第86話 校内の捜索
悠夏はひとつひとつ教室を見て回る。1階から2階へと、順番に捜索するも、まだ見つからない。
捜索しながら、今回の事件を脳内で整理する。2019年5月30日に発生した事件では、少なくとも4人が関わっている。死亡した被害者、加賀沢さん。その現場には、黒川君がおり、のちに「自分が加賀沢であり、転生した」と発言する。加賀沢さんが現場に駆けつけた理由として、叔父の無津呂さんがいたから。無津呂さんは、文科省の職員で、おそらく不正な取り引きに関して、”人物A”を説得していたと、考えられる。殺人の容疑者としては、”人物A”が有力で、無津呂さんを殺害したのも、同じ人物か、もしくは容疑者リストに挙がった阿木神さん。”人物A”と阿木神さんが、何らか千帝小学校に対する不正を行っていた。
阿木神さんと、学生時代に一度付き合っていたのは、特別支援教室の専門員である増永さん。そして、増永さんの姿が、休み時間から見えない。
40分も探して、見つからない。あまりに異常なため、悠夏と綿貫巡査長は、上野教頭に相談することにした。
「これだけ探して、黒川君が見当たらないのですが……」
「他に考えられる場所はないですか?」
上野教頭は口元を押さえ、心当たりのある場所がないか考え
「屋上は?」
「別の捜査員から、屋上にはいないことを確認しています」
別の捜査員とは、鐃警たちのことではなく、5階建てのマンションの廊下で待機している捜査員からの報告である。流石に、鐃警たちのいる2階建ての部屋や屋上からでは、3階建て校舎の屋上は見えない。
「ちなみに、地下室とはないですか?」
「倉庫はありますが、すでに捜索されてますよね?」
上野教頭が言う地下倉庫は、綿貫巡査長と捜査二課が捜査済みだ。そうなると……
「校舎内にはいないってことですかね……」
悠夏が思ったことをそのまま喋ると、綿貫巡査長も上野教頭もきょとんとしている。綿貫巡査長は腕を組んで、
「佐倉巡査。もしかして、どこか心当たりがあるんですか?」
「1箇所だけ……」
上野教頭と綿貫巡査長は、互いに見て悠夏にその場所について、聞くと思わぬところが出てきた。
「生徒から、黒川君が体育館の方に向かったことを教えてくれました。教室から体育館へは、中庭を抜けるのが最短ルートで、中庭にいた生徒が黒川君のことを目撃していました。でも、体育館にはいなかった。で、中庭と体育館が面した部分に、草むらがあり、死角になる部分です。まさかとは思うんですが……、そこにマンホールがあって……」
「下水道ってこと?」
綿貫巡査長も、可能性は十分にあると思い、携帯電話を開く。連絡するつもりだ。すると、上野教頭は
「校内の場合、下水や通信施設にかかわらず、全ての蓋が施錠されていますが……」
「施錠というのは、バールキーのことですよね?」
綿貫巡査長が聞くと、上野教頭は首を傾げて、
「すみません。そういったことは、あまり分からなくて……」
「確か、蓋は30とか40キロぐらいで。子どもの力では開けられないかと……」
開け方は、後で考えるとして、問題はどこにいったか。すると、上野教頭が
「1箇所。調べてないところがあります」
「それは、どこですか?」
「現在工事中のプールです。スケジュールを後で確認しますが、確か水道工事が今週末の予定で……、水抜きのためにバリケードの向こうで、蓋が開いているかもしれない……」
プールは運動場を必ず通るため、目撃情報がない以上、捜索範囲外だった。さらに、工事中のバリケードなどで、外からは中の様子が見えない。
*
生徒のいない休日を中心に、老朽化による配管工事が、今夏に向けて、急ピッチで行われている。平日、特に授業中に工事が行われることはない。あるとすれば、天候による工期が遅れた場合。
誰も居ないはずのプールサイドに、増永が現れた。プールの用具室か、工事関係のモノが置かれている更衣室から出てきたようだ。
増永の姿を、工事のフェンス越しに確認し、悠夏と綿貫巡査長、千石警部はその場で待機している。
「まさか、こんなことになってたなんて……、思いもしなかったよ」
誰かと喋っている。千石警部はフェンスから離れ、小声でインカムを使い、捜査一課や他の捜査員へ情報を展開する。
「工事中のプールに増永 郷美の姿を確認。他に誰かいる」
悠夏は、増永が振り向く際に脚を見て、
「千石警部。増永さんは、右太ももあたりを負傷してます。この距離だと、分からないですけど……」
「佐倉巡査。それは、本当か? 犯人が凶器を所持している可能性がある。容易には、突入できないぞ」
「上空から、様子は見えないんですか?」
「壁と防音シートで、周囲の建物からは、ほとんど見えない。ドローンを飛ばすことも考えたが、犯人に発見されるだろうな」
このままでは、外から見えない状況で、中の様子が分からず、判断が難しい。まずは、会話から状況を推測しなければ。
フェンス越しに、悠夏と綿貫巡査長がプールの周辺を確認するが、他に人影は見えない。再び、増永の動向を探っていると、綿貫巡査長が勘付いて
「隠れて」
言われて、ワンテンポ遅れて、悠夏もしゃがみ、身を隠す。見つかっただろうか。こちらから、向こうの姿が見えるのだ。つまりは、向こうからこちらの姿も目視できる。1分ほど身を潜めて、綿貫巡査長がゆっくりと確認すると、増永はおそらく相手がいるであろう方向を見ている。
「見つかったか、怪しいけど……」
見つかった可能性は高い。増永の動向がさらに重要になる。
増永は対峙する人物に向かって、
「阿木神がこんなところで油を売ってるなんて」
それを聞いて、すぐに千石警部がインカムで
「阿木神がいる模様」
と、捜査員へ情報を流す。増永はさらに
「もうあんたとは無関係だけど、木野村教諭とは、そういう関係? 黒川君を連れて帰れば、私は何も言わないから」
と、その場にいる人物の名前を次々出す。それではまるで
「まるで、こちらに情報を話してる」
「増永さんが私達に気付いて、今の状況を喋ってるってことですか?」
すると、姿が見えない方から、男性の声で
「こいつには、見られたからな。お前も、無事で済むと思うなよ。元カノだろうが、一般人だろうが、容赦はしねえ」
この男性の声が、おそらく阿木神だろう。この発言で、被疑者の可能性はさらに高まる。千石警部のインカムには、SITからの報告が入る。
「スコープで防音シートの隙間から、現場を目視で確認。工事道具の置かれた、おそらく更衣室と思われる建物内に、3名。サーモカメラでも確認中ですが、見えたのは一瞬だけです。風で防音シートが靡いたときでないと、確認が難しく」
今日はあまり風がなく、次に確認できるのはいつになるのやら。
To be continued…
流れに身を任せていたら、校外に移動しそうだったので、工事中のプールで話を展開することにしました。序盤で、プールを工事してるという表現があったので、後から決まりましたね。伏線にするつもりは無かったんですが、偶然にも。
さて、久しぶりに次週分のストックが出来ました。1週だけだと、すぐにストックが終わりそうですが……。第80話から続くこの事件ですが、終わりが近づいているようで、微妙に遠いですね。




