関係者以外、立ち入り禁止だぞ」
わざと音を立てて、工事作業員の格好をした千石警部が駆け足で、増永のもとへ近づく。
阿木神は一瞬戸惑い、覚悟を決めてナイフを大きく振りかざす。そのとき、更衣室の窓ガラスが割られ、阿木神が怯む。突入したSITの隊員が阿木神へタックルし、もう1人の隊員がナイフを取り上げる。木野村は慌てて立ち上がるが、目の前には悠夏と綿貫巡査長が。
千石警部は、工事作業員のヘルメットと反射チョッキを手早く脱ぎ、近くの捜査員に渡して
「阿木神 壊緒、殺人未遂容疑で現行犯逮捕する。ならびに、木野村 蔡、殺人未遂幇助の疑いで現行犯逮捕する」
両名に手錠がかけられ、黒川君が保護された。学校というよりも、工事現場への侵入や未成年略取・誘拐の現行犯も考えられるが、それは聴取によってはっきりしてから再逮捕となるだろう。特に、木野村はこの学校の教諭であり、侵入や誘拐での逮捕だと、言い訳で逃げられるおそれがある。
阿木神は罵声を吐き散らし、手に持っていた小さな瓶を床にたたきつける。瓶が割れると、オレンジ色の液体が周囲に飛び散り、一部の捜査官がその場から離れる。
「何の薬品か分からん! 被疑者を連れて、現場から離れろ」
千石警部がすぐに指示を出し、捜査員を工事中のプールから避難させる。悠夏と綿貫巡査長は、増永に声をかけ、念のためハンカチで口元を押さえて移動する。
「刺激物の恐れもあります。ハンカチや服で顔を覆って、避難してください」
*
3時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。生徒たちは「休み時間だぞ」「運動場までダッシュ!」などと、慌てて席を立つ。だが、すぐに放送のチャイムが鳴り
「みなさん、外や廊下には出ずに、教室で待機してください」
「どういうことだよ」「なにごと!?」と、それぞれのクラスはざわつく。授業の担当教諭も状況は分からないが、放送に従い、
「みなさん。席に座ってください」
生徒に着席を促す。渋々でも、クラス全員が着席するまで、名指しで座らせる。放送は、上野教頭の声で
「教員のみなさんは、生徒と一緒に教室で待機してください。現在、校内に不審者が現れ、警察と先生方にて対処しています。非常に危険ですので、みなさんは、教室から外に出ないでください」
上野教頭が放送室から外に出ると、3時間目の授業を受け持っておらず、職員室で仕事をしていた先生たちが心配そうに
「上野教頭、なにが起きてるんですか?」
4年2組担任の竪川教諭は、タブレットを持って
「保護者の方へ、連絡は必要ですか?」
慌てる様子を見て、上野教頭は
「まずは落ち着いてください。教員のみなさんが、冷静に対応しないといけませんから。ですが、今晩にも緊急の保護者会と記者会見を行う必要があります。校長へは私から連絡します。保護者の方から連絡が来た場合、子ども達は教室で待機させて、対処中ですと答えてください。マスコミの場合は、私へ回してください」
「上野教頭……、どういうことですか……?」
マスコミからという発言に、竪川教諭が質問したが、上野教頭は、まだ警察からの説明を受ける前で、詳細を知らない。しかし、1つだけ綿貫巡査長から連絡を受けた。
「千帝小学校の教員として、あるまじき事件が起きました。私も、覚悟しなくては……」
黒川君を乗せた救急車が病院へ向かい、被疑者2名の取り調べがパトカーの中で始まった。警視庁へは向かわず、車内で行う。先程のオレンジ色の薬品に関して問うが、どちらも答えない。更衣室の中に、まだあるかどうかについても、黙秘していた。
それから15分ほどして、警視庁警備部機動隊が到着した。小学校の校門近くでパトカーや機動隊の特殊車両が止まり、近隣の住民達が野次馬のように集まり始めた。SNSでも情報が流れ、テレビで速報が流れる。そうなると、職員室の電話は鳴りっぱなしだ。
規制線を張り、小学校の前の道は封鎖。ほどなくして、テレビの中継車やマスコミの姿も増えてくる。
運動場では、機動隊が千石警部から説明を受けていた。
「確保した際に、被疑者がナイフとは別の、左手に、大人の人差し指ぐらいの大きさの、ガラス管に入った薬品を持っていた。それを更衣室の床に叩き付けて割った。中には、薄いオレンジ色の液体で、幸いにも飛沫は人にかからなかった。被疑者は、車内で聴取中だが、口を割らず、他に薬品があるかどうかも分からない」
「状況については、承知しました。では、これより作業に入ります」
機動隊の羽矢 規明警部は、機動隊の隊員へ指示し、危険物処理を行う。
悠夏と鐃警は、校舎の玄関から事態を見守る。
「警部、大変なことになりましたね……」
「かなりの大事になりましたね。この事件、かなり大きく報道されそうですね……。そもそも、被疑者がどういう悪事を働いたのか、全容が明らかになってない状況ですが。ところで、佐倉巡査は、例の薬品を見たんですか?」
「被疑者がかなり荒れて、みんなの視線が集まってましたから。今のところ、周囲にいた捜査員で体調を崩した人はいないですが、怖いですね……」
「どんな薬品か分かりますか?」
「見当もつかないです……。オレンジ色の薬品で、透明度は高かったかと。被疑者はナイフを持ってましたし、薬品は何に使う物なのか……」
悠夏は、鐃警の方を向いて「結局、なんでしょうね?」と言おうとしたが、鐃警が考え込んでいた。
「警部?」
声をかけてもすぐには反応せず、鐃警はボソボソと
「オレンジ……、転生……、記憶……」
To be continued…
転生ネタは今回の事件を含めて2回使ったので、しばらくはいいかな。とはいえ、次回でこの事件は終わるのだろうか。もう2話ぐらい使いそうだなぁ。今回の事件は、犯人を逮捕して終わりではないので。
この事件が終われば、まもなく第90話ですかね。第100話が、もうそこまで見えてきましたね。次の物語の展開について、まだ考えてないのですが、ここらでアフターストーリーや1話完結をするかどうか。悩ましい。




