第85話 元上司
鐃警はタブレットを操作し、捜査一課からの資料に目を通して
「容疑者に関して、ある程度情報が出てきたみたいですね」
悠夏との通話はすでに終えており、情報があれば連絡するつもりだ。
新野警部も、ノートパソコンで同じ捜査一課の資料を確認しており、それと合わせて二課の報告書も見ている。
「昨日殺害された無津呂さん。加賀沢さんの叔父だが、結果はシロだ。文科省とうちの班からの報告として、無津呂さんは事件に巻き込まれたみたいだ」
「巻き込まれた……? てっきり、学校関係者と文科省の無津呂さんが繋がっていて、共犯の線で考えていたんですが……」
「おおよその捜査員は、そう考えていた。だけど、千石警部が捜査方針を変えてこれを調べた結果、うちの報告と合わせて、1つの可能性が出てきた」
新野警部のいう”これ”とは、捜査一課からの報告書で、次のような内容である。無津呂さんの部屋や職場を徹底的に調べた結果、誰かの悪事を告発しようとした資料が、シュレッダーから発見された。名前は書かれておらず、アルファベットのAとB、Cなど、名前のイニシャルとは関係なさそうな表記で書かれていた。
内容は、ある人物が特定の学校への癒着をしており、一方ではぞんざいな対応といった、明らかに偏った仕事をしていることを示していた。そして、最新の二課からの報告で、新たな人物の名前が浮上した。阿木神 壊緒という男性である。
名前が出てくると、そこからの捜査は早かった。すぐに阿木神に関しての捜査を開始し、情報が集まる。新野警部は報告書を見ながら、
「阿木神は文科省の職員であり、あまり職場内の印象も良くないらしい。淡々と言われた仕事のみを熟し、傍から見れば問題ないように見えていたが、色々と裏でやっていたみたいだ。とはいえ、手を出し始めたのは、今年からのようだな。同期からは、酒の席で職場の不平不満を言ったかと思えば、政治や世の中の批判といった、絡みづらい話題を一方的に喋ると報告はあるが……」
「そうやって言われるってことは、よっぽどの批判を言ってるんでしょうね……。度が過ぎるようなことでも。一応、報告書に、同期の証言として、余計なことまで平気で言い、飲み屋の雰囲気を壊すレベルとか……」
「阿木神の人間性に関しては、一旦置いといて、大事なのはその次だ。阿木神と増永には、接点がある」
特別支援教室の専門員である増永 郷美さん。鐃警は、報告書をスクロールして、該当箇所を探し出し
「中学、高校と同じ学校だったみたいですね」
「捜査一課が、同じクラスメイトから卒業アルバムを入手し、当時の話を聞いたみたいだ」
「おやおや、仕事が速いこと」
資料には、”当時、半年ほど付き合っていた”と、表記されている。そこから、増永さんが少しクロに近づいていた。ただ、付き合ったことがあるからといって、今回の事件も関係するかどうかは定かではない。
「千石警部のことだから、自分の勘で先手の捜査をしているんだろうな。その分、空振りも多いみたいだけど」
「新野警部は、千石警部の捜査方針を、どこまで知ってるんですか?」
「どこまで知ってるもなにも、捜査一課にいたときは千石警部の下だった。だけど、あの人に付いて行けなくなって、捜査二課に移ったんだ」
「そうだったんですね。そんなことを聞くと、余計に千石警部と絡みづらいですね……」
「だから、今回の事件は横展開が遅れてるんだ。今でも、あの人はニガテ……」
新野警部が、千石警部の不平不満を漏らすと
「新野警部……あの……あちら」
鐃警がおそるおそる、新野警部の後ろを指差す。新野警部は途端に、背筋が凍る。まさかと思って、振り返ると……
「誰もいないじゃないか」
と、扉の方には誰も居ない。鐃警は
「すみません」
と、謝罪する。新野警部は、とんだ悪ふざけに引っ掛かったと、ため息を漏らした。揶揄われたことを怒るべきか。
が、鐃警の話は続いており
「あの……、こっちでした」
と、鐃警から見て右を指差した。新野警部は、どうせまたウソだろうと、そちらを見ると
「誰のことがニガテだって?」
そこには、仁王立ちの千石警部がいた。新野警部はというと、顔色がどんどん変わり、口が開いたままで、フリーズ状態。その様子は文字通り、血の気が引くようだった。
「直接話すのは、久しぶりだな。新野警部」
「千石警部もお変わりなく……」
震えながらなんとか声を出す。昨夜の捜査会議で、直接話をしてはいないが、その場にいた。
鐃警は改めて、自己紹介しつつ
「特課の鐃警です。階級は警部です」
「噂のロボット刑事か。ロボットなんぞが、事件捜査などできるわけが無いと思っていたが、多少は腕が良いそうだな」
「褒め言葉として、受けとっておきますね……」
”多少”と表現され、癇にさわったが、今はいがみ合っている暇はない。
「千石警部、現状についてですが」
悠夏からの報告を伝えようとしたが、千石警部はそれを見抜くように
「綿貫巡査長から、情報が出ている。犯人が動くとすれば、警察が容易には介入できない場所だと考えた結果、事件が起きるなら学校だと思い、こちらに向かっていた道中で確認した」
千石警部は、自身の勘で先に行動していたようだ。
「すでに、学校周辺に捜査一課のメンバーを、一般人に扮して配置している。校内の捜査員は、2名だけか?」
2名とは、潜伏中の特課の悠夏と、少年事件第1係の綿貫巡査長のことである。
「いえ、二課が10分前に、業者を装って潜入し、捜査をしています」
「業者か。まさか清掃員などと、敵にバレるような格好ではあるまいな」
「いえ、空気環境測定実施者として、2人」
本来ならば、捜査二課の新野警部が受け答えするのだろうが、明らかに怯んでいて、終始、鐃警が答えている。
会話の最中、ノックやインターホンもなしに、急に部屋の扉が開いて、駆け足で秋川巡査長がやってきた。
「千石警部。学校内の図面をお持ちしました」
そう言って、A3サイズの用紙に印刷された図面を4枚広げる。体育館を含めて、各階層が1枚に書かれていた。
「子どもいる教室や図書館は除外する」
千石警部は、赤いマーカーでいくつかの教室にバツ印を書き込む。秋川巡査長は、校舎北側を指差し
「北側の広い教室ですが、1階が図工室、2階は理科室、3階は音楽室だそうです。授業やクラブ活動で使用しない際は、施錠されているとのことです。東側1階で、教室3つ分はある、一番大きな部屋は図書室で、常時開放されており、静かな環境が故に、なにかあれば気付くかと」
千石警部は「そうだな」と言い、図書室にバツ印を書き込む。
「特課のロボ警部か綿貫巡査長経由で、施錠している教室の鍵があるか確認を急げ。職員室で管理しているだろう」
「自分が佐倉巡査経由で、確認します」
鐃警はすぐに悠夏にメッセージアプリで、依頼を出す。すると、すぐに”確認します”と返信があった。
千石警部の携帯に着信があり、1分ほど話すと、秋川巡査長に内容を報告する。
「SITが近くで待機完了だ。状況によっては、速やかに避難誘導させ、SITを校内に突入させる」
「子ども達が大勢いる中をですか!?」
新野警部が久しぶりに喋ったかと思えば、今度は驚愕した表情だった。
「犯人が黒川君を人質して、教室に立てこもるおそれがある。SITを呼ぶのは、当然の考えだと思うが。それと、おおよその捜査員が、この学校周辺にいる。有事の際は、速やかな避難誘導ができると考えて良いだろう。最悪のケースを考えてみろ。犯人が自暴自棄になり、生徒へ無差別に手を出すなんてことがあれば、由々しき事態だ」
すでに、3時間目の授業が始まってから、30分が経過しようとしていた。
To be continued…
千石警部のセリフで、”図書館”と表現がありますが、書きミスで図書室の間違いだから訂正すべきかと考えましたが、セリフなら言い間違えはあるし、伝わるから訂正せずにそのままにしました。その次で秋川巡査長が図書室と言ってますし。あと、そんな小さい言い間違えは、その場で誰も気にしないし指摘もしないでしょうし。伝わるから。
さて、今回の話は、次ぐらいで犯人が確定するのかな。おそらく。ストックがゼロで先が見えないが故に、次の展開に関して書きづらいですね……




